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見た地への旅

掲載日:2026/03/27

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 自分の記憶。君はどれほどあてにできているだろうか。

 ときおり、既視感の形で「あれ、ここには来たことがあるんじゃないか?」と感じることがあるのは、君も知っていよう。

 以前に漠然とイメージしたことがある光景と、あまりに合致しすぎていたとき。あるいは疲れや身体機能のちょっとしたずれによって、短期記憶を長期記憶と勘違いしてしまったとき、この現象が起こると見られている。

 いまだ研究中のこの現象、自分でルーツがどこにあるかを探り当てるのは至難の業だろう。たいていは日常に流されるまま、押し寄せる他の物事が脳の片隅へ追いやってしまってそれっきりだろうな。

 そこへもし突っ込んでみて……、妙な収穫があったとしたらどうかな?

 私の少し前の話なんだが、聞いてみないか?


 仕事の出張で数日間、別の県へ行った時のことだ。

 ひとまず荷物をまずは置いておこうと、予約していたホテルへ向かったのだが、そのロータリーをはさんで見上げる正面玄関と、五階建てのつくりを見て、ふと思ったんだ。


 ――なんかここ、見た覚えがあるような?


 ネットで事前に画像は確かめていたものの、いずれもロータリーを越えて、より入り口に近づいた地点のものだ。こうしてホテル全体を映し、余計な背景もくわえたアングルというのは初見のはず。

 この県そのものに、足を運んだことはこれまでに何度かあったが、ここのホテルを利用したことはなかったと思ったが。

 首をかしげながらも、私はチェックインしにホテルの中へ入っていく。


 仕事は明日からなので、準備は早めに済ませておいた。空いた時間で、ホテルの内部を見て回ってみた。

 やはり、ここに来るのははじめてのはず。先ほどのような既視感はまったく覚えることがなかったよ。もう一度、先ほどのポイントに立ってみるものの、すでにまなこへおさめた景色ということもあってか、さほど衝撃はない。

 ときには、こうへんてこな思いもするか……と、いったんは気持ちをあらためて仕事へ切り替えたんだ。

 翌日からの仕事に関しては、順調に推移したよ。予定通りにことを終えたはいいのだけど、最後の取引先から帰るときに、少し呼び止められたんだよ。

「背広の背中、どこかこすられましたか」て。

 今日来ている背広は藍色のものだった。正面から見ている分には問題ないのだが、いざ背中を確かめるとほぼグレーと呼んで差し支えないほど、色が薄まっていたんだ。

 今朝、部屋を出るときにはなんともなかったはず。そうなると、指摘されたとおり擦過によるものと考えるのが有力だろうが、そのような気配は全くなかった。

 部分的ならまだしも、背中前面に及ぶこれらの漂白ぶりは、何度スライディングをかましたのか……とも思ってしまうほどだ。もちろん、そのような醜態はさらしていないし、もしそうなら生地の破れる方が早そうなもの。

 ちょっと前にクリーニングに出したばかりなんだがなあ……と、独りごちながら、とぼとぼと町を歩く。


 商談そのものは早くに終わったから、帰るまでには時間がある。

 どこかでご飯でも食べて行こうかな、とあたりをぶらついてみた。スマホなりでこのあたりのおすすめの店とか検索すれば、手間いらずなのだろう。けれども私は、この手の店は自分で歩いてチョイスするタイプ。

 まずはずれのない人気店もいいが、穴場の店も探るのは好きなんでね。

 今日まではホテルの西側に移動範囲が集中していた。ならば東側にも行ってみるかと、いったんはホテルの前を通り過ぎようとして。


 また、初日と同じ感覚に襲われる。

 ロータリーをはさんで、正面からホテルをとらえるあの景色が、あっという間に目の前に広がった。

 だが、あのときとはっきり違うのは、「ホテル前にいる」私の姿が視界に入っていること。

 ロータリーをはさんでホテルよりに立ちつくす男は、間違いなく私だ。それを初日と同じ位置から「私」が見ている。

 そう意識するや、ぐんと私の身体はホテルへ引っ張られた。

 歩いているわけでも、走っているわけでもない。足を動かすことなく、どこにも触れることなく、私は飛ぶように引き寄せられる。ロータリー向かいに立っている「私」へ向かって真っすぐにね。

 そして「私」は、くっとホテルの玄関へ向き直り、背中をこちらへ見せる。例の色褪せた背広へ私の視線はぐんぐんと迫ってきて……。


 視界が「私」へ戻る。

 背広を確かめてみると、背中部分は先ほどまでのグレーぶりはどこへやら。表と変わらない色合いになっていたんだ。

 既視感は、どうも私自身のものとは限らない。理由はどうあれ、ここの景色に強く印象をもったものの影響を受けているのかもしれない、と思ったよ。

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