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27 お嬢様と兄の真実

 イストラート神殿から、リーアがエドガルド・ガードナーなる人物に勇者の剣を渡した、という報告をオズワルトが受けたのは、ラルフ最高神官長が神官兵からその報告を受けたその日の夜のことだったという。自邸に訪ねてきた神官ウェラルドからその名を聞いた瞬間、オズワルトは彼を脅し……ではなく、説得して旅装を整え、夜半過ぎにはイストラート王都を発った。途中、魔物に襲われた村に行き合わせてしまい時間を取られたが、事後処理を駆けつけた神官兵達に任せ、そのまま馬を駆ってきたのだという。

「で、そのエドガルドなる人物はどこにいるんでしょうか」

 オズワルトがラルフ神官長に訊ねるその口調は、明らかにエドガルドの不在を知っているふうだった。

「父様、お兄様は……」

「お兄様?」

 リーアの言葉に、オズワルトはぎょっとして振り向いた。

「だって、そうでしょう? エドガルドさんはオズワルト・ガードナーの息子だって言っていたもの。母親が違うとはいえ、あの人は私にとって兄……」

「エドガルド・ガードナーは、もういない」

 リーアの言葉を遮るように、オズワルトの静かな声が神殿内に響き渡った。

「……え? そりゃ、確かに今はここにはいないかも知れないけど」

「あの子は、……エドは、俺が伯父上と共に戦場に出ている間に、死んだんだ。母親と二人で俺の帰りを待っていたイストラートの東の小さな村が魔物に襲われて。まだ、四つになったばかりだった」

「……う、……嘘」

 リーアの頭の中は混乱していた。父の言葉が素直に頭の中に入ってこない。

 じゃあ、あの人は誰だっていうの?

 リーアの脳裏には、どこかしら父の面影があるエドガルドの爽やかな笑顔がはっきりと残っている。

「だって、……だって、あの人はオズワルトの息子だって。私のことを、可愛い妹だって言ってくれたのよ」

「どこの誰がエドの存在を騙ったか知らんが、そいつは偽者だ。勇者の剣を手に入れたくせに中央神殿に現れない。それが何よりの証拠じゃないか」

 オズワルトの声は、隠し切れない怒りに震えていた。父としては、幼くして死んだ息子を騙った男に娘が騙されたのだ。到底許しがたいに違いない。

 けれど、リーアはまだ信じられなかった。

「でも、でも、あの人が勇者の剣を持って、勇者になるって言った瞬間に、勇者の剣はすごく綺麗に光ったのよ。私のところへ飛んできた時みたいに」

「じゃあ、勇者の血筋の誰かがエドの名を騙ったんだな。何の必要があってか知らんが、下らん真似をしおって」

 オズワルトは吐き捨てるようにそう言うと、ラルフへ視線を向けた。

「この子の言うことが本当なら、剣は他の勇者の血筋に渡っていることになりますね」

「そうですな」

 ラルフ神官長は穏やかに相槌を打ったが、眉間にはこれまでなかった苦悩の皺が刻まれている。

「リーア殿が勇者の剣を呼んでも、剣は手元に返ってはきません。そのことからも、勇者の剣を持っている者は勇者の血筋だと分かっております。ですが……」

 ラルフは、テーブルの上に広げられた羊皮紙の前に立った。濃紅の布地に貼り付けられたそれは、前勇者アルバート・ガードナーから数えて六親等以内にあたる勇者の血筋を書き記した、勇者の血筋の原本だ。

「リーア殿がまだ接触しておられない勇者の血筋のうち、エドガルド・ガードナーを名乗った男と年齢的に近い男性は、ローエン家の二人の息子、アレックス殿とイザーク殿のみ。そのお二人とも、ウェストラントのローエン家にいらっしゃることが確認されているのです」

 中央神殿も、ただ指を咥えてエドガルドの到着を待っていた訳ではない。あらゆる可能性を考え、残る勇者の血筋がどこで何をしているかを探っていた。

 ウェストラント神殿からの報告では、裕福な商家であるローエン家の二人の息子は、災厄を目前にした様々な商品の需要に忙殺されていて、王都内の店や顧客の間を飛び回っているという。このひと月は寝る間もないくらいの忙しさで、とても中央神殿付近まで足を伸ばすような時間はない、ということだった。

「一つ、確認させていただいてよろしいでしょうか」

 何か覚悟を決めたような、厳かなラルフの声が響いた。

「何でしょうか」

 その視線の先にいたオズワルトが答える。その次に続く神官長の言葉を予測しているかのように、彼の表情は固くなった。

「エドガルド殿が亡くなっていること、これは間違いないのですな?」

「……はい。魔物に食い殺され、死体は残りませんでしたが、あの子の母方の祖父がその瞬間を目撃していたそうです。その時、一緒にいた母親も同様にして命を落としました。私が側にいれば……」

 そう言いかけて、オズワルトは言葉を飲み込んだ。その時の悲しみを、胸の内に押し込めるように。

「いや、辛いことを思い出させてしまって申し訳ありませんでした」

 神官長は一つ大きく息を吐くと、その純粋な瞳でひたとオズワルトを見つめた。

「それで、あなたが中央神殿にいらした理由はなんでしょう」

 エドガルドが偽者だった、という衝撃の事実ですっかり忘れていた本題を、リーアはその言葉で思い出した。

「イストラート神殿から報告は受けております。あなたは、ご自分が勇者になることを回避するために、敢えて婿養子に入って姓を変え、貴族となりながら出仕もせず、王都で隠遁生活を送られていたとか。そして、勇者の剣を手にした娘御の手助けもせず、頑なに勇者になることを拒み続けた。であるのに、今更何をしにいらしたのですか」

 ラルフは、リーアが父に聞きたかったことを全て言葉にしてくれた。

 父は、とにかく自分が勇者にはなりたくなかった。例え、娘が代わりにあの恐ろしい戦場に立たなければならなくなったとしても。

 それだけ聞けば、何て自分勝手で無責任な血も涙もない父親だろう。実際、リーアはそう思ってきた。

 けれど、今になってオズワルトは中央神殿に現れた。エドガルドがすでに亡くなっている人物だと告げるだけなら、イストラート神殿の水鏡を使って中央神殿にその事実を知らせるだけでいい。

「中央神殿に乗り込んでこられたら、今まで隠れていた努力が水の泡になるとは思われなかったのでしょうか」

 オズワルトが片方の眉を上げる。その表情を見て、ラルフは苦笑した。

「あなたを勇者にと望む者は今でも少なくないのですよ」

「ご冗談を。私は勇者にはならない。その意志に変わりはありません」

「では、なぜ」

「死んだ息子の名を騙られた。それに騙されたのが娘とあれば、黙ってはいられませんよ」

「それだけでしょうか」

「何をおっしゃりたいのでしょうか」

 オズワルトの声が低くなる。だが、ラルフは全く気に留めた様子もなく、言葉を続けた。

「なぜ、それほどまでに勇者の任を拒否なさるのでしょうか。災厄との戦いに赴きたくないというのなら、今この時期に中央神殿にいるということ、しかもあれだけの魔物退治の腕を民に披露するということは、本人の意志とは全く逆の結果を生み出すことにつながることは明白。なのに、あなたはここへいらした」

 なぜか。

 リーアは息を飲んで、父の答えを待った。

「勇者の剣を探し出さなければ、意味がないのですよ」

 オズワルトは吐き出すように、言葉を発した。

「勇者の剣がなければ、グランシルドは滅んでしまいます。それでは、私がこれまでやってきたことも、何十回、何百回とグランシルドが災厄を抑えてきたことも無駄になる。私の息子や、その母親の死も、全てが」

 楽園を守るために創られた大いなる盾、グランシルド。災厄を防いでこそ、その存在意義はある。

「それに、このままではリーアがあまりに不憫でしてね。この子はなんだかんだいって真面目な子ですから、ここにいて災厄の被害を目の当たりにするたびに、全部自分のせいだと背負い込むんじゃないかと思いましてね」

「父様……」

 思わず、リーアの胸の中に熱いものが込み上げてくる。

 やっぱり、父様はなんだかんだ言っても、私のことを心配してくれていたんだ……!

 今更何をしにきたんだ、とか、血も涙もない、とか思っててごめんね、父様。

 リーアは潤んだ目で父を見上げながら、心の中で自分の狭い了見を恥じていた。

 ……なのに。

「勇者の剣を探し出し、偽エドガルドの首根っこを掴んでここへ連れてくるために、私はここへきたのです。そいつが勇者の血筋だとして、そいつかリーア、どちらを勇者にするのかはご自由にどうぞ」

 最後の最後で、やはり父は父だった、とリーアはがっくりとうな垂れた。

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