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静かに暮らしたい縫い子は、着心地だけで世界を変える  作者: 烏斗


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第25話 静かな店に、増え始めた条件

 店の扉が開く音を、私は針を進めながら聞いていた。


 以前なら、振り返って誰が来たのかを確認していたはずだが、最近はそうしない。


 音だけで、だいたい分かるようになってしまった。


 扉の開け方。

 靴音の重さ。

 立ち止まる位置。


 迷っている客か、覚悟して来た客か。

 それだけは、音に出る。


「……また、紹介状付きですね」


 応対に出たオーナーが、小さくため息をつくのが聞こえる。


 その声色には、困惑よりも慎重さが混じっていた。


 数か月前から、この店を訪れる客の質が変わった。


 人数が増えたわけではない。

 むしろ、断る仕事のほうが多くなっている。


 理由は単純だった。


 条件を守れない人が増えたのだ。


 ——いや、正確には。


 条件を「読まずに来る人」が増えた。


「うちは、これ以上は受けられません」


 オーナーの声は丁寧で、しかしはっきりしている。


 それでも、引き下がらない客もいる。


「王宮関係だと伝えても、ですか?」


「ええ。だからこそ、です」


 その言葉に、相手は何も言えなくなる。


 最近、このやり取りを何度も見てきた。


 店が忙しくなったから断っているわけではない。

 値段を吊り上げているわけでもない。


 ただ、


 「この店のやり方に従えるか」


 それだけを基準にしている。


 私は作業台で、市民用の上着を縫い直していた。


 ほつれた袖口を整え、

 肩の動きを妨げないよう、

 ほんの少しだけ線を変える。


 この程度なら、誰も特別だとは思わない。


 それでいい。


 最近、紹介状の文面にも変化が出ていた。


 以前は——


 ——腕が確か

 ——王宮にも納入実績あり


 そんな言葉が並んでいた。


 だが、今届くものは違う。


 ——貴店の条件を確認済み

 ——全項目遵守の意思あり

 ——工程指示に従う用意あり


 名前よりも、肩書きよりも。


 姿勢が、先に書かれている。


(……変わり始めてる)


 私は針を動かしながら、そう思った。


「エリー」


 オーナーが声をかけてきた。


「今日はもう一件、断った。王宮の別部署からだ」


「……条件ですか?」


「ああ。『参考にはするが、判断は向こうでする』と言われてね」


 私は針を止めずに答えた。


「それなら、無理ですね」


 オーナーは苦笑する。


「だろうな」


 この店では、最近一つの暗黙ルールができていた。


 参考にする、は不可。

 守るか、頼まないか。


 その中間は、取らない。


 中途半端な関わり方をすると、


 技術だけを抜き取られ、

 責任だけがこちらに残る。


 それを避けるための、静かな線引きだった。


 不思議なことに。


 その線引きをした途端、残る依頼は減らなかった。


 むしろ——


 条件の“密度”が上がった。


 相談に来る前の準備。

 用途の明確化。

 使用環境の整理。


 持ち込まれる情報が、明らかに増えている。


 私は、それを少しだけ不思議に思いながら、縫い終えた服を畳んだ。


(技術じゃない)


 評価されているのは、腕前だけではない。


 やり方そのものが、選ばれている。


 それは、目立たないけれど、


 取り返しのつかない変化だった。


 その日の終わり。


 店を閉める前に、オーナーがぽつりと言った。


「なあ、エリー」


「はい」


「もし、このやり方が、外に出たら……どうなると思う?」


 私は少し考えてから、答えた。


「守れる人だけが、残ると思います」


 オーナーは笑った。


「厳しいな」


「でも、静かです」


 それが一番大事だった。


 争わず、奪わず、

 ただ、できる人だけが選ぶ世界。


 私は針を片付けながら、


 この店が、もう以前と同じ場所ではないことを、

 はっきりと自覚していた。


 けれど——


 まだ、私は表に出るつもりはなかった。

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