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⑰ お嬢様と中央神殿

 中央神殿は、大陸の中央にそびえるセントリア山の麓、南側の斜面にへばり付くように建っていた。その建物の大きさは言うまでもなく、荘厳さにおいてもイストラートの神殿と比べようもないほどだった。

 幾度か魔物の襲撃を受け、その度に勇者の剣の発する光によって退けてきたリーア達が中央神殿に到着したのは、イストラート王都を経って七日後のことだった。

 すでに、ウェラルドとの約束の一ヶ月は、半分を経過しようとしていた。

 イストラートの神殿から、水鏡による連絡があったのだろう。二日ほど前に国境近くの村に立ち寄ったリーア達は、そこで中央神殿から来た、という神官兵の出迎えを受けた。

「勇者様、ようこそお越し下さいました」

 村人達の目の前で恭しく頭を垂れる神官兵達に、リーアはうろたえてしまった。

あれが今度の勇者様か、という村人達の好奇心と不安が入り混じったような囁き声を、リーアは肌で感じ取った。

「ちょ、ちょっと待ってください。私は勇者になるために来たんじゃないんです」

「と、おっしゃいますと?」

 訝しげに眉を顰めた隊長らしき壮年の神官兵に、リーアは完全に気圧されてしまった。

「……その、あの……」

「リーア殿、とおっしゃられましたな。公衆の耳目のあるところで、そのような発言は慎んでいただきたい」

 リーアは後に、その神官兵がカシュー・グラードという名の、中央神殿の神官兵に五人いる隊長のうちの一人だと知った。カシューは鋭い眼光でリーアを見つめながら、低い声でそう囁いた。

 リーアは思わず、口元を押さえた。脅すようなカシューの声に恐怖を覚えたからだけではない。

 確かに、今のリーアの発言は、時と場所を弁えない不適格な発言だった。いい加減、魔物の出現によって大陸中央部では実質的な被害も多発しているのに、勇者の剣を所有している者が勇者になるつもりはないと言ったのを聞けば、人々は強い不安感を抱くだろう。

 結局、リーアは勇者として扱われ、中央神殿の門をくぐった。

 出迎えた中央神殿の神官達やその周辺に住む人々達は、口々に

「勇者様! 万歳!」

 と叫びながらリーアを出迎えた。

 その熱狂的な歓迎振りからすると、どうやらイストラートの神殿から中央神殿へ、勇者の剣を持った者が発ったという知らせはもたらされたものの、その者の目的は勇者に相応しい人物を探すことであって、勇者になるためではないことは伝わっていなかったらしい。

 中央神殿の奥にある祈りの間に通されたリーアは、そこで待っていた神官長と対面した。中央神殿の神官長とは、別名最高神官長と呼ばれ、この世界の神に仕える人々の頂点に立つ人物である。

 その人物は、金髪がそのまま太陽の光で漂白されてしまったような、柔らかな印象を与える白髪を長く伸ばしていた。垂れた眉毛も、胸の辺りまで伸びた髭も、同じ白。色白の肌に刻み込まれた皺は、どうやったら人間を慈愛に満ちた表情にできるか、と神が苦心して彫り上げた芸術品のようで、真顔でいても優しさが滲み出てくる面差しをしていた。

「長の旅路、ご苦労でございました、リーア殿」

 最高神官長ラルフ・ヴェステンは丁寧に礼をしたが、リーアを勇者様、とは呼ばなかった。

「お疲れでしょう。本日はごゆっくりとお休みください」

「いえ、……あの、そうも言っていられないんです」

 リーアは失礼と分かっていたが、ラルフの申し出を断った。

「時間がないんです。イストラート以外の国にいる、勇者の血筋の居場所を教えてくれませんか?」

 ラルフは瞠目し、やがてゆっくりとその目尻に笑みを湛えた。

「イストラートの神殿からの報告は、やはり本当でしたか」

「……え?」

「あなたが本当に勇者に相応しい人物に剣を渡すため、国外にいる勇者の血筋の情報を求めているので力を貸してほしい。イストラート神殿の、ウェラルド・フォン・エリクスがそう申しておりました。不安を与えぬため、他の者には伏しておりましたが」

 ウェラルドさんが、そう言ったの……。

 リーアの胸に、何故か鈍い痛みが走った。

 どうしてこんな気持ちになるんだろう。彼は私に協力してくれているのに。

「しかし……」

 ラルフは、ふいに眉を曇らせた。

「本当に、その、勇者に相応しい人物を探さなければなりませんか?」

「えっ」

 リーアは驚いて顔を上げた。

「どうして、あなたではいけないのです?」

 その言葉に、リーアは落雷を受けたような衝撃を受けて立ち尽くした。

「どうして……って」

 決まっている。リーアは十五の小娘で、ろくに剣も扱えなくて、運動神経もなくて、馬にも乗れなくて、弓も扱ったこともなくて、家事その他一般の知識はそこそこあっても、軍を率いて災厄と戦うための知識なんて毛ほどもない。そんな人が勇者になっても、世界を救えるはずがないじゃないか。

 言葉は心の中で空回りするばかりで、喉の奥に閊えて出てこない。

「古来、女性が勇者となった例がないわけではありません。私は、あなたが勇者になられても、特に問題はないと思いますが」

 ラルフの言葉は、リーアの胸に染みた。それは、凍て付いた心を氷解させる温かさを持っていると同時に、重い責任から逃れようとしているリーアを追い詰めようとしているようにも聞こえた。

「あの、……でも、やっぱり駄目なんです。私では」

 リーアは頑なに首を横に振った。

「そうですか。そこまで拒否なさるほど意志が固いのであれば、我々にはもう、申し上げることは何もありません。フェノッサ」

 呼ばれて、ラルフのすぐ後ろに控えていた神官が、手にしていた羊皮紙を差し出した。

「イストラート神殿からの連絡を受け、ご用意しておりました」

 ラルフは、その羊皮紙を手に取ると、その優しい眼差しでリーアをじっと見つめた。

「しかし、猶予はありません。時間がない、と先ほどおっしゃられたが、確かにあなたに差し上げられる時間は多くありません。我々が待てるのは、二週間です」

 ウェラルドから宣告を受けた時間の残りと、ちょうど符合する日数だ。

「もし二週間経って、誰にも勇者の剣を渡せなかったとしても、必ず速やかにここへ戻ってくると約束できるのなら、私は勇者の血筋について書かれたこの紙をお渡しし、あなたを送り出します。しかし、その約束を果たす気がないとおっしゃるなら、今ここで勇者就任の儀式を執り行います」

 災厄が迫って被害も出始めているこの時期に、勇者になるのを拒否し続けている自分の我儘が、いろんな人を振り回している。それはリーアも分かっている。

 けれど、望みが完全に絶たれた訳ではない。あと二週間くれるというのだから、それに掛けるしかない。

「……分かりました」

 そう答えると、ラルフはにっこりと微笑んで、リーアに羊皮紙を手渡してくれた。

「あなたを信じていますよ」

という、リーアを縛る言葉と共に。

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