00000100 旅人は、数える染みの量を半分に減らす。
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「で、結局そいつは何だったんだ?」
一晩経って、朝。
ユナタに頼んで、近所のマーケットを教えてもらった帰りのことだ。
紙袋を持ってくれているユナタは、ひどく単純に純粋に、混じりけのない問いを口にした。
一通り昨日の状況を説明し終えていたイソラは、どう答えるべきか言葉を探す。情景を説明するだけなら簡単だったのだが、これは難しい問いだった。少女の存在をイソラがどう解釈しているのか――個人の主観を問い質している。
「多分ですけど、人間に極力似せたサイボーグってことなんじゃないかな」
「チップのスイッチ一つで片付く問題だろう。似せる意味がない」
「実用的な目的じゃなかったんじゃないでしょうか。もっと趣味的な。多分ですけど、彼女は売人の扱っていた商品だった。生身の人間という触れ込みは、きっと高値を呼び込みますから」
ああ、とユナタは、間延びした声をあげた。どこか遠い世界を見るように。それから、苦い表情を作る。多分、商品としての少女と――その意味を悟っているのだろう。前の入居者は決して善人ではなかったのだから、商品の行く末を想像することは難しくはない。
「そりゃ、まあ、考えられる話ではある。にしても、くそ、まいったな」
「とんだ部屋を勧めちまった、とでもいうつもりですか」
「悪かったと思っているよ。ややこしいトラブルの種を掘り起こしちまった。何もあんたが巻き込まれることはなかったんだ。あの時、無理にでも俺の部屋で一泊させればよかったよ」
「あるいは、最初からあのマンションを勧めなければ?」
「そういうことだ」
遠くでざわめきが聞こえた。誰かが喧嘩でもしているのかもしれない。銃声が聞こえない内に家の敷居をまたぎたかった。人の命が軽くなっていくのを見て喜ぶ趣味は、ない。
「ナンセンスですね。一人の夜の寂しさを嘆いたのは、あなたじゃないですか。彼女がいれば、数える天井のシミが半分に減ります。僕は満足してますよ」
「わかってないな」
おーい、と上から声がした。
よほど早足になっていたのだろうか。いつの間にかマンションの前に着いていた。
見上げれば、随分高みから、つまりはイソラの部屋の窓から身を乗り出して、少女が手を振っている。元気いっぱいというわけではないが、けだるげという感じでもない。ごく自然に、ありうる程度に、そう作られているから、彼女はそう振舞うのだ。
しかし、出迎えられて、うれしくない人間は少ないだろう。
「数える天井のシミを半分に減らしたいのは、お前だけじゃないってことだよ」
ユナタが冗談めいた声で言ったので、イソラも冗談めかして苦笑した。