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23 お嬢様と勇者宣言

「何……?」

 振り向いたリーアの目に、顔に“極道です”と書いてあるような男達が、真っ直ぐこちらに向けて歩いてくる姿が飛び込んできた。その数、ざっと十人以上。

 悲鳴を上げて飛び退くほかの客を尻目に、レイルは素早く立ち上がり、リーアと男達の間に立ち塞がった。

「どうやらお嬢さんは見つかったようだな」

「ええ、おかげ様で」

 聞きなれないレイルの口調から、また彼は例の薄笑いを浮かべているのだろうとリーアは思った。

「これで、俺達の無実は証明できただろう? ……その代償としては、こっちの被害は大きすぎるがな」

「三人もやりやがって……」

 別の男が吐き捨てたその言葉に、リーアはぎょっとして立ち上がった。

「レイル、一体何があったの?」

 レイルはリーアの問う声に、微動だにせず、男達を睨み付けていた。

 レイルの代わりに、先頭に立って喋っていた男が答えた。

「この男はな、お嬢さん。あんたがいなくなったってんで、俺達の仲間がかどわかしたんじゃないかって、因縁つけてアジトに乗り込んできたんだよ。俺達じゃないって言っても信じない。挙句、熱くなっちまったこっちの若いのを伸していったって訳だ」

「……やったって、殺したの?」

 震える声で訊ねると、レイルは僅かに振り向いて小さく囁いた。

「多勢に無勢で、手加減をする余裕もなかったんです」

 リーアはぎゅっと拳を握り締めた。

 もし、自分と旅に出たりしなければ。もし、あの時ヴィヴィアンの手を振り解いてレイルの傍にいれば、レイルが人の命を奪うことはなかったのに。

「……ごめんね、レイル。私のせいで」

「お嬢様のせいではありません。俺がこの手で殺めた人の命は、俺が一生背負います。お嬢様は何も気にしなくていいんです」

 集団の先頭に立っていた男が、ふいに苦笑した。

「誰かに一生背負ってもらえるほど立派な奴らでもなかったがな。血を見るのが何より好きな連中だが、ま、もう二度と剣を持てない体にされちゃあ、堅気に戻るしかないだろうよ」

「え……?」

「死んじゃいねぇ。その代わり、ちょっとばかり不自由な体になっちまったってことだ」

 別の男が、吐き捨てるように言った。

「だが、あれだけの屈辱を受けて、俺達としてもお前を黙ってこの街から出すわけにはいかない。そっちの勘違いから起こったことだしな。ちょっと、顔貸してもらおうか」

 先頭の男が、顎で入口の方向を指し示した。

「少なくても、うちの若いのと同じくらい痛い目にあってもらわねぇとな」

 別の男は、もう剣の柄に手を当てている。

 ……同じくらい痛い目って。

 リーアは全身が総毛立つのを感じた。

 二度と剣を扱えない体にされてしまったら、レイルはこれからどうなるのだろう。武官になるという夢も果たせなくなってしまう。その夢が失われるのを、自分はただ見ていることしかできないのか。

「レイル……!」

 店の外に出て行く男達に続こうと一歩踏み出したレイルの袖を、リーアは咄嗟に掴んだ。

「……行っちゃ駄目!」

 それが、彼を引き止められない言葉だと分かっていても、リーアはそう言うことしかできなかった。

「お嬢様は、ここにいてください」

 レイルはにっこりと微笑んで、反対の手で優しくリーアの手を払いのけた。

「レイル……」

 逞しい背中が遠ざかっていく。

 これまで彼にどれほど甘えてきただろう。母の実家に代々仕えてきた使用人の息子だというだけで。

 そして今も、彼が何の抵抗もなく裏組織の連中の報復を受けるのは、一緒にいるリーアにまで危害が及ばないようにするためなのだ。

 ……私には、何もできない。――いいえ。

 リーアはハッと顔を上げた。

 唯一つ、彼を救う方法がある。いや、それはただの可能性でしかない。けれど、何もしないでレイルがやられるのを待っているよりずっとマシだ。

 リーアは店内のテーブルや椅子にぶつかり、料理を運んでいる店員と接触しそうになりながら、泳ぐように店の外に飛び出した。

 その目に、夜の街を彩る明かりを反射した剣の煌めきが飛び込んできた。

「……待って!」

 その声は、張り裂けそうな胸の鼓動に邪魔されて、自分の耳には届かなかった。

 だが、振り下ろされた剣は、宙で動きを止めていた。

「お嬢様」

 声は聞こえなかったが、レイルの唇がそう動いた。彼は五人がかりでうつ伏せに地面に押さえつけられ、その右肩から掌一つ分ほどの位置で、剣の切っ先が静止していた。

 剣を持った男がゆっくりと振り返った。

「何だい、お嬢さん」

「その人を放して」

 精一杯強気に叫んだつもりなのに、リーアの声は震えていた。

 男は喉の奥で笑った。

「それは無理だな。俺も、上から指示されたことなんでね。こいつを見逃せば、俺の命に関わる」

「そう。じゃあ、ザッカリアの裏組織は、勇者の従者に危害を加えるっていうのね」

 リーアが渾身の力を込めて腹から絞り出した声は、もう震えてはいなかった。

 一瞬、周囲の空気が静まり返った。

「……勇者? 誰がだ」

「私よ」

 ザワッと、周囲を取り囲んでいる人々がざわめく。

「そしてその人は、私が最も信頼し、私にとって最もかけがえのない人なの。私が勇者だったから、彼は命をかけてあなた達のアジトへ乗り込んでくれたのよ」

「ははん。お前みたいなお嬢ちゃんが勇者だって? 嘘ももっと上手に吐くんだな」

「本当にあんたが勇者だって言うのなら、証拠をみせてみろ」

 レイルを押さえつけている別の男が、揶揄するように笑う。

 ……証拠。

 リーアは目を閉じた。

 ……ヴィヴィアン、ごめん。でも、私、どうしてもレイルを助けたいの!

「勇者の剣よ、主の元へ戻れ」

 その瞬間、ヴィヴィアンのアパートが倒壊する幻が見えたような気がして、リーアはぎゅっと目を閉じた。

 ドコーン!

 その衝撃音は、突然、ほぼ真後ろから上がった。

 リーアが振り向くのと、店の二階から壁材が降ってくるのが同時だった。

 ……当たる!

 そう思った瞬間、勇者の剣が目の前に飛び込んできた。

 一瞬、夜が昼になったかのような閃光に包まれ、リーアは固く目を閉じた。

 ……目を開けた時、リーアは目の前で嬉しそうに点滅を繰り返している勇者の剣を両手でしっかりと握っていた。地面に落ちた壁材は、リーアを避けるように地面に散乱していた。

  全く、何で私が屋外にいるのに、わざわざ店を壊して現れなきゃいけないの?

 リーアが呆れたように嘆息した時だった。

「確かに、それは勇者の剣」

 道の向こうから、数人の紳士的な男に囲まれた好々爺が現れた。

 その瞬間、裏組織の連中が一斉に老人に向かって跪いた。その状況だけで、彼が裏組織の頂点に立つ人物だと分かる。

「災厄の迫っているこの時期に、勇者に対して無体な真似はしてはならん。それが、この世界に住む者の守るべき決まり事の一つ。世の中の法を全て無視して育ったワシじゃが、それだけは守るよう心がけておる」

 老人はそう言うと、手にした杖で、レイルを放すよう男達に指示を出した。

「じゃが、ワシらにも面子というものがある」

「……どうすれば許してもらえますか」

「災厄が終わるまでは仕方ない。じゃが、災厄が終われば話は別。ワシらの勢力の及ぶ範囲でこの男を見つけ次第、利き腕の腱を貰う。そういう条件を受け入れるなら、この男は無傷であんたに返そう。どうじゃな?」

 つまり、今後一切ザッカリア周辺に近づかなければ、レイルは裏組織の報復を受けることはないということだ。

「分かりました。でも、本当にそれでいいんですか?」

「この世界が滅べば、堅気も外道も、面子もへったくれもない。そういうことじゃ」

 長くグランシルドで暮らし、その身で二度、三度の災厄を潜り抜けてきた者だけが、その境地に至るのだろう。

「頼んだぞ、勇者殿」

 ニヤリと笑って踵を返した老人に続いて、裏組織の連中が引き上げていく。その後姿を見送りながら、リーアはようやく膝が震えていることに気付いたのだった。


「レイル、大丈夫?」

 駆け寄ったリーアが助け起こすと、レイルは俯いたまま起き上がり、力一杯拳を地面に叩きつけた。

「……レイル?」

「俺のせいで、お嬢様が勇者になることになってしまうなんて。あんなに嫌がっておられたのに」

 リーアは、震えるレイルの肩を抱き、にっこりと笑った。

「いいのよ、もう。きっと、こうなる運命だったの」

 使命感というよりも、諦めの気持ちがリーアを包んでいた。

「すみません、俺……」

「何、言ってんの。レイルが謝ることなんて、一つもないんだから」

 リーアがそう言って微笑むと、レイルは昼間の自分の台詞を思い出したのか、ようやくはにかんだような笑みをみせた。

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