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第6話「夫、怒鳴り込み事件」

暴力で解決しようとする野蛮人。

ですが、それこそが私が待ち望んでいた「決定打」です。

 玄関のドアを開けると、そこには予想通りの「野獣」が立っていた。


 茶髪の短髪に、金のネックレス。

 ダルっとしたスウェット上下にサンダル履き。年齢は四十代後半だろうか。

 酒の臭いがプンと鼻をつく。


 昨日のパート主婦の夫だ。


「おい! テメェか! うちの嫁をイジメてんのは!」


 男はいきなり大声を張り上げ、威嚇するように顎をしゃくった。

 私は一歩も引かず、胸ポケットのスマホカメラがしっかりと彼を捉えていることを確認しながら、冷ややかに応対する。


「イジメ? 人聞きが悪いですね。私は不法駐車への対応をしただけです」


「うるせぇ! たかが空き地に停めたくらいで、ガタガタ抜かすんじゃねぇよ! 車出せねぇだろ! 今すぐあの柵をどかせ!」


 男は唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。

 論理も法律も通じない。ただ「俺が不快だから直せ」と喚くだけの赤ん坊と同じだ。


 私は内心でほくそ笑む。これだけ興奮していれば、誘導は容易い。


「お断りします。撤去してほしければ、まずは不法駐車の期間分の損害金と、迷惑料をお支払いください。それから、昨日の奥様の暴言に対する謝罪も必要ですね」


「あぁ!? 金だぁ!? やっぱり金目当てか、この貧乏人が!」


 男が私の胸倉を掴もうと手を伸ばしてくる。

 私は半歩下がってそれをかわした。


「貧乏人はどちらですか? 数百円のコインパーキング代も払えず、他人の土地を盗むような真似をしているのは、あなた方でしょう?」


「なっ……」


 図星を突かれた男の顔が、怒りで赤黒く染まる。


「それに、いい歳をして『みんながやってる』とか『ちょっとくらい』なんて甘えが通じると思っているんですか? 社会のルールを守れないなら、車なんて乗る資格ありませんよ。三輪車からやり直したらどうです?」


 私は畳み掛けるように挑発した。

 言葉のナイフを、相手のプライドの急所へ正確に突き立てる。


 元姑との戦いで学んだことだ。

 理性のタガが外れやすい人間は、自尊心を傷つけられると、短絡的な行動に出る。


「テメェ……舐めてんじゃ、ねぇぞオラァァッ!!」


 理性の糸が切れる音が聞こえた。


 男が大きく振りかぶり、私に向かって突進してくる。

 右手が私の肩を強く突き飛ばした。


 ――来た。


 私は踏ん張ることもできたが、あえて力に逆らわず、その勢いのまま後ろへ倒れ込んだ。


 ドンッ!


 背中と腰を玄関の床に打ち付ける。痛みはある。だが、許容範囲だ。


「痛っ……!」


 私は大げさに顔をしかめ、うずくまった。


 男は突き飛ばした勢いで肩で息をしているが、すぐに「やってしまった」という顔をした。

 自分の手が震えているのを見つめている。


「あ、いや、俺は……お前が……」


 しんと静まり返った玄関に、私の低い声が響く。


「……暴行罪。いえ、ここ怪我してますから、傷害罪ですね」


 私はゆっくりと顔を上げ、擦りむいた肘を見せた。血が滲んでいる。

 そして、胸ポケットから少し飛び出したスマホを取り出し、録画停止ボタンを押した。


「今の、全部撮ってありますよ」


 画面には、男が鬼の形相で掴みかかり、私を突き飛ばす瞬間が、高画質でバッチリ記録されていた。


「なっ……! て、テメェ、嵌めやがったな!?」


「嵌める? 勝手に手を出したのはあなたでしょう。こちらは一切手を出していません」


 私は痛む腰をさすりながら立ち上がり、今度は能面のような無表情で男を見下ろした。


「さて。不法駐車に加えて、住居侵入、恐喝、そして傷害。……役満ですね」


「ふ、ふざけんな! 誰がそんな!」


「警察にこの動画を提出します。会社にも知られるでしょうね。暴力事件を起こした社員を、会社はどう扱うかしら?」


 男の顔から血の気が引いていく。

 彼は「チッ!」と舌打ちすると、脱兎のごとく玄関から飛び出していった。


「逃げても無駄ですよ。住所も名前も、もう分かっているんですから」


 男の背中が見えなくなると、奥の部屋から母が飛び出してきた。


「綾! 大丈夫!? すごい音がしたけど……!」


「平気よ、お母さん。ちょっと転んだだけ」


 私は心配する母をなだめながら、スマホの動画をクラウドにバックアップした。


 肘の傷がズキズキと痛む。

 けれど、この痛みは勲章だ。

 これで、あいつらを完全に追い詰める「武器」が手に入った。


「……痛いのは嫌いだけど、今回ばかりは『いい仕事』をしてくれたわね」


 私は滲む血をハンカチで拭いながら、冷徹に笑った。

 さあ、次は警察署だ。

 もう「民事不介入」なんて言わせない。

痛いのは嫌ですが、これで「刑事事件」になりました。

もう警察も「民事不介入」とは言えません。


証拠はバッチリ。

次話、いよいよ警察と弁護士が登場し、形勢が完全に逆転します!

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