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④ お嬢様とお父様

「ほんっっっと、もう、信じらんないっっっ!」

 夜明けと共に戻ってくるなりそう叫んだリーアの手に勇者の剣が握られているのを見て、オズワルトは思わず噴き出した。

「……ははっ、やっぱり、追いかけてきただろう」

「やっぱりって、何よ!」

 地団駄を踏むリーアに、オズワルトは苦笑した。

「言っただろう? 剣には、勇者が恐怖に耐えかねてその任を捨てることができぬよう、呪いがかかっているって」

 そう言えばそんな話を聞いたような気もする。だが、今は事前に知識を与えられていたかどうかなど、拘っている場合ではなかった。

「だから、この剣は私を追いかけてきたっていうの? だから、我が家をぶち抜いている穴が増えてるっていうのっっ?」

「ああ。ここから、あっちへ真っ直ぐ飛んでいったんだよ」

 オズワルトは昨日と同じ椅子に腰掛け、一方向を指差した。

その指し示した先にある壁には、人の頭部ほどの穴が開いている。その先の窓ガラスやドアなどにも同程度の風穴が開いていて、外と通じる最後の穴からは、眩しい朝日が燦々と差し込んでいた。

「どうすんのよ、こんなに家を壊して! 修理するお金なんか、ないんだからねっ!」

「俺に怒るな。壊したのはその剣だ」

 しれっと答えた父親に、リーアは怒りのあまり卒倒しそうになった。

「何で剣が私を追いかけてきたの。私は父様に、剣を託していったはずよ」

 リーアは昨日と同じように、テーブルの上に勇者の剣を叩き付けた。怒りから、心持ち昨日より手に力を込めて。

「お前は俺に剣を渡すつもりだっただろうが、俺は剣を拒否した。だから勇者の剣は、お前が勇者の任を放棄しようとしていると判断したんだろうな」

 リーアは呆気に取られ、口をポカンと開けた。

「何でそうなるの? 私だって、勇者になるつもりはないし、あのおじさんから勇者の証を受け取ったつもりはなかったわ」

「ジェイク・ハノンが生きていたら、その言い訳も通じただろうが」

 オズワルトの言葉に、リーアは小さく息を飲んだ。

「前の持ち主だったジェイクが死んで、剣はもう、お前を主だと認識している。だから勇者になりたくなければ、他の“勇者の血筋”に託すしか方法はない」

「だから、私は父様に……」

「俺は嫌だと言っただろう!」

 半ば叫んで立ち上がったオズワルトは、まるで我儘を貫き通す幼児のようだった。

「何でなのよ。じゃあ父様は、私が勇者になってもいいっていうのね。私みたいなのに、世界の命運をかけてもいいっていうのね」

「……」

「ちょっと、その沈黙は何よ」

 黙って背を向けた父に、リーアは心底腹が立った。

 勇者の任は、リーアには荷が重過ぎる。それはオズワルトも分かっているのだ。それなのに、自分が勇者になることだけは絶対に受け入れようとしない。

つまりは我儘で、自分勝手で、面倒臭がりなどうしようもない人なんだ、この人は。

 そんな人間が自分の父親であることが、どうしようもなく情けなくて仕方がない。

 リーアは、テーブルの上の勇者の剣を見つめた。

 幾千年の年月、楽園を守る役目を与えられた盾の世界グランシルド。その世界に生きる人間が災厄を打ち払うために、神から下されたのが勇者の剣だ。

 この世界に生まれ育った者として、リーアは当然の憧れを抱いていた。

 だが、いざ自分に勇者としての務めが降りかかり、その務めから逃れようとする自分を剣が見張っているとなると、神聖であるはずの神器も禍々しい呪いをかけられた魔剣のように見えてくる。災厄さえ打ち払う強大な力を秘めた輝きも、戦場で失われた無数の魂が自分を地獄へ引きずり込もうとしているかのように思えてくる。

 けれど、災厄からグランシルドを守るには、この勇者の剣と、この剣を持って災厄に立ち向かう勇者が必要なのだ。

 ……そして、それは自分のような何の力もない小娘じゃ駄目なのよ。

 リーアはテーブルの上から勇者の剣を取り上げると、踵を返した。

「どこへ行くんだ?」

 戸口まで来たとき、背後からオズワルトがそう問いかける声が聞こえた。

「父様が受け取らないのなら、他の勇者の血筋を探すしかないじゃない」

 リーアは振り向きもせずに答えると、床を踏み鳴らし、そのまま家を出た。

まずは神殿に行って、私は勇者にはならないって訂正しなくちゃ。

 昨日訪ねてきたウェラルド・フォン・エリクスは、すでに王と神殿にリーア・フレイルが今回の勇者だと報告しているだろう。だが、それが公表されるまえに、きっぱりと断りを入れておかなければならない。

 それに、他の“勇者の血筋”を探すにしても、国や神殿の協力は必要だ。

 何せ、リーアが知っている親戚は母方のフレイル家関係の人ばかりで、肝心の父方の血筋は誰一人知らない。というより、父から何も教えられていない。それに、ハノン家のことを考えれば、すでに勇者から数えて六親等にあたる人物が亡くなり、父の言い方を用いれば“解放された”家もあるはずだ。神殿なら、その辺りの詳しい情報を把握しているだろう。

「お嬢様」

 門を出たところでそう呼ばれ、振り向いたリーアは驚いて目を丸くした。

「レイル! ……どうしたの? 仕事は?」

「今朝一番に主人に申し出て、暇をいただきました」

 照れたような笑みを浮かべ、レイルは色の濃い金髪を掻いた。

「えっ、何で……」

「何をおっしゃいます。大恩あるフレイル家の大事に駆けつけなくて、いつ忠義を尽くせるというのです?」

 真っ直ぐに自分を見つめ返すレイルの澄んだ目を見て、リーアは胸がじんと熱くなった。

「……まだお嬢様が剣をお持ちのところを見ると、オズワルト様には勇者になるご意志がないのですね」

 レイルはリーアの右手に握られている勇者の剣に視線を落とした。

「そうなの。だから、私はこれから父様以外の“勇者の血筋”を探しに行くところ」

「えっ……。お嬢様も勇者にならないのですか?」

 驚いたようなレイルの声に、リーアのほうがぎょっとした。

「あ、……当ったり前でしょ。私なんかが世界の命運握っちゃってどうするの? ……あ、それとも、仕事を辞めたのは、私か父様が勇者になると思ったから? だとしたら……」

「いえ、そうではありません。……そんなこと、仕事なんて別に大したことじゃありませんよ。災厄が近いようですから、最近では腕に自信のある若者を雇いたがる人は多いんです。ですから、次の仕事もすぐに見つかりますよ」

 レイルは誤魔化そうとしたつもりだったらしいが、結局内心を吐露してしまった形になった。

「ま、そんなことはどうでもいいじゃないですか。それより、他の勇者の血筋を探すのなら、お手伝いしますよ。でも、重いでしょうに、剣は置いていかれたほうがよいのではないですか?」

「本当は持ち歩きたくないんだけど、また私を追いかけてきて、その度に家に風穴を空けられちゃたまらないから仕方ないのよ」

 リーアは憎々しげに右手の剣を握る手に力を込めた。

「はあ、風穴ですか」

「そうなの。おかげでうちはボロボロよ。嵐でも来た日には、家の中は滅茶苦茶になっちゃうわ」

「では、お屋敷に戻ったら、修理のお手伝いもいたします」

 微笑んだレイルの声は妙に嬉しそうで、リーアはその雰囲気に既視感を覚えて首を傾げた。

そして、最近その忠犬が主人に尾を振るような感覚をいつ感じたのか思い出したとき、リーアはますます剣を持つ右手に力を込めたのだった。

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