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⑥ お嬢様と恨み節

「ああ、リーア殿」

 半開きになっていた扉から、ウェラルドが再び姿を現した。

「折り良く、デュエル・ハノン殿がウェストラントの神殿にいらしたそうです。勇者の剣がフレイル家で発見されたと、昨夜、あちらの神殿に連絡を入れておいたので、それを伝えるためにデュエル氏を神殿に呼んでいたそうで。さ、どうぞ、こちらへ」

 ウェラルドが一歩横へ退いた。

 リーアはその先に見える室内の光景に、思わず息を飲んだ。

 長い刻を経ながら、なお美しさを損なわない繊細な彫刻を施された祭壇の上に、触れるもの全てを青白く染めてしまいそうな光を放つ楕円形の鏡が据え付けられていた。大人の全身が全て映るほどの大きさの鏡面には、すでに何者かの姿が映し出されている。

「真ん中に立っている方が、デュエル・ハノン殿です」

 ウェラルドの声に、リーアは水鏡から五歩程離れた位置で足を止めた。

 水鏡の中央に映っているのは、二十代半ばほどの青年だった。年齢よりも落ち着いた印象を与えたいという努力なのか、すでに立派な髭を蓄えている。だが、やや童顔な顔立ちには無駄な努力どころか、かえって違和感のある様相になっていた。

 若さを抑えきれない眼光が射るように水鏡の向こうからリーアに降り注いでくる。その目を見た瞬間、リーアはそれ以上水鏡に近づけなくなった。

 何なの? なぜだか敵意を感じるんだけど。

「お初にお目にかかります。私はデュエル・ハノンと申します。あなたがリーア・フレイル殿ですか」

「は、……はい」

「勇者の剣を持っているところを見ると、あなたが勇者の任を引き継がれるのですね」

 デュエルの言葉には、棘が含まれている。リーアは予想外の展開に戸惑っていた。

 何よ。汚い手段を使って私に勇者の剣を渡したのは、あんたの父親じゃない。

 リーアは鏡に写る人物を見つめる目に力を込めた。

「オズワルト殿は存命、しかもいたって健やかだそうですが、娘であるあなたに勇者の任を託すとは、やはり父から聞いていた通りの人物らしいですね」

 デュエルはリーアの返答も聞かず、薄笑いを浮かべて毒気を含んだ言葉を吐いた。

「……どういう意味ですか?」

「自分勝手で無責任だ、という意味です」

 あまりにきっぱりとそう断言されてしまったので、リーアは面食った。

 た、……確かにそうだけど、父様と会ったこともない赤の他人に言われたくはないわ。

 突き上げてきた怒りで思考が定まらず、返す言葉が出てこない。

 呆然と立ち尽くすリーアに代わって、デュエルに異議を申し立てたのはレイルだった。

「そうおっしゃるには、正当な理由があるのでしょうね。仮にもオズワルト・フレイル様はイストラート王国の貴族フレイル家の当主。理由の無い誹謗中傷は、ウェストラント王国貴族の品位に傷を付けることになりますよ」

 すると、デュエルは不快そうに表情を歪めた。

「これは……。下僕風情にこれほど生意気な口をきかれるとは。身の程をわきまえるという言葉を、イストラートの下僕は知らぬらしい」

 な、……ぬあんですってぇ?

 これには、麻痺していたリーアの脳細胞も一気に目覚めた。

「ちょっとっ! 言わせておけば、随分偉そうな口を利いてくれるじゃないですか。ウェストラントではどうか知らないですけど、イストラートでは使用人も立派な家族なんです。下僕なんて言い方は、聞き捨てなりませんわ」

 リーアは一歩、水鏡に踏み出した。

「それに、うちの父親のことを随分手厳しく……まあ、だいたい正確に評価してくれましたけど、そちらはどうなんですか? 何も知らない五・六歳の娘に剣を渡して、誰にも言わずに誰も見つけられないところへ隠しておけなんて、明らかに私か父様に勇者の任を押し付けようっていう魂胆丸見えじゃないですか。そんなことをしておきながら、人の父親を無責任で自分勝手だなんて言う資格はあるんですのっ?」

「仕返しですよ」

 デュエルの冷ややかな言葉に、リーアは足元をすくわれたように口をぽかんと開けたまま立ち尽くした。

「し、……仕返し?」

「知らないのですか? ……そうか。あの人は、あなたには何も話していないのですね。彼がもし勇者の剣を持って現れたら、恨み言の一つでも言って許してやろうと思ったのですが、相変わらずのようで益々失望しましたよ」

 デュエルは嘲笑すると、二重目蓋の大きな目で睨むようにリーアをキッと見つめた。

「あなたの父親は、彼の伯父である前任の勇者から勇者の剣を託されながら、勇者の任を負うのが嫌で、父に剣を押し付けていったのですよ。まるで、騙し討ちのようにね」

「……騙し討ち?」

「ええ、そうです。父は酒にはめっぽう弱くて、ほんの少しの酒量で前後不覚になるほどでした。オズワルト・ガードナーは、そんな父を騙して酒を飲ませ、半ば意識の混濁する父に勇者の剣を掴ませると、剣の主となる旨の言葉を言わせたのですよ。父が正気に戻った時には、勇者の剣は父を主だと認識していたそうです」

 リーアは呆然と立ち尽くした。

「父がそれに気付いた時には、彼はウェストラントから忽然と姿を消していました。災厄との戦いの折、命を助けたイストラートの貴族の当主から養子になるよう勧められていたという噂を頼りに、父は幾年もの月日をかけてようやく彼を探し当てたのです。勇者の剣をようやく手放すことができた父は、けれどいつ彼がその剣を持って再びハノン家へやってくるかと恐れ、遂には病に倒れ三年前に亡くなってしまいました」

 感情が込み上げてきたのか、デュエルの唇がかすかに震えた。

「……お父様が亡くなられたのも、私の父のせいだと言うんですね」

「そうとは言っていません。ただ、私の父があなたにしたことは、過去にオズワルト・ガードナーに受けた仕打ちが元にあってのことだということを伝えたかっただけなのです」

 デュエルは丁重な口調になった。言いたいことを言ったことで、少しは貴族としての落ち着きを取り戻したようだった。

 逆に、リーアは納得できずに胸中のモヤモヤが押さえきれない。

 元はお前の父親が悪いのだから、卑怯な真似をされても仕方ないだろうと言われても、はい、そうですねと受け入れられるはずがない。

「あなたの話が本当だとしたら、うちの父親に非があったと認めます。でも、もしそんなことがあったにしても、別にジェイク・ハノン様が勇者の任を引き受けても良かったわけですよね。それに、私ではなく他の勇者の血筋に託してもよかった。なぜ、わざわざ神殿も行方を見失っていたうちの父親を探し出して、何の事情も知らなかった幼い私に剣を預け、誰にも見つからないよう隠させたんでしょうか」

 一瞬、デュエルはあの世にいる父に問うように視線をさまよわせた。

「……悔しかったのではないでしょうか」

「え?」

「何度も勇者の任を負うことを拒んだのに、執拗に迫られ、挙句に酔わされて前後不覚になっている状態で剣を押し付けられた。だから、絶対に彼に剣を突き返したい。その一心だったのでしょう。けれど、直接オズワルト殿に剣を渡しても、素直に受け取ってはくれない。だから、娘のあなたに手渡した。いくらなんでも、娘を勇者にさせるくらいなら、彼は勇者の任を引き受けるに違いない。剣を誰にも見つからないところへ隠せというのは、単なる時間稼ぎのつもりだったのだと思います。あまりに早く見つければ、オズワルト殿は恐らく突き返しに来たでしょうから。けれど、まさか、こんな災厄の直前まで勇者の剣が見つからないという事態になるとは思ってはいなかったでしょうね」

「でも、どうしてそんなに誰も彼も勇者になるのが嫌なんですか?」

 自分のことはひとまず棚に上げて、リーアは不満を漏らした。

「……私は、例えば自分みたいに剣を振るったこともない人間は、世界を救うどころか、逆に滅ぼしてしまうから、勇者にならないほうがいいと思います。でも、ジェイク様は男性で、しかも大人だったのだから、充分勇者としての働きができたはずです。貴族なら、剣も乗馬も嗜んでいますよね。それに、勇者として世界を救えば名声も上がりますし、子孫としても名誉なことですよね。それなのに、なぜそんなに勇者になることを嫌がったのですか」

「……さあ。憶測はいくらでもできますが、今となっては父の真意は分かりません」

 デュエルは首を横に振った。

「父は先の災厄に従軍しました。その時味わった恐怖に、今度は勇者として真正面からぶつかることに抵抗があったのか、それとも自分が勇者にならなければ子孫が勇者の血族から解放されるという思いがあったのか。……或いは、父は自分の寿命を察していたのかも知れませんね。このまま自分が剣を持ち続けても、次の災厄の折にはハノン家に勇者の血筋はいなくなる、と」

 そんなのは詭弁だわ。結局、ジェイク・ハノンも父様と同じじゃないの。

 リーアは、そう叫びたい気持ちを辛うじて飲み込んだ。

 目の前の青年にどれほど筆舌に尽くしがたいほどの悪口雑言を並べ立てて批難したところで、すでに彼は勇者の血筋ではない。だから、どれほどリーアに同情を寄せたところで、代わりに勇者になることなどできないのだから。

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