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【書籍化決定】追放された最強魔導師は、弟子の天才美少女と世界を巡る。~無詠唱魔法で無双しながら弟子とゆったり研究旅行~  作者: 九条蓮


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第60話 弟子との共同作業

 ひとしきり言葉を吐き出してしまうと、アルドは小さく息を吸い直した。


「……さて。理屈はこれくらいでいいだろう。そろそろ手を動かすぞ」


 羊皮紙を丁寧に畳み、台座の端に退かす。

 代わりに、足元の床へ視線を落とした。

 すり減った古い魔法陣の痕跡が、輪郭だけを残している。かつてここに描かれていた完全な陣は、もう誰にも見えない。だが、必要なのは『昔と同じもの


「エリシャ。あの写本の第二節から第四節までを、現代式の魔法陣にマッピングしてみろ。お前が得意なやつだ」

「はい、任せてください!」


 エリシャはぱっと立ち上がると、ノートとペンを抱えたまま台座の前に移動した。

 膝をつき、古い線をじっと見つめる。


「まずは基礎構造からですね。重力の基準面はこの部屋全体で共有されてるから……」


 ぶつぶつと呟きながら、彼女はノートのページに円と線を描き足していく。

 中心、外環、補助環。現代魔法陣で使う基礎的な骨組みを組み立て、その上に、先ほどまで読んでいた神代語の節を一つひとつ『置き換えて』いく作業だ。

 アルドは一歩下がり、その様子を眺めながら腕を組んだ。


(こういう時の吸収速度だけは、心底大したものだな)


 学院でも、儀式理論や陣構築に関しては、エリシャは頭ふたつみっつ抜けていた。

 高位詠唱の圧縮技法を、自分の身体感覚と照合しながら噛み砕いていくそのやり方は、教科書の想定を気持ちよく裏切ってくれたものだ。


「先生。この古い線、全部をなぞる必要はありませんよね?」


 エリシャが振り返って訊いた。


「どこを残すつもりだ」

「中心への主導線と、外環の符号だけです。あとは現代式の補助陣で代用できます。神代語の句読点に相当する符号は……」


 彼女は立ち上がり、道具袋から小さなチョークと金属製の刻針を取り出した。

 まずはチョークで、新しい円を描いていく。台座の周囲をゆっくりと回りながら、古い線の上に薄く重なるように、現代式の線が白く浮かんだ。


「このあたりに、区切りの符号を……」


 しゃがみ込み、刻針で石を浅くなぞった。

 かつて神代語の文章の『句読点』にあたっていた記号を、現代魔法陣の構造に合わせて再配置していく作業だ。

 小さな三角形、半円、二重線。それらが一定のリズムで、外環の上に刻まれていく。


「ここが『結ぶ』の節の終わり、その次が『下層への式』の始まりで合ってますか?」

「ああ。その手前に安全弁の一文が挟まる。そこは俺が直に書く」

「了解です。じゃあ、そこだけ空けておきますね」


 エリシャは外環の一部を意図的に白紙にして、その手前と後ろに小さな印を付けた。


「詠唱の方はどうする?」


 アルドが問うと、エリシャは嬉しそうに胸を張った。


「『高位詠唱の圧縮技法』を応用します。学院で習ったやり方だと三楽節で組むべきところを、一楽節分にまとめます。ここの節は……」


 ノートをぱらりとめくり、自分で作った詠唱案を示す。


「先生の無詠唱に合わせて省略しますね」


 アルドは、示された行を目で追った。

 儀式文の中で、魔力の流れだけを整えるための『飾り』のような詠唱部分だ。

 本来なら声に出して世界に知らせるべき部分だが、アルドには不要な工程でもある。


「……そうだな。そこは俺が直接、命令文を書き換える。言葉でやるより早い」

「ですよね。じゃあ、ここの楽句を削って、その分を別のところに回します」


 エリシャは詠唱案の一部に線を引き、矢印で別の場所と結びつけた。


「第一楽節で封印核(コア)と本体の結び目を作って、第二楽節で張力を落とす。第三楽節は安全弁と、下層への式の有効化……でいいですか?」

「概ね問題ないが……」


 アルドは彼女のノートを覗き込み、詠唱案の端に指を置いた。


「この部分。『下層の扉を一時的に開く』という意図はいいが、字形が少し強い。『押し開ける』ではなく、『開く余地を許可する』くらいにしておけ」

「……あ、確かに。強すぎると、向こうから何かが押してきた時に、そのまま通しちゃいますね」

「そうだ。扉は、あくまでこっちが主体で開け閉めしたい」


 エリシャは素直に頷き、詠唱案のその部分に修正印を入れた。


「神代語側の整合性は、先生が見てくれますか?」

「もちろんだ」


 アルドは台座の端に歩み寄り、外環の一部──先ほどエリシャが空けておいたスペースの前にしゃがみ込んだ。

 懐から細い金属ペンを取り出し、その先にごく僅かに魔力を灯す。


(安全装置、か)


 羊皮紙に書かれていた、フィルの補注を思い出す。


『ここだけ、原文ではなく再解釈。安全弁として挿入』


 アルドは石の表面に、慎重に字形を刻み込んでいった。

 遺跡そのものに命令を伝えるための、最小限の神代語。


『張力が一定値以下に落ちたら、元に戻れ』

『暴走の兆候が観測された場合、途中経過を破棄して封印を再構築せよ』


 それだけでは足りない気がして、アルドはさらに短い一文を追加した。


「……念のための補助命令だ。『この部屋より外側に異常が波及しそうになったら、強制的にここで切れ』」


 自分でも、やりすぎなほど慎重だと思う。

 だが、慎重すぎて死んだ研究者の話は聞いたことがない。

 命令文を書き終え、ほんの僅かに魔力を流してやると、刻んだ文字の縁が薄く光った。

 それはすぐに石の色に溶けて消える。だが、遺跡の奥で何かが小さく頷いたような感覚があった。


「……これで、少なくとも儀式そのものが暴走した場合は、自動遮断が働くはずだ」

「先生の補助命令、ほんと便利ですよね……」


 エリシャが素直な感嘆を漏らす。


「便利というより、姑息と言った方が正しいがな」


 アルドは立ち上がり、外環全体を見渡した。

 神代語の句読点に相当する符号、現代式の補助陣、安全弁の命令文。

 それらが一つの環として繋がっている。


「調子はどうだ?」


 出入口から、エストファーネの声が飛んだ。


「こっちは詠唱と陣の構成がだいたい固まったところだ」


 アルドが答えると、エリシャも続けた。


「魔力の流れはこの部屋に収束するようにしてあります。守護獣の間とは、『結び目』だけで繋がるようになっていますから、もしもの時に全部が一気に崩れることはないはずです」

「ふむ……」


 エストファーネはしばし黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「率直に訊くが……これは、本当にやっていいことなのか?」


 その問いには、恐怖だけでなく、責任感と理性が滲んでいた。

 護衛として、そして一人の人間として、踏み込んでいい線かどうかを確かめておきたいのだろう。

 アルドは少しだけ考えてから、苦笑した。


「やっていいか悪いかで言うと、よくはない。何の保証もない状態で、ほとんど何もわからないブラックボックスに手を突っ込むようなものだからな。ただ……それが、今回の依頼だ」

「随分と割に合わない依頼だな」


 エストファーネは肩を竦める。


「封印をゆるめれば、ノア=セリア全体の封印が弱まる。守護獣のような存在は、おそらく今より大人しくなるだろう」


 アルドは、今しがた見てきた扉と守護獣の姿を思い浮かべながら言った。


「張りつめた弦の緊張を少し抜いてやるようなものだ。内部の魔力のうねりは収まりやすくなる」

「だが、その代わりに?」

「遺跡の外への抑止力も、わずかながら落ちるかもしれん。外への魔力漏れが一時的に増える可能性はあるし、それに引き寄せられて魔物が集まる可能性もあるな」


 エストファーネの眉根が寄る。


「つまり、ここで成功しても、外では別の面倒が起きるかもしれない、ということか」

「可能性の話だ。どのくらいの影響が出るかは、やってみるまで誰にもわからん」


 アルド自身、その不確定さが一番気に入らない。

 だが、そこを嫌っていては何も前には進まないのも事実だ。


「……こうして話していると、学会とやらがアルド殿に現場の責任を押し付けた理由も、少しわかる気がしてくるな」


 エストファーネの声音に、僅かな皮肉が混じる。


「万が一失敗して前回のような暴走事故が起きても、『アルドが勝手にやった』と言い張るつもりなのだろう?」

「その可能性は高いだろうな」


 アルドはあっさりと認めた。


「学会の連中からすれば、俺は『もう一度やらせてみる価値はあるが、いざとなったら切り捨てても構わない駒』だ。便利なことに、すでに一度責任を被っている前科もある」


 自嘲の色を含んだ笑みが、唇に浮かぶ。


「なら、万が一の時に撤退できるルートを確保していた方がいいのではないか?」


 エストファーネは真っ直ぐにそう告げた。

 逃げるための言い訳ではない。戦場に立つ者の、当然の確認だ。


「安心しろ。万が一ここで異常が起きれば、即座に脱出魔法を使って外に出るつもりだ」

「脱出魔法か。そんなものまで使えるとは……本当に規格外だな、あなたは」

「お前たちを助けた時も使ったぞ。ここから外まで一息で跳べる」


 言うと、背後からエリシャが補足するように声を上げた。


「もし脱出魔法を封じられてしまっても、守護獣がいたところまですぐに戻れるようにしてありますよ。これまでの通路に封鎖の符を仕込んでいます」

「封鎖の符? なんだそれは」


 エストファーネが目を細める。


「何かあった時に、この部屋から離れた瞬間に順番に起動するようになっています。通路を一時的に閉じて、追ってこようとするものの動きを遅らせる仕組みです」


 エリシャはノートの端に描いた簡単な図を、エストファーネに見せた。

 通路ごとに小さな結界の印が記され、それぞれが鎖のように繋がっている。


「さすがだな……」


 エストファーネは小さく感嘆するように呟いた。


「木箱の運搬を代わってから、ただ周囲を見ていただけではなかったというわけか」

「えへへ。先生に任せてもらった分、私にできることをしておきたくて」


 エリシャは照れくさそうに笑う。

 このあたりは、楽観的なアルドにはどうしても抜け落ちる発想だ。

 アルドなら『まあ、どうとでもなるだろう』と思って放置してしまう。無詠唱魔法で何でもできてしまうことの弊害でもあった。

 世界の骨格を書き換えるような真似をする時ほど、足元を固める視点が必要になる。彼女の存在は、本当に有り難かった。


「まあ、最悪の場合は封印を再度締め直せばいいだけだ。危険なことには変わりないが、俺たちだけならどうとでもなる。始めるぞ」

「はい、先生!」


 儀式の下準備は完了した。あとは、やってみるだけだ。



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