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⑳ お嬢様と裏組織

 アーサー・ローエンなる人物がいる。

 前任の勇者アルバート・ガードナーの父オルバスの兄にヘイルという人物がおり、その娘ナディアがローエン家に嫁いだ。アーサーはそのナディアの孫にあたる。

 ローエン家というのは、ウェストラントでも名家のうちに入るのだが、アーサーという人は嫡流ではなく、本家のあるウェストラントの王都から遠く離れた、ノスタニアの西南ザッカリアで暮らしているらしい。

 ……が、ザッカリアに到着し、丸一日方々で訊ね回っても、誰一人アーサー・ローエンの行方を知る者はいなかった。


「アーサー・ローエン?」

 誰もが知らないと首を振る中で、十七人目に訊ねた商人らしきその男性は、妙な顔をして首を捻った。

「アーサー・ローエンというと、あのアーサー・ローエンのことかい?」

どのアーサー・ローエンよ。

 リーアは、恰幅がいい割に気が弱そうな商人の脂ぎった顔に内心毒づいた。散々歩き回って、いつになく苛々しているリーアだった。

「彼をご存知なんですか?」

「いや。人違いだったら悪いんだが、少し前に、アーサー・ローエンという男について、良からぬ噂を聞いたものでね」

「良からぬ噂?」

 リーアは、レイルと思わず顔を見合わせた。

「その噂って、どんな話なんですか?」

 リーアがさらに訊くと、その男は答えるのを渋った。

「君達の探している相手だとは限らないよ」

「いいえ。どんな話でもいいんです。聞かせてください」

「そう? ……じゃあ、ここだけの話だけど。ここザッカリアの裏組織が、アーサー・ローエンという男を探し回っているそうなんだ」

 商人が声を潜めたので、自然、リーアとレイルは身を乗り出した。

「裏組織?」

「ああ。表立って出来ないような仕事を請け負う組合みたいなものなんだが、正直、真っ当な人間ならあまり関わりあいたくないような奴らさ。組織の幹部は人を殺すことも商売だと思ってるし、メンバーには人殺しが楽しくて仕方ないというような奴らもいる」

 商人の声が乾いているのが、リーア達の恐怖心を煽った。

「そんな人達が、どうしてアーサー・ローエンを探しているの?」

「何でも、その組織の幹部の女と通じて、多額の金を持ち逃げしたらしいんだ」

 そこまで言って、男は慌てて口を押さえた。

「おおっと、俺から聞いたなんて言わないでくれよ。連中は疑り深いからな。どこでどんな誤解を招いて、災難が降りかかってくるとも限らない」

 男はおどおどと周囲を見回すと、アーサーについてまだいろいろと訊きたくて引きとめようとするリーア達を振り払うように、行き交う人々の群れの中へと消えていった。

「……あの人が言ってた人が私達の探しているアーサー・ローエンだとしたら、あんまり期待は出来ないわね」

 リーアは、男が消えた辺りの人混みを眺めながら呟いた。

「裏組織に追われている勇者なんて、想像するだけで馬鹿らしいわ」

「じゃあ、アーサー・ローエンではなく、他の勇者の血筋を探しますか?」

 荷物から羊皮紙を取り出したレイルに、リーアは物憂げに首を横に振った。

「セリカ村からここまで三日。残り日数はあと七日なのよ。中央神殿まで戻るのに最低三日は見積もっておくとして、猶予はあと四日しかないわ。他の勇者の血筋を探して、ウェストラントやサースラビアに行く時間なんてないわよ」

「では……」

「裏組織に追われているアーサー・ローエンは、このアーサー・ローエンじゃない。……と信じて、彼を探すしかないじゃない」

 レイルに、というよりは自分自身を励ますように、リーアが羊皮紙を指差して言った時だった。

「お前らか? アーサー・ローエンについていろいろと嗅ぎまわっている奴らってのは」

 たちの悪そうな男が三人、近づいてくるなり巻き舌で絡んできた。

「い、いえ、別に……」

 咄嗟に否定したリーアだったが、男達はますます不機嫌そうに眉根を寄せて、肩を怒らせながら接近してきた。

「嘘つくんじゃねーよ! てめえらが、アーサー・ローエンの居場所をあちこち聞きまわってんのは調べがついてんだよ」

「そ、……そうですかぁ」

「何が目的だ。それともお前ら、あいつの仲間か?」

 とても、正直に“実は遠い親戚になるんです”とは言えない雰囲気だ。

「い、いいえ! とんでもない」

 慌てて首を振ったリーアに、レイルが付け加えた。

「実は俺達も、そいつに会って話をつけなきゃならないことがあってね。それがちょっと急ぎの事情なんだ。もし、どこにいるのか知っているのなら、教えてもらいたいんだが」

「ちょ、ちょっと、レイル。なに訊いてんのよ」

 焦ってリーアが囁いても、レイルは平気な顔をしている。

「ああ!?」

 案の定、一歩前にいた血の気の多そうな若い男が額に青筋を浮かべて凄んだ。

 やっぱり機嫌を損ねたじゃないの~。

 リーアが泣きそうになった時だった。

「それを俺らに訊いて、教えてもらえるとでも思っているのか?」

 若い男の後ろで腕を組んでいた、三十前後の男が落ち着きのある声で言った。

「……さあ、どうだろう」

 レイルは動揺するどころか、口の端に笑みを湛えている。これほど険のあるレイルの顔を、リーアはこれまで見たことがなかった。

「ここは人の目がある。場所を変えよう」

 男は顎で裏道を指し示した。

「分かった」

「レイル!」

 さすがにそれはマズイ、とリーアが慌ててレイルの袖を引っ張った。人気ひとけのないところに連れ込まれたら、どんな目に遭わされるか知れない。

 だが、レイルは余裕の表情を浮かべて、片目を瞑った。

「隙を見て、お嬢様はどこかに隠れていてください」

「えっ、でも……」

「なるべく穏便に話をつけるつもりですが、こいつらにその気はなさそうです。強引な手を使うことになったら、急いでザッカリアを出なければならなくなります」

 今度は、自分達が裏組織に追われる立場になる。レイルはそう言っているのだ。

「そんな……」

「何ごちゃごちゃ言ってんだ。さっさと歩けぃ!」

 リーア達が逃げないよう見張るためか、若い男が一人、後ろからついてくる。他の二人はリーア達の前に立って、往来を行き交う人々に道を空けるようガンを飛ばしながら歩いていく。

 ……ちょっと、何でこんなことになってんの?

 自分達を見る街の人々の視線に、憐憫の情が含まれている。可哀想に、裏組織の連中に目をつけられて、ありゃあ、無事には済まないね。何をやらかしたのか。自業自得だとは思うけど、惨いことだ。

 ……選択を誤ったのかも。

 リーアは後悔した。アーサー・ローエンなる人物について多少なりとも知っていたら、中央神殿との約束の期日に遅れることを覚悟してでも、ウェストラントかサースラビアまで強行する、という手段もあったのに。

 その時、不意に右手から悲鳴が上がった。

 振り向くと、その方向にいた人々の群れがあっという間に割れていく。その向こうから土煙を上げて、荷車を引いたままの牛がこちら目掛けて一直線に突っ込んできた。

 牛は口から涎を垂れ流し、目は血走っていて、完全に正気を失っていた。

「ええーっ!?」

 固まったまま動けないリーアを、レイルの長い腕がひょいと抱えて人混みに駆け込む。牛はさっきまでリーアが立っていた辺りを疾走し、出店の陳列棚に接触して、荷車に満載されていた果物が往来に散乱した。

「だ、誰か、そいつを止めてくれ~」

 その声に振り向くと、牛の持ち主らしい初老の男が、人混みを掻き分けて牛の後を追いかけていく悲壮な後姿が目に入った。その向こうに、牛か荷車に踏まれたのか、リーア達の後ろを歩いていた裏組織の男が、足を押えて転げまわっている。

 と、リーアは服の脇腹辺りをツンツンと引っ張られた。

「こっち」

 振り向くと、意志の強そうな二つの目が、リーアをじっと見つめていた。

「え?」

「早く」

 少女は叱咤するように囁くと、リーアの服を掴んだまま近くの店の中に引っ張っていく。

「レイル……」

 慌ててレイルにも知らせようとしたが、彼は急な曲がり道で横転した牛と荷車の騒動に気を取られているせいか、リーアの声に気付く様子もなかった。

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