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Case1. 女子高校生

 ある日の昼間、何の変哲もない、日本のある都市でのこと。人々がいつもと変わりのない日常を送るその市街地の上空に、彼女は現れた。銀に近い白色の長い髪をした少女は、見たところ十五歳前後のような外見をしている。彼女は上空に留まったまま深々と一礼をした。姿勢を正した彼女は、まるで眼下の市街に語り掛けるかのように、恭しく宣言した。

「雇い主様のご用命により、ただいまからキャンペーンを開始致します」

 少女の言葉が終わるや否や、彼女の姿は静かに青空へと溶けていった。少女の謎めいた宣言とは裏腹に、そこにはただ見慣れた青空が広がるのみであった。



Case1. 女子高校生


「行ってきます」

 玄関で見送る母親にそう挨拶した種市鞠名たねいちまりなは、母の視線が自分に向いていないことに気が付いた。彼女の後ろから鞠名の弟妹が玄関を出ても、それは変わらなかった。ただ母は、一人の人物を見ている。一人の男を――。母親の中の「女」を見たような気がして居たたまれなくなった鞠名は、さりげなく弟妹を促して家を後にした。二人を通学路の途中まで送り、岐路から二人は小学校へ、自分は高校へと向かう。自分に手を振って元気よく登校していく妹たちを見送りながら、鞠名はなかなか自分の通うべき道筋に足を踏み出せないでいた。胸の内に込み上げる思いが限界に達したとき、彼女は思わずその気持ちを口に出した。

「学校に、行きたくないな……」

 しかし、それは今の彼女には叶えるべくもない願いだった。結局のところ、鞠名はとぼとぼと学校に向かって身体を引き摺っていったのだった。


 立派な造りの生徒昇降口で上靴を引っ掛け、教室に入る。クラスメイトに挨拶をするが、皆どこか余所よそしい。自分の席に向かう途上、鞠名の耳に誰かの囁き合う声が聞こえてきた。

「……あの子、援交してるんだって」

 鞠名は反応しない。もはや慣れたことだ。静かに着席し、予習してきたノートを見返していると、クスクスと意地の悪い笑い声が耳に入った。どうやら、幾人かの女子が彼女を嘲笑しているらしい。またか、と鞠名は心の内で溜め息を漏らした。


 昼休み。鞠名は鞄のポーチから弁当を取り出した。今日の弁当は、久しぶりに母親が作ってくれたものだ。逸る気持ちで四方のロックを外すと、相変わらず地味な色合いの中身が顔を覗かせた。思わず頬を緩ませているところに、その一時を遮るように一人の女子生徒の声がクラスにこだました。

「皆、聞いて! 今度の日曜に私の家でホームパーティを開くの。皆、是非来てね」

 声の主は蘭越 瑠璃華らんこしるりか。良家の子女が多いこの学校の中でも、指折りの権勢を誇る少女だ。病院の経営者一族の娘で、両親共に医者だという彼女は、時々こうしてクラスメイトを自宅に招き、その度に――。

「でもぉ、種市さんは無理して来なくってもいいのよ! 皆いつもハイブランドの手土産を持ってきてくれるから、ひとりだけ浮いてたら可哀想ー」

 こうして鞠名を扱き下ろすのである。瑠璃華の挑発を受けてもなおも黙々と弁当に箸を伸ばす鞠名に業を煮やしたのか、彼女は珍しく鞠名の方に近寄っていった。鞠名が頬張るその弁当を覗き込んだ瑠璃華は、その場で大袈裟に吹き出した。

「やだ、種市さん! こんなお弁当で大丈夫!? ちゃんと栄養が摂れてるか心配ー」

 瑠璃華の言葉に連動して、一部の女子が笑い声を上げる。朝方、鞠名を嘲笑った者たちだ。鞠名はそれでも動じない。不満げな瑠璃華はふと、無造作に置かれていた弁当ポーチに目を留めた。まるで汚いものでも扱うかのようにそれをつまみ上げた彼女は、黙って食事を続ける鞠名を見下ろして尋ねた。

「このランチバッグ、ずいぶんと長い間使っているみたいね? えらいわねー、お金を掛けないで生活してるなんて」

 ポーチを指先で弄ぶも一切動じない様子の鞠名に、とうとう瑠璃華が苛立ちを爆発させた。

「聞いてるの!? あなたみたいな人を見てるとイライラするのよ! 貧乏な癖してこの学校に来て、いつもいい子ぶって誰にでもいい顔して。でも無駄よ。あなたに味方なんていないんだから!」

 怒りに任せて、瑠璃華が机にポーチを叩きつける。その拍子に、鞠名の弁当箱が机の上を追いやられ、一瞬のうちに床にぶちまけられた。派手に散らばった食材の惨状に、瑠璃華の友人たちからどっと笑いが起きた。鞠名はしばらくの間ぼんやりと床の弁当を眺めていたが、やがてよろよろと床の残飯を片付け始めた。床に這いつくばり、食材の欠片を拾い集める彼女に、「お似合いだ」との罵声が浴びせられる。屈辱的なこの仕打ちに、流石の鞠名の精神がもう限界を迎えようとしていた。

(もう嫌だ、こんな生活! 誰か助けてよ……)

 強くそう念じた次の瞬間、彼女はある異変に気が付いた。自分の周囲から音が完全に途絶えたのである。シンと静まり返る教室に違和感を覚え、顔を上げた鞠名は仰天した。自分以外のクラスメイトが一斉に動きを止めていたのだ。思わず立ち上がって辺りを見回すが、彼女らは瞬き一つもせずに同じ姿勢を維持し続けていた。それだけではない。どうやらクラスメイトだけでなく、教室の時計や周囲の通行人までもが動きを停止しているようだった。まるで、世界の時間が止まってしまったかのように。

 突然の出来事に、鞠名は呆然と教室を見渡した。途方に暮れる彼女の目の前で、突如次なる異変が起こった。教室の中央付近の空間から、出し抜けに人が現れたのである。教室の天井付近からゆっくりと着地したその人物――十五歳前後と思われる少女――は、机と机の間を縫って鞠名の元に歩み出てきた。

「あ、あなたは?」

 やっとのことで、鞠名が言葉を発した。

「いじめ撲滅キャンペーンガールです。本日は、ご用命をいただき、誠にありがとうございます」

 少女は抑揚のない声で、そう名乗った。警戒心を抱いた鞠名は、探るように彼女の全身に視線を遣った。なるほど、「キャンペーンガール」と名乗ったとおり、少女はその華奢な身体にぴったりとフィットした丈の短いワンピースを着用している。首のスカーフ、足元のブーツと相まって、イベントなどで見かけるPRスタッフのような格好だ。しかし、そのありふれた衣装とは裏腹に、彼女自身の容姿は何だか人間離れしている。その白銀色の長い髪はもとより、その瞳――左右で色違いのオッドアイが特に異彩を放っている。左目は太陽光のように淡い黄金色なのに対し、右目は漆黒、それも底知れぬ暗さに満ち溢れている。そして何よりその人形のように愛らしい相貌には、人間らしい温かみを感じることができなかった。

 困惑を隠せないでいる鞠名に構わず、少女は一方的に話を続けた。

「私どもにご依頼をいただいたということは、さぞ苦しい思いをされていることとお見受けいたします。つきましてはご依頼主様――この現状を変えてみたいとは思いませんか?」

 鞠名の双眸が、ハッと見開かれる。今しがた抱いていた少女への猜疑心も忘れて、彼女は思わず叫んでいた。

「変えたい! 変えたいです。もう嫌なんです、こんな日常は……!」

 鞠名の悲痛な訴えに、少女はニコリともせず頷く。

「交渉成立ですね。では早速、ご依頼主様には『いじめ矯正プログラム』に参加していただきます」

「いじめ矯正プログラム……?」

 鞠名が首を傾げる。

「簡潔に申し上げますと、ご依頼者様といじめ実行者の立場を『入れ替える』のです」

 キャンペーンガールはそう言うと、事情を飲み込めないでいる鞠名に構うことなく、目の前の空間に両手で大きな円を描き始めた。何事かを呟き、少女が先ほどの空間に触れると、今しがた描いた円の軌跡が発光していく。光の円が完全につながったところで、少女が鞠名に向かって掌を向けた。

「!?」

 鞠名の身体が、光に包まれる。それと同時に、少女の描いた円の全体が眩く輝き、円の内部には極彩色の光が出現した。まるで、その先が別の空間とつながっているかのようだ。そうこうしているうちに、鞠名の身体を包んだ光が、その空間へと移動を始めた。

「いってらっしゃいませ」

 キャンペーンガールのその言葉を最後に、鞠名は意識を失った。



 目が覚めると、そこはベッドの上だった。普段床敷きの布団で寝起きしている鞠名は、その時点で自分が異常事態に身を置いていることを察した。毛布を跳ね除けて部屋の中を見渡すと、やはり見知らぬ場所、誰かの部屋にいることが確認できた。枕元の時計を確認すると、早朝のようだ。鞠名は途方に暮れた。

(こんな朝早くから、何をすればいいんだろう……)

 鞠名がそう思ったときだった。彼女の思考に反応するように、突如視界に「ナビゲーション・システム」の表示が現れた。同時に、床面に青く光る足跡が表示される。

(ここを歩けってこと……!?)

 ベッドの上から足跡を追跡すると、それは部屋の窓際にある机に向かって延びていた。そろり、とベッドから降りた鞠名がナビゲーションの指し示す場所へと向かう。机の上には参考書と問題集がセットされており、今度はそれらが薄青く光を帯びていた。鞠名はそこで、ナビゲーションの意図を察した。

(ああ、勉強しろってことね)

 観念して椅子に腰掛ける。おもむろに参考書を捲っていると、裏表紙に記名欄があるのを発見した。そこには、持ち主のものらしき名前が記されていた。

“蘭越瑠璃華”

 名前を見た瞬間、電撃が走るようにひとつのフレーズが頭を過った。「いじめ実行者との立場を入れ替える」――。まさか、と卓上の鏡を覗き込むと、そこに映っているのはいつもの自分の姿だった。どうやら、入れ替わるのは互いの立場だけらしい。少し安堵した鞠名は、ナビゲーション・システムの指示通りに勉強をしてみることにした。

 瑠璃華の通う予備校のテキストなのだろうか、ハイレベルな問題に辟易した鞠名はふと、ひとつの疑問を脳裏に浮かべた。

(蘭越さん、どうしてこんなに勉強してるんだろう? うちの高校、エスカレーター式に大学まで行けるのに)

 彼女の疑念に応えるように、今度は頭の中にアナウンスが流れてきた。

「シアターモードを起動します」

 鞠名が戸惑いや恐怖を抱くより前に、鞠名の脳内で映像の再生が始まった。


   *


 六歳頃の瑠璃華。両親と祝いのご馳走を囲んでいる。母親から今の高校の初等部合格を褒められた彼女は、次いで父親に頭を撫でられた。

「将来は、瑠璃華もパパやママみたいなお医者さんになるんだぞ」

「うん!!」

 ニッコリと頷く瑠璃華。


 小学生頃。習い事のバレエの大会で金賞を獲る。母親と手を繋いで帰宅する道すがら、母親から褒められる瑠璃華。

「流石は私の娘だわ。瑠璃華ちゃんは私の誇りよ」

 嬉しそうな瑠璃華が、胸中で小さな夢を暖めている。

(将来は、プロのバレエダンサーになりたいな)


 中学生頃。厳しい顔の両親を前に項垂れる瑠璃華。

「バレエもいいけど、勉強が疎かになっちゃダメでしょ!? こんなことでは医学部なんかに進めませんよ!」

ヒステリックに叫ぶ母親。父親も黙って頷く。

「ともかく、バレエスクールは辞めてもらいます」

 母親の宣告に、衝撃を受ける瑠璃華。


 部屋でうずくまる瑠璃華。

(いい子にしなきゃ……いい子でいなくちゃ……)

 自分に言い聞かせるように繰り返す瑠璃華。


   *


 そこで映像は終わり、鞠名はハッと我に返った。手元の参考書をぼんやりと見つめながら、鞠名は嫌な動悸に胸を揺らしていた。

(私と、同じか……)



 一方、瑠璃華は朝の食卓を見知らぬ家族と共にしていた。目の前に並べられた質素なメニューに、彼女の眉が不快そうに動く。恐るおそる朝食に箸をつけた彼女は、密かに室内を見回した。

(ここが、種市さんの家……)

 目覚めと同時に聞こえたアナウンスの内容を確かめるように、瑠璃華は辺りをしげしげと眺めた。あまり広くもない集合住宅に、家族五人で暮らしているようだ。幼い頃から裕福な暮らしをしてきた瑠璃華にとっては、別世界のような光景だ。家の観察に飽きた彼女は、ここでやっと鞠名の家族に目を向けた。家族そろって食卓を囲んでいるにも関わらず、誰も言葉を発しない。静かに食べるというルールの家庭なのかと思いきや、唐突に父親がポツリ、ポツリと子供たちに話し掛けた。

「どうだ、学校は」

「楽しいよ」

「萌は?」

「うん……」

 鞠名の弟妹たちの答えもそっけない。家庭を包む寒々とした雰囲気に、瑠璃華は疑念を感じざるを得なかった。

(どうしたのかしら……?)

 彼女がそう考えるや否や、その脳内で「シアターモード」が起動された。


   *


 小学生の鞠名。今よりももっと狭い部屋で、弟と妹を寝かしつけている。心細げな妹が、鞠名に不安を訴えている。

「お母さんは?」

「今夜も遅いって。大丈夫、お姉ちゃんがずっと傍にいてあげるから」

 安心したように眠る妹たちを眺めながら、唇を噛む鞠名。

(私だって、寂しいよ……)


 中学生頃。友人たちと雑談する鞠名。友人たち、家族の悪口で盛り上がっている。

「父親ウザくてさー」

「あー、ウザいよねー」

 ここで鞠名の顔を見た友人たちが、あ、と顔色を変える。慌てて取り繕う友人たち。

「で、でもさ、父親なんていない方がいいって! うるさいのがいなくて、楽だよー」

 おどける友人に笑って見せた鞠名。その胸の内では彼女たちの家庭を羨んでいる。

(いいな……)


 今の高校の制服を着た鞠名。母親が家に見知らぬ男性を連れてくる。

「この人が新しいお父さんよ。みんな、これでもう寂しくないわね! 鞠名、あなたの学費もこの人が出してくれたのよ。お礼を言いなさい」

 こわばった顔の鞠名が頭を下げると、母親が満足げに笑った。


 食卓でニコニコする母親と、優しげな男性を見比べる鞠名。弟妹も不安そう。心中密かに、鞠名は決意する。

(お母さんの幸せを壊さないようにしなくちゃ。いい子でいよう。いい娘、いい姉……)


   *


 シアターモードの映像が終了し、瑠璃華は呆然と手の中の茶碗を見つめた。嫌な汗がどっと背中に滲んでいる。彼女もまた、胸の内の動揺を抑えることができなかった。

(そんな……)



 ナビゲーションに従って登校した鞠名は、早速瑠璃華の友人たちに取り囲まれた。いつもは自分を虚仮にしてくるメンバーが、媚を売るようにしきりに自分を持ち上げてくる。見慣れた姿とのあまりの落差に当惑していると、そこに瑠璃華が登校してきた。彼女の前方にも赤く発光するガイドが表示されているということは、入れ替えられた彼女の方もナビゲーション・システムとやらの導きでここまで来たのであろう。ナビゲーションに従って鞠名の席に向かうその途上で、瑠璃華はクラスメイトの囁き合う声を耳にした。

「……あの子、援交してるんだって」

 何事かと声の方を向いた瑠璃華はギョッとした。彼女たちは自分の方を向いて噂話をしていたのだ。その内容は、先日まさに自分が鞠名を陥れるために流したものだった。

気を落としながらも着席した瑠璃華がナビゲーションの指示通りにノートを広げる。その様子を遠目に見ていた瑠璃華の友人たちが、鞠名に耳打ちしてきた。

「あいつ、また優等生ぶって勉強してますアピールしてるよ」

 クスクスと笑いを漏らす彼女たちを、離れた席の瑠璃華がずっと睨み付けていた。


 昼休みになり、鞠名の視界にナビゲーションが表示された。

(立て……!?)

 おずおずとその場に立ち上がった鞠名の背後から、唐突に音声の再生が始まった。

「皆、聞いて! 今度の日曜に私の家でホームパーティを開くの……」

 これは間違いなく、瑠璃華の声だ。思わず席の離れた瑠璃華と顔を見合わせた鞠名の後方から、またも音声が再生される。

「でもぉ、蘭越さんは無理して来なくってもいいのよ……」

 ご丁寧にも、台詞中の名称は瑠璃華の名前に合わせて加工してあるようだ。二人の間に気まずい空気が流れる中、鞠名のナビゲーションが次なる指示を下した。

(足跡……!? これは……)

 足跡は、瑠璃華が座っている席まで延びていた。鞠名のナビゲーションが見えているらしい瑠璃華が、ビクッと身を固める。鞠名は彼女の反応に躊躇を覚えたが、恐らく指示に従わなければ事態が進まないであろう。そう判断した彼女は、ナビゲーションの足跡を辿った。

 瑠璃華の席の前でその歩みを止めると、今度は瑠璃華のナビゲーションが光る。瑠璃華は表示に従い、黙って鞠名の母親に手渡された弁当を鞄から取り出した。彼女が蓋を開けたところで、鞠名の後ろから音声が流れる。

「やだ、蘭越さん! こんなお弁当で大丈夫!?……」

 瑠璃華の声は止まない。ランチバッグを馬鹿にして、普段の態度を咎めるところまで、忠実に瑠璃華の声が続いた。最後に、「あなたに味方なんていないんだから!」と音声が途切れたところで、鞠名に次の指令が出た。

(弁当箱を、払い落とせ……)

 鞠名は、瑠璃華が出した弁当箱を見下ろした。色合いは地味だが、鞠名の母が懸命に作って手渡したであろう弁当。まだ一口も手をつけられていないそれを、彼女は思い切って薙ぎ払った。カラフルな弁当箱が一瞬宙に浮き、真っ逆さまに床に叩き付けられる。床の上で無惨に散らばった弁当を目の当たりにして、瑠璃華が息を飲んだ。ギャラリーからどっと笑いが起きた後、瑠璃華のナビゲーションが点灯する。瑠璃華はその指示に抵抗を感じざるを得なかった。

(し、しゃがんでこの残飯を拾え、ですって!?)

 なかなか動こうとしない瑠璃華は、ふと自分を刺すように注がれる冷たい視線に気が付いた。鞠名だ。彼女は何も言わなかった。が、その瞳は一心に瑠璃華の動向を見つめている。まるで、囚人を監視する看守のように――。瑠璃華は恐怖に身を竦ませると、力なく床に膝をついた。這いつくばりながら弁当箱に残骸を集めていくと、自分の友人たちから「お似合いだ」との嘲笑が飛んでくる。瑠璃華の顔色は、屈辱で真っ赤に染まっている。涙を滲ませながら片付けを続ける彼女の傍らに、静かにしゃがみこむ者があった。瑠璃華は涙を拭ってそちらの方向に顔を向けた。

「ど、どうして……」

「大変でしょ、一人じゃ」

 そう言うと瑠璃華の傍らに歩み寄った人物――鞠名は、自らも床に散らばる破片を弁当箱に入れていった。

 お互いに一言も交わさずに片付けを終えた二人が顔を上げたとき、二人はほぼ同時にあることに気が付いた。――周囲から喧騒が消えている。立ち上がり辺りを確認すると、クラスメイトも窓の外の景色も、何もかもが動きを止めていた。鞠名は反射的に、教室中央の空間を凝視した。案の定、その場所には光の渦が集まり始めている。渦がだんだんと凝集し、ヒトのような形へと形を変える。ついにその塊は、少女の姿へと変貌した。鞠名にとっては見覚えのある少女、いじめ撲滅キャンペーンガールと名乗るその存在は、宙を滑るように移動して鞠名の元に現れた。

「ひっ、何なの、その人!?」

 瑠璃華が恐怖の声を上げる。キャンペーンガールは彼女に見向きもせずに、鞠名に一礼した。

「以上で、プログラムは終了です。お疲れ様でした。いかがでしたか、当プログラムの内容は?」

「うん……、いじめてる側って、こんな気持ちなんですね」

 鞠名が、掌の上の弁当箱に視線を落とす。瑠璃華の肩が、ビクンと跳ねた。暗い瞳をしている鞠名に近寄ったキャンペーンガールは、彼女の前に両手をスッと差し出した。

「最後に、ご依頼主様にはこの先どちらを選ぶか、選択していただきます」

 少女が握った両の掌を開くとそこには、色違いの鍵が載せられていた。一方の鍵は白色、もう一方は黒色をしている。彼女は言葉を続けた。

「あなたをいじめた相手を許す未来か、許さない未来か。どうかご依頼主様ご自身でお選び下さい」

 鞠名は、自分の傍らの瑠璃華を見た。彼女は顔面を蒼白にして、小刻みに全身をわななかせている。鞠名の瞳が、血の気の引いた瑠璃華の顔と手の上の弁当箱、少女の示す鍵の上を代わるがわる映した。

「私は――」


〈エピローグへ続く〉



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