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⑤ お嬢様と西の神殿

「昨日の今日で、さっそくお越しくださるとは」

 神殿の入口で用件を告げると、さほど時間をおかずに、奥からウェラルド・フォン・エリクスが長い神官衣の裾を蹴飛ばすようにして現れた。

「新たなる勇者の誕生を、心よりお喜び申し上げます」

 先走って深々と頭を下げながら、ウェラルドの声はさほど嬉しげには思えなかった。

 どうせ、父様じゃなく私が来たことが気に食わないんでしょう。

 リーアは鼻から大きく息を吐き出した。

「そうじゃないんです、神官様。私、勇者になるためにここに来たんじゃないんです」

「……と、おっしゃいますと?」

 顔を上げたウェラルドの表情は、厳禁なほど緩んでいた。

 ……バカ正直なんだから。

 国の中枢を支える名門エリクス家に生まれながら、世俗とかけ離れた神殿で神に仕える生活を送っているのは、あるいは素直すぎて権謀術数渦巻く王宮に仕えるのは無理な性格だと一族に烙印を押されてしまったからかも知れない。

「私みたいに、剣の心得もなく、非力な女が勇者になってはいけないと思うんです。でも、父様は絶対に勇者の剣を受け取りません。ですから私は、私や父様以外の勇者の血筋に、剣を託したいと思ってやってきました」

「それは、この差し迫った時期に、そのご決断は賛同しかねますが、……しかし、ご本人がそうおっしゃるのなら致し方ありませんね」

 本当にこの人は自分の気持ちを誤魔化すのが下手な人ね。

 リーアは、感づかれない程度にウェラルドを睨んだ。いつも思ったことを正直に表現するリーアにそう評価されるウェラルドも不本意だろうが。

 けれど、自分は非力です、と謙るのは本人の勝手だとして、それを他人に同意されるのは何とも腹立たしい。リーアは強張りそうになる顔を無理矢理解して笑みをつくると、貧乏貴族の意地をみせた。

「ですが、私は他の勇者の血筋を知りません。それに、もし分かったとしても、我が家にはこの剣を託すために他家を訪れるだけの用意もままならない状態なのです」

 きっぱりはっきりとそう言い放ったリーアの背後で、レイルが息を飲むのが分かった。

「お、お嬢様。そうハッキリ、旅費その他の諸経費を出せ、と請求しなくても……」

 声にならないレイルの声が聞こえたような気がした。

「はあ……」

 気の抜けたような相槌を返したウェラルドも、数秒おいてその意味を解したのか、みるみる表情を引き締めた。

「そのような事情がおありなら、勇者の剣が真の主の元へ渡るまで、当神殿が責任を持ってリーア殿を支援いたしましょう」

 想像もしなかった素早い決断、いや、独断に、逆にリーアもレイルも呆気に取られてしまった。

「い、……いいんですか?」

「何をおっしゃるのです。神殿は、神を崇め、神に全てを捧げる所です。その神に、世界を救う使命を与えられた勇者を支援するのは当然のこと。遠慮なく、何でもおっしゃってください」

 そう言ってウェラルドは綺麗な顔でにっこりと微笑んだ。

 ま、まるで天使みたいだわ。

 リーアは、さっき“馬鹿正直なお坊ちゃん”だというウェラルドへの酷評を素早く翻した。

「では早速、勇者の血筋を探すことにいたしましょう。各国の神殿には、その国に住まう勇者の血筋の名が控えられております。オズワルト殿のように、神殿に届出もなくどこかの家の養子に入ってしまわれない限り、勇者の血筋たる人の住まいは神殿が把握しております」

「……は?」

 リーアは、ウェラルドの言葉に含まれた棘に気付いた。

「……では、うちを突き止めるまで、相当皆さんに迷惑をおかけしたのでは?」

「いえ、大丈夫でしたよ。ジェイク・ハノン氏が数年前に居場所を突き止めてくださっておりましたからね。それにしても、よく突き止めたと感心しますよ」

 ……ジェイク・ハノン。また、ジェイク・ハノンだ。

 リーアは頬を膨らませた。

 なぜ彼は、神殿でさえ行方を見失っていたオズワルトをわざわざ探し出して、その幼い娘に勇者の剣を託していったりしたのだろう。よりによって、まだいたいけな少女である娘が背負った勇者の任を代わろうともせず、傍観しているだけの駄目男に。

 そんなことをしなくても、神殿に問い合わせれば他の勇者の血筋なんて簡単に見つけられたでしょうに。

「……あ。そう言えば、ジェイク・ハノン殿のご子息に、頼まれていたことがあったのですよ」

 ウェラルドは、荘厳な空気の漂う長い廊下の途中で足を止めた。床を蹴る靴音が、高い天井に響いて止まった。

「もし、オズワルト・ガードナー殿か、その血縁の方が勇者の剣を持って神殿に現れたら、彼のお父上のことで一度お話がしたいと」

 リーアはすぐにピンときた。

 きっと、この勇者の剣を私に渡したことについて、弁解なり謝罪なりしたいんだわ。

 若干五・六歳の幼女に勇者の剣を託すなんて、常識では考えられない。しかも、その剣を預かったことを誰にも言うなと口止めして、誰にも見つからないところに隠させた。まるで、父かリーア以外の者が勇者にならないよう仕組んだとしか考えられない。

「勇者の系図を見る前に、少しお時間をいただけますか? ウェストラントの神殿に連絡を取って、デュエル・ハノン殿と通信できるかどうか問い合わせてみますから」

 そう言って、ウェラルドはリーアの返答も待たずに、廊下の途中にある扉を開くと、自分だけその中へさっさと入っていってしまった。

「……通信?」

 廊下で待ちぼうけの格好になったリーアが首を傾げると、予想外にもレイルがその問いに答えてくれた。

「何でも、神殿には他の神殿と姿や声のやりとりができる不思議な鏡があるそうですよ」

「へえ、そんな便利なものがあるんだ」

 リーアは目を丸くした。

「災厄の際には、いたるところで陸路が遮断されるそうですからね。そういった非常時の通信手段として、神が五つの水鏡を大陸の五箇所、東西南北、そして大陸中央に落としたのが、今の神殿の起源といわれています」

「……詳しいのね、レイル」

 リーアは驚いたというよりも、訝しんだ。

 レイルはイストラートにおける身分階級で言えば市民階級の中でも貧しい部類に入る。当然、学問を修める機会もなかったはずだ。

 リーア自身も、経済的な理由から貴族の子女のようには家庭教師を雇えず、母が存命の折には母から、母が亡くなった後は家に残された書物を頼りに、独学でそれなりの知識を得てきた。それなのに、レイルがなぜ神殿の起源や水鏡の機能などという、リーアよりも詳しい神学の知識を持っているのだろう。

「実は俺、近いうちに武官の試験を受けようと思っているんです」

 レイルは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 王宮に勤める武官は、貴族の子弟が無試験で任官できる上級武官と、一般公募で試験をパスした者が任官できる下級武官に分かれている。レイルが言ったのは、後者の方だ。

「武官の試験は、実技だけじゃなく、教養試験もありますからね。で、オズワルト様から本をお借りして、少しずつ勉強していたんです」

「父様から?」

 リーアは目を丸くした。

 レイルが今まで自分に何も言ってくれなかったことよりも、母の部屋から本が少しずつ無くなっていくのに気付いて、父が生活費を捻出するために質草にしているのだと勝手に決め付けていた自分が情けなくて、リーアは涙が出そうになってきた。

 疑ってごめんね、父様。

 今頃、オズワルトは家で大きなクシャミをしているに違いない。

「そうなんです。オズワルト様には、昔から折につけ、剣の稽古もつけていただいて……。しかも、わざわざ我が家に出向いてきてくださっていましたから、お嬢様も知らなかったのではないですか?」

 そこまでしてたの?

 リーアは驚いた。また、どこか裏町でもほっつき歩いているのだろうと思い込んでいたので、自然と返事がしおらしくなる。

「……うん。全然、知らなかった」

「正直なところ、俺の父は、フレイル家を衰退させていくオズワルト様に、良い感情を抱いてはおりませんでした。でも、俺はオズワルト様が好きですよ。今回のことも、ご自分が勇者の剣を受け取らず、お嬢様に託されたというのは、何か事情があるのではないでしょうか」

「そうなのかなぁ……」

 レイルの真っ直ぐな瞳に見つめられながらそう言われると、リーアは何となく自分が父のことを誤解していたような気持ちになってきた。

 確かに、父の行動を誤解し、あきれ果てて問い質しもしなかった結果、今の今まで勘違いしていたことがあったのは認めるべきだ。

 今回のことも、何か私の知らない事情があるのかも知れない……。

 ちょっとだけ、父を信用してみようかな、と思ったリーアだった。

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