生命への敬意とは
「た、助けてぇ! 誰か! 誰かぁ!」
私は全力で脚を動かしながら、焼け付くような肺をフル稼働させて声を上げる。
数十メートル後ろからは、樹が倒される音にずしんずしんと重たい足音が近づいている。
「あぅっ!」
脚がもつれた私は、城門まで20メートルくらいの場所で盛大に転んでしまった。
よせばいいのに、私はつい後ろを振り返ってしまった。
「ひっ」
巨大なくちばしに鋭い目。
走龍のような頑健な脚に、グロテスクなくらいに極彩色の羽根。
この辺りでは『森で見かけたら、何をやっていても息を止めてやり過ごせ。見つかったら諦めろ』と言われる巨大な鳥のモンスター、テラーバード。
ハーブとキノコ採取をしていた私は、運悪くこのテラーバードに見つかってしまった。
クゥウエエエエ――
城壁に反射するような、血の気がひいてしまう咆哮。
必死で立ち上がろうと腕に力を入れるけれど、腰が抜けてしまったのか脚に力がうまく入らない。
「い、いや、いやっ、来ないで!」
スカートがじわりと湿っていく感触。
巨大な二足歩行の鳥が、私に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。
動けなくなった獲物を前に、さぁ今からどうやって嬲ってやろうかと舌なめずりでもしているのだろう。
鋭くて巨大なくちばしは、私の直ぐ側まで近づいて来ている。
ふん、と鼻息を荒くして、私の匂いを嗅いでいるようだった。
いやだ、死にたくない。まだ死ねない。
まだ弟は小さくて、あの子ひとりじゃ到底生きていけない。
両親もいない私達姉弟は、力を合わせて2人で頑張って生きてきたのに。
両親が残してくれた店を護るために、一生懸命、必死で働いてきたのに。
それなのに、どうして私がこんな目に――
「ほぉ、随分とイキの良いのがいるじゃねェか。あぁン?」
唐突にテラーバードが私から視線を外して、すぐ真横へと顔を向けた。
巨大なくちばしが向かう先に立っていたのは、見たこともない白髪の巨漢。それも、見たこともないほど大きな片刃の剣を持った、筋骨隆々の戦士――らしき人影。
「テラーバードのメス……8歳から10歳ぐれェか」
男はにやり、と口ひげを笑みの形に歪めて巨大な剣を構えると、あろうことかテラーバードにまっすぐ突っ込んでいく。
「ちょうど良いじゃねェか」
あぁダメ。
この魔物は、騎士が10人がかりでようやく撃退するような、そんな恐ろしいものなのに。
「オるラァ!」
だん、という地響きにも似た強烈な踏み込み。
怒り狂ったようなテラーバードの咆哮。
何度聞いても、この巨大な肉食の鳥の咆哮は背筋が凍る。恐怖の鳥、テラーバードの名前の由来にもなった鳴き声だ。
が、その鳴き声は唐突に途切れた。
ざり、という、まるで肉切り包丁が骨ごと肉を断つような音の直後、テラーバードの巨体は地面に崩れ落ちた。
「……へ……? へぁ……」
「おう嬢ちゃン、無事か?」
眼の前の白髪に白ひげの男は、まるで何事もなかったかのように大きな剣を背中の鞘におさめて、私を見下ろしてきた。
「あ、は、はい……いや、あの、無事、じゃないです、み、見ないでください……」
「あぁ、ションベン漏らしたか。ま、しょうがねぇやな、テラーバードの鳴き声聞いちまったンだろうし、気にすンな」
「き、気にします! いや、あの、すみません、そうじゃなくて……ありがとうございました、助けていただいて」
「おう、それこそ気にすンな。仕入れだと思やァ軽いもンだぜ。鳥が怖くッて唐揚げ屋が務まるかッてンだよ」
「……仕入れ?」
白髪の大男は、マジックバッグの魔道具と思しき大きな袋を広げる。
一瞬でテラーバードの亡骸を袋にすっぽりと収めると、未だにへたり込んで立ち上がれない私に歩み寄りしゃがみこんだ。
「テラーバードはな、オスは肉が筋張ってて食えたモンじゃねェが、メスは美味ェンだよ。特に下味付けて油で揚げて食うとヤバいぜ? トぶぜ?」
「…………え……あ、あの、食べ、食べるんですか!? テラーバードを!?」
「おう。シメたら残さず喰う。それが命に対する敬意、料理人の矜持ってェやつだぜお嬢ちゃん」
「料理人……?」
「あぁ。さすらいの料理人、『唐揚屋のサンダース』たァこの俺様のことだ。知らねェかい?」
「あ、あの、知りません……それにその、料理人って、その剣、どう見ても大剣士じゃ……」
「ンなことよりだ、お嬢ちゃん? お前さん、この街の人間かい?」
サンダース、と名乗った巨漢は、くいっ、と顎で城門を指し示す。
城門のすぐ近くには、まだあっけにとられてへたり込んでいる護衛の騎士さんが立ち上がれないままでいた。
「は、はい、あの、そう、ですが……」
「そっか、じゃあ俺様ァ運がいいな。街ン中で商売してェンだがよ、どっかいい場所しらねェかい?」
「商売!? って……え、あの、ひょっとして料理を……?」
「おう、どっか料理人募集してる店でもありゃ御の字なんだがな?」
私が必死で働いて護っている店、それは両親が経営していた冒険者向けの食堂だ。
半年前に両親がテラーバードに襲われて死んだ時から、私の料理では客を満足させることも出来ず、やむを得ず店を休業して冒険者として採取依頼をこなして、必死で弟を育ててきた。
もし、この人が本当に料理人だとすれば、そしてもしこの人の料理が、本当に美味しいものだとすれば、あるいは――
「サンダースさん、あの、ものは相談なんですが」
「ン? おう、何だいお嬢ちゃん、改まって。ションベン漏らして腰抜かしたままで出来るハナシか?」
「そ、それは今は気にしないって言ったじゃないですか! あの、そんなことより……私の両親が残した食堂があるんです。料理人がいなくて、今は店を休んでいるんですが……」
「ほォう?」
サンダースさんは、獰猛な狼のように歯をむき出しにして笑みを浮かべる。
あぁ、怖い。テラーバードの方がまだマシかもしれない。
「面白ェハナシじゃねぇか。とりあえず詳しい話は立てるようになってから聞かせてもらおうか。ま、とりあえずだ」
大きな手が肩掛けカバンの中をごそごそとまさぐると、茶色い見たこともないものを私に差し出してきた。
「こいつァ今朝俺が作ったディアトリマの唐揚げだ。食ってみな? トぶぜ?」
「でぃ、ディアトリマって、テラーバードの亜種じゃないですか……食べられるんですか?」
「あぁ。そいつ食って、俺を料理人として雇うか決めりゃ良い」
どうせ拾った命だ、と意を決して、魔物の肉を揚げた奇妙な料理を口に含む。
じゅわ、と口の中に肉汁が溢れ出た。
美味しい、信じられないくらい美味しい。
スパイスの効いた衣の奥から、ジューシーな肉の味が口に広がる。
思わず私は両目を見開いて、立ち上がってしまった。
にか、とサンダースさんは笑みを浮かべる。
私は夢中で、口の中の肉を何度も噛みしめる。
「サンダースさん! あの、この料理、信じられないくらい美味しいです!」
「だろ? 美味ェだろ? トぶだろ?」
これが、彼の『唐揚げ』が私の店の、そしてこの街の名物となったきっかけだった
今回のショートショートは、道を車で走っている間に通りかかった「とある店」を見て思いつきました。
唐揚げ屋のサンダース、みなさんもよくご存知の「あの人」をもとにしてます(`・(エ)・´)b
もちろん、ネタです。




