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00000001 旅人は、半永久的な滞在のためにゲートをくぐる。

 □


 砂時計のさらさら流れる音ばかりが耳について、実物には目がいかない。ぼんやりと視覚に捉えているが、それは本当にただ捉えているだけだった。この一片の音達は、どこから来てどこに消えるのだろう。少なくとも、砂時計から生まれて、イソラの耳に消えるわけではないのだ。わかっているし、聞こえる。星になろう。きっと、そう言っている。この惑星自体に価値はない。飛び立とう。囁いている。


「できたよ」


 しゃがれて鉄くさくなった声がカウンターの向こうから届いて、イソラは拡散しつつあった自分の意識を肉体に戻した。カウンターに肘をつき、こちらに向けてマイクロチップを差し出している老人。(マン)だろうか、彼女(ウーマン)だろうか。性別も判然としない皺だらけの何か。

 ここは薄暗く、黴臭く、錆びついた人工臭が漂う。

 ゲートだ。

 旅装の分厚いマントの中からのそのそと手を出して、イソラはチップを受け取る。そのまま、自分の首へとその欠片を持って行き、ほくろにそっくりな黒い小さな穴に植え付けた。

 途端、錆びた空気も鉄臭さも消える。

 いや、正確には消えたのではなく、気にならなくなったのだ。感覚の変容には慣れていた。いくつもの街で、この入門の儀式を繰り返してきた。新たな街へと、自分の体を適合させていく。それは、いうなれば旅の終わりだ。

 イソラは旅人であり、ここは関門だった。

 門番がいて、帳簿を作っている。

 分厚いゲートの向こうには、隠れて見えないけれど、機械仕掛けの街が広がっているはずだ。


「調子はどうだい。ここの大気濃度に合わせてある」


 クリアに聞こえる老人の声。今ならわかる。彼は男だ。


「毒素を中和できてるかい? 解毒物質を体内で生成できるようレシピを仕込んであるんだが」


 イソラは頷いて、ワインを舐めるように慎重に発音を確かめる。


「――大丈夫みたい。ちゃんとデータ再生できてる。重力系のデータがないのは仕様?」

「必要ないだろう。同じ惑星の上だ。誰ももう宇宙になんて行けないさ」

「最近はね、重力系の異常も多いんだ。ウェネンツシティの例を知ってる?」

「この街の名前を言ってみな」

「アエリア」

「それ以外の街は知らないね。さあ、もういいだろう。ゲートをくぐる時間だ」


 ごおんごおん。

 扉がゆっくりと開いていく音は、いつだって哀愁と郷愁を刺激する。

 現れる鉄の街。感じる毒の空気。脳内のレシピに従って、中和を開始する肉体。喧騒と、頽廃と、道行く人々。正確には、道行くサイボーグ達。生身の人間を最後に誰が見ただろうか? 誰もいない。ここはサイボーグの街で、一般的で、ありふれて、退屈に刺激的。


 アエリアシティ。


 ごおんごおん。

 どこまでも広がっていく錆びついたメロディの中、老人が事務的な台詞を綴る。


「で、滞在時間は」

「半永久」

「半永久?」


 旅装用のマントを脱ぎながら、イソラは笑った。


「ここで死ぬってことさ」


 ごおんごおん。

 ゲートをくぐる。


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