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静かに暮らしたい縫い子は、着心地だけで世界を変える  作者: 烏斗


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第11話 困りごとの正体

その客は、紹介状を二度も確認してから店に入ってきた。


 年若い貴族——肩書きは伯爵。

 だが、その表情には、社交の場で見せる余裕がなかった。


「……相談があります」


 声が低く、硬い。


 応接室に通され、扉が閉まったあと。

 彼は、ためらいながら上着を脱いだ。


「これを、見ていただけますか」


 私は、言葉を失いかけた。


 一見すれば、流行に沿った“軽そうな服”。

 薄手の生地。

 動きやすそうな裁断。

 無駄のない意匠。


 評判になる理由は、分かる。


 けれど。


「式典の途中で、立っていられなくなりました」


 伯爵は、淡々と続ける。


「呼吸が浅くなり、背中が痛み、

 視界が揺れて……最後は、座らせてもらいました」


 私は、背面に手を添える。


 革と布を組み合わせた構造。

 一見、姿勢補正を意識している。


 だが——。


(逃げ場がない)


 支えが、逃げ道を塞いでいる。


 肩甲の動きが封じられ、

 肋が広がれず、

 腰が固定されている。


 補正が、拘束になっている。


 呼吸を助けるはずの軽さが、

 逆に身体を閉じ込めている。


「医師には、

 “服を疑え”と言われました」


 伯爵は、苦笑する。


「情けない話です。

 体調管理ができていないと、思われました」


 オーナーが、低い声で尋ねる。


「どこで、仕立てたものですか」


「……街の店です。

 “最近評判の仕様”だと」


 名前は出なかった。

 出す必要もない。


 私は、深く息を吸ってから言った。


「これは、悪意ではありません」


 伯爵が、わずかに目を上げる。


「考えが、途中で止まっています」


 軽くする。

 補正する。

 通気を取る。


 どれも、間違ってはいない。


 だが、それぞれが独立している。


 身体は、分解できない。


「人は、立っているだけでも動いています」


 私は、静かに続ける。


「支える場所を固定しすぎると、

 別の場所が代わりに無理をする」


 伯爵は、唇を噛んだ。


「では……」


 その先の言葉を、私は察する。


「直せますか」


 私は、すぐには答えなかった。


 この服は、形を整えれば済む問題ではない。

 設計思想そのものが違う。


 オーナーが、代わりに口を開く。


「用途は、今後も同じですか」


「はい。

 式典と、長時間の公務が中心です」


 私は、ようやく頷いた。


「……お時間をいただけるなら」


 伯爵の肩が、目に見えて落ちる。


「助かります」


 それは、礼ではなく、安堵だった。


 打ち合わせが終わり、伯爵が帰ったあと。

 私は、しばらく無言で服を見つめていた。


「……怖いですね」


 ぽつりと漏らす。


「服で、ここまで追い込める」


 オーナーは、迷いなく答える。


「だからこそだ」


「扱い方を誤れば、

 “楽な服”は“危ない服”になる」


 軽さは、優しさではない。


 補正は、支えではない。


 意図がなければ、

 それはただの圧力になる。


 私は、針を手に取る。


 これは、流行の話ではない。

 評価の話でもない。


(責任の話だ)


 模倣は広がるだろう。


 だが、困りごとは、必ず戻ってくる。


 私たちの服は、

 選択肢のひとつではなくなり始めている。


 それは誇りではない。


 重さだ。


 私は、縫い始める。


 今度は、

 “間違えないため”では足りない。


 “間違わせないため”の仕事をするために。

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