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追放された最強魔導師は、弟子の天才美少女と世界を巡る。~無詠唱魔法で無双しながら弟子とゆったり研究旅行~  作者: 九条蓮


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第6話 初の依頼

 羽根ペンの軸はよく手に馴染んだ。アリアが差し出した羊皮紙は二枚。必要事項は簡潔で、氏名、生年、得意分野、携行武具、緊急連絡先(空欄可だったので、未記入とした)、そして血判。

 指先を消毒綿で拭かれ、専用の小針で軽く刺す。赤い滴が丸い皿に落ち、瞬く間に淡い光の膜に変わった。偽造防止の簡易契約魔法だ。


「とりあえず、規約については要点だけ説明するわね。詳しいことは、後で渡す冊子を読んでおいて」


 アリアは慣れた口調で板書のように要点を刻んでいく。アルドは聞き漏らしがないよう耳を澄ませた。


「まず……私闘は禁止。ギルドの内外を問わず、依頼に無関係な私闘は減点と罰金、悪質なら資格停止よ」

「さっきのあいつは処罰されないんですか?」


 エリシャが不服そうに訊いた。

 卑猥な目で見られたことに対する怒りはまだ収まっていないらしい。尤も、あの力量でエリシャに何かしようものなら、丸焦げどころか塵ひとつ残らなそうではあるが。


「そうね……多分、数日間の謹慎処分は受けるんじゃないかしら。ただ、うちのギルドにはBランク以上のパーティーがあまりいなくてね。あまり長く謹慎させるわけにはいかないのよ。もちろん、厳重注意をして罰金も課すけどね」

「……むっすー」


 エリシャが頬を膨らませて、怒った表情を見せた。

 真面目だと思っていたが、意外にもこういう怒りの示し方をするらしい。ちょっと可愛いと思ってしまった。

 アリアはくすっと笑って「ごめんね」と平謝りしてから話を続けた。


「次に、依頼不履行ね。やむを得ない事情があれば減免申請は可能だけど、連絡なしの依頼放棄は重いわよ。お願いだから、ドタキャンだけはしないでね」

「依頼内容的に無理だと思ったものは、どうすればいい?」

「その場合は素直に言ってちょうだい。適性や難度に問題があった場合は、依頼を振った私たちの責任でもあるからね。罰金は免除されることがあるわ」

「なるほど」


 アルドとエリシャが組んで不可能な依頼というのもなかなか想像がつかないが、もし赤子の子守りなどを任された場合、アルドにはどうしようもない。エリシャ任せになるが、天才の彼女とて得意不得意があるだろう。そういった場合は、無理せず申告した方が良さそうだ。

 まあ、そもそも赤子の子守りとわかっていれば、最初から依頼など受けないが。


「討伐依頼の場合は『討伐証』の提出が必要よ。群れなら頭数分、単体なら牙や角、右耳など依頼票の指定部位を切り取って持ち帰って。腐敗と偽装防止のために、なるべく当日中に提出するのが好ましいわ。素材は買取所が別勘定で査定するから、分けたい部位があるなら先に言っておいて」

「わかりました」


 アリアの説明は明瞭で、穴がない。エリシャが横でこくこく頷いてメモを取る。真面目な彼女らしい所作だった。


「あ、そうそう。登録形態なんだけど、ふたりはペア登録でいいのよね? その場合は二人組での依頼を受けられるわ。もし三人以上の依頼を受けたい場合は、別の誰かを連れてきてね。もちろん、あなたたちふたりなら大丈夫、とギルド側が承諾するケースもあるから、事前に相談してくれて構わないわ。他に何か質問とかある?」

「いや、今のところ大丈夫だ」

「ありがと。それじゃあ、ここにサインをお願いね」


 アリアが差し出した追加の短冊に、アルドとエリシャは名前を書いた。

 羽根ペンの先が紙を滑り、インクが沈む。最後の一画を止めたところで、アリアが砂時計を返した。


「……登録完了、と。新人は普通Eランクからスタートなんだけど、さっきの()()()()()を見たギルドマスターが『腕っ節を考慮してDからでいい』だって」


 カウンター奥に座る初老の男が、こちらを見もせず親指だけを小さく立てた。

 無言の判子だ。室内のどこかで「マジかよ」「俺なんてDに上がるのに半年以上かかったのに」と低い囁きが転がる。

 Eランクから一段上げてのスタート。形式上の評価に過ぎないが、依頼の可動域は広がるそうだ。

 アルドはギルドマスターに向けて、小さく頷いてみせた。効率は、最初の一歩で決まることが多い。


「じゃ、仮カードにD印を押すわね。本カードは夕方までに。受け取りの時に、身分照合のためにもう一滴だけ血をもらうわ」


 彼女の赤毛がふわりと揺れ、金の小槌が仮カードの端を叩いた。

 薄い金属板に『D』の浮き彫りが現れ、うっすらと熱が残る。


「それじゃあ、早速依頼を受けたいんだが、割のいい仕事はあるか? 手持ちが少なくてな」


 アルドは率直に切り出した。

 とりあえず、今日の宿代と生活費を一気に確保したい。

 リーヴェの図書館は大きく調べものも捗るだろうが、まずは生きるための金が必要だった。


「なら、これなんてどうかしら? 初めての依頼なら、これくらいがちょうどいいと思うけど」


 アリアが一枚、革の板から素早く紙を抜き出した。

 印刷ではなく丁寧な手書き。行間が揃い、要点が見やすかった。

 場所はリーヴェ南東の街道沿い、距離は往復で四半日といったところだろうか。

 討伐対象は、ワーウルフの小規模な群れ。近頃、商隊の尻を齧るように現れ、荷を落とさせて逃げるという。報酬は頭数制で、基本金額は控えめ。ただし、護送詰所と連携して安全帯を確保できれば加算らしい。討伐証は右耳。素材は買取所で別査定だそうだ。

 ただ倒すだけなら、堅実で面倒も少ない。何より、エリシャにとっては初めてに近い実戦。動物型の魔物討伐は魔法の実技授業の延長でできるのも大きかった。


「これなら夜までに終わりそうだし、ちょうどいいな。これにしておくか」

「はいっ、先生!」


 エリシャの返事は弾むように明るい。

 いや、瞳孔の動きから判断すると、少し緊張もしているか。


「じゃあ、受理印を押すわね。詰所の紹介状も付けておくわ。戻ってきたら、討伐証と一緒に依頼書を出して。素材は別口で査定に回してあげる」

「ああ。わかった」


 アリアが受理印を二箇所に押した。さらに別紙を抜き、詰所宛の紹介状に手早く要点を書き添える。


『新人Dの師弟ペア。対応は迅速、腕は確か。過度な干渉不要』


 皮肉にも賛辞にもならない中庸の文だが、ある意味助かる。魔導師は魔導師にしかわからないことが結構あるのだ。


「それじゃあ、ふたりとも。良き冒険者ライフを」


 アリアがにこやかに手を振った。

 ギルドの扉が背中で重く鳴り、室内のざわめきが一枚の膜になって遠ざかる。

 外は、陽が石畳の目地に沿って斜めに差し、埃が金色の粉になって漂っていた。行き交う荷車の匂い、湯気、遠くの鐘。風が一度だけ路地を駆け抜け、エリシャの銀髪が揺れた。


「緊張するか?」

「……はい。実戦は、あまり経験したことがないので」


 視線はまっすぐだが、瞳孔がほんの少しだけ収縮している。それでいて、呼吸は浅くなってはいないようだった。

 いい兆候だ。緊張を自覚しているうちは、緊張に吞まれない。


「対魔物用の実技訓練の成績は?」

「もちろんSです」


 そうだった。この子はアルドの受け持つ科目だけでなく、他科目も全てSを採っていた。

 講義のあとは遅くまで残って、自習も怠っていなかったようだ。実技でもそれは変わらないのだろう。


「それなら大丈夫だ。もし何かあれば俺がサポートするから、安心しろ」

「頑張ります……!」


 エリシャは胸の前で両拳をぐっと握ってやる気を示した。

 緊張はしているけれど、決して浮足だっているわけではない。初手で正しい成功の感触を刻ませてやれば、きっとすぐに慣れるだろう。

 アルドは周囲を一瞥し、路地の抜け道を選んだ。

 南門へ向かう主幹通りの人流は厚い。人の流れに逆らえば時間と体力を余計に食う。右二本、左一本、短い路地を継ぎ、干し網の並ぶ小庭を抜けた先で通りに合流した。

 エリシャは黙ってついてきた。

 そういえば朝食を食べていなかったことを思い出し、途中でさっきの飴屋に寄って、糖菓を買ってやる。

 彼女は遠慮したが、買って渡してやると、遠慮がちにぺろぺろと舐め始めた。すると、すぐに顔を綻ばせて、「美味しいです」と笑顔を浮かべてみせたのだった。

 アルドは羊肉の串を買って、ふたりで食事を取りながら詰所に向かう。

 エリシャが言った。


「食べ歩きだなんて、初めてです」

「それはよかった。初めて程、経験になることはないからな。勉学の役にも立つ」

「食べ歩きが、ですか?」


 エリシャは首を傾げた。

 アルドは自信満々に頷いてみせる。


「ああ。もちろんだ。屋外で食べながら景色を見ると、脳が刺激されるだろ? それが魔力向上に繋がるんだ」

「それ、絶対嘘ですよね?」


 弟子に訝しむように見つめられて、思わず吹き出す。

 もちろん、適当を言っただけである。


「師の言うことでもちゃんと疑うのはいいことだな」

「もうっ。一瞬信じちゃったじゃないですか!」


 エリシャがぷりぷりと怒る。

 真面目故に、ついからかいたくなってしまった。また雷をぶっ(ぱな)されても困るので、気をつけるとしよう。

 そんなどうでもいい会話を交わしているうちに、南門に着いた。

 詰所は石造りの平屋で、軒に青い旗が立っている。門番に紹介状を見せると、詰所の若い隊士が「はい」と明るく受け取って小走りに奥へ消えた。戻ってきたときには、通行の手形と簡易地図、それに狼被害の出没時間帯のメモが添えられていた。


「ここからは徒歩で行ける距離です。正午前に現地へ入って、日暮れまでに片付けられるかと。お願いします」

「ああ。任せておいてくれ」


 手形と簡易地図を受け取り、ふたりは門を出た。

 街を出ると、風の匂いが変わった。城壁の外は、音が大きくて静かだった。鳥の声、草の擦れ合う音、遠くの車輪が砂利を踏む音。その上に、空の青さの重みが乗っている。

 街道は南東へ緩く蛇行し、畑地と荒れた灌木帯の境を走っている。小川に掛かる丸太の橋を渡ると、土の匂いが濃くなった。エリシャが一度だけ深呼吸をする。胸郭がわずかに広がり、指先の緊張がほどけた。


「よし。じゃあ、行くか」

「はい!」


 エリシャが元気よく答え、アルドの半歩後ろに入る。

 ふたりの影が、午後へ伸びていく。

 アルドとエリシャは、早速依頼された街道へと歩を進めた。

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