第32話 距離を保った接触
最初の違和感は、封の色だった。
いつもの王宮文書より、わずかに地味。
部署名も、役職名も記されていない。
ただ一つ——
王宮の内部で回っている文であることだけは、
はっきり分かる。
オーナーは封を切らずに、私を見た。
「……これは、呼び出しじゃないな」
「問い合わせ、でもないですね」
「ああ。確認だ」
その言い方には、確信があった。
文面は、短い。
「現在参照されている服飾関連基準について、
運用上の認識に差異が生じている。
当該基準の想定範囲について、
非公式に確認したい事項がある」
場所も、日時も、指定されていない。
代わりに、最後に一行。
「直接の来訪や会合は求めない」
私は、紙面を静かに見つめ、呼吸を整えた。
(……王宮だ)
個人ではない。
部署ですらない。
組織として、距離を測ってきている。
「どう返す?」
オーナーの問いに、私は即答した。
「文で聞かれたことだけ、文で返します」
「会わない?」
「会いません」
間を置かない返答に、
オーナーはわずかに口元を緩めた。
「うちのやり方だな」
こちらから返したのは、
技術説明ではない。
前提条件の再確認だった。
基準が想定している使用環境。
着用時間。
動作の幅。
それらを箇条書きで整理し、
「この範囲を外れる場合は、別途判断が必要」
とだけ添える。
誰の責任かは書かない。
誰が決めるかも書かない。
ただ——
どこまでを「同じ」と見なすか。
それだけを、静かに固定した。
返答から数日後。
王宮内で、小さな動きがあった。
複数の部署が、
同じ前提条件を使い始めたのだ。
文書の冒頭に、
同じ一文が置かれる。
「本件は、想定使用範囲を以下の通りとする」
それだけで——
議論の大半が、消えた。
誰かが、半ば感心したように言った。
「説明を聞いたわけじゃないのに、
分かりやすくなった」
別の誰かが、低く返す。
「人が出てこないからだ」
その一言に、
小さな沈黙が落ちた。
一方、街の仕立て屋では。
私は、糸を引きながら口を開いた。
「……静かですね」
オーナーが頷く。
「ああ。向こうも、まだ様子見だ」
「引く気は、ないですか?」
「ないな。ただ……」
オーナーは、作業場をゆっくり見回した。
「会わせる気も、ない」
私は、針を持ち直す。
人が出なければ、
基準は人のものにならない。
それが、今の最善だった。
王宮は、距離を保ったまま接触してきた。
近づきすぎず、
踏み込まず、
だが、確かに関心を示している。
そして——
その距離感そのものが、
次に誰が動くかを、
静かに選別していた。




