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【書籍化決定】追放された最強魔導師は、弟子の天才美少女と世界を巡る。~無詠唱魔法で無双しながら弟子とゆったり研究旅行~  作者: 九条蓮


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第56話 封印の遺跡・ノア=セリア内部へ

 峡谷を抜けた先で、空気が変わった。

 それまでは岩と砂利の乾いた匂いばかりだったのが、ふいに冷えた石の匂いが混じる。

 わずかに湿り気を帯びた気配が、肌を撫でた。

 目の前には、谷の奥へと口を開けた黒い穴──封印の遺跡・ノア=セリアの入口がある。

 岩肌を削るようにして造られた門は、相変わらず人の気配を拒むような無骨さだった。

 かつてここを越えたときは、守護獣の咆哮が耳を打っていた。

 今は、ただ静かだ。

 ひと呼吸置き、アルドは一歩、足を踏み入れた。

 途端に、背後から吹きつけていた風の音が、すっと遠ざかる。

 外界のざわめきが扉一枚隔てて閉ざされたように、耳が軽く詰まった感覚になった。

 代わりに──


(……鼓動、か?)


 耳の奥で、微かなうねりが、ゆっくりと繰り返された。

 はっきりとした音ではない。

 それでも、魔力の流れに敏感な者なら、誰もが「心音」に似たそれを連想するだろう。

 遺跡そのものが、生きているのか。或いは、この奥に眠る巨大な封印核本体の鼓動が、遠くから伝わってきているのか。それはわからないが、アルドたちには進む他ない。

 背後から、足音が続いた。

 先頭にエストファーネ。剣に手をかけ、視線を左右に走らせながら、慎重に進んでいく。

 そのすぐ後ろに、空中に木箱を浮かせて進むエリシャ。

 箱の周囲には、アルドの魔力が薄く膜を張り、姿勢を安定させていた。

 石造りの通路は、以前来たときと同じく、無駄に広かった。天井は高く、声を出せばよく響くだろう。

 壁には、神代語の文様がびっしりと刻まれている。ところどころに埋め込まれた淡い光源が、青白い灯りを落としていた。

 その灯りに照らされながら、エストファーネが立ち止まる。剣の柄からそっと手を離し、壁にもたれた古い柱や、床に残る足跡の気配を確かめるように周囲へ意識を巡らせた。


「魔物が復活している、ということはなさそうだ」


 短くそう告げる声は、自信に裏打ちされたものだった。


「前と比べてどうだ?」


 アルドが問うと、彼女は少しだけ顎を引く。


「前回私たちがここを訪れた時は、この入口から石像の間までに、雑魚どもがそれなりに湧いていた。大体は見たことがない魔物だった。倒すと、綺麗さっぱり消えてしまっていたしな」


 淡々とした口調に、かつての戦闘の面倒くささがほんの少し混じる。


「なるほど……やはり、お前たちが片付けてくれていたのか」


 アルドたちが前回救出に来た時、魔物は一匹もいなかった。〝紅鷹(レッドホーク)〟が片付けてくれていたようだ。


「ああ。あの化け物が生み出していた可能性もある。何れにせよ、警戒しておいて損はない」

「うむ。気を付けよう。エリシャ、大丈夫か?」


 アルドは小さく頷いてから、エリシャの方を向いた。


「はい、大丈夫です」


 エリシャは〈浮遊魔法(フローティオ)〉で木箱を浮かせたまま、ぴんと背筋を伸ばして答えた。

 魔力の束が、彼女の指先から箱の底へと伸びている。

 その一本一本の揺らぎを、アルドの感覚ははっきりと捉えていた。


(制御が滑らかだな……確実に成長している)


 魔力枯渇からの回復途上で、ここまで持ち直しているのは悪くない。

 そう思いながら視線を前へ戻そうとしたとき、エリシャが小さく「あれ?」と声を上げた。


「壁の文様、ちょっと変わってません?」


 彼女が顎をしゃくって示したのは、通路左側の壁だ。

 そこには、螺旋を描く文字列が縦に幾列も刻まれている。

 アルドも、足を止めてそこへ目をやった。


「……気付いたか」


 以前来た時の記憶と、今目の前にある文様を照らし合わせた。

 神代語そのものは、相変わらず完全には読めない。

 だが、文の流れやリズムは、音楽の拍子のように身体が覚えていた。

 そこに、微かなズレがある。

 以前はひと続きだったはずの線が、どこかで切れて別の曲線に繋ぎ替えられているような違和感。文様の一部の厚みが増し、逆に別の部分が薄くなっていた。


(守護獣を鎮めたときに、封印構造そのものに手を入れた。それが遺跡全体に波及していても、おかしくはないか)


 頭の片隅で、コートの内ポケットに忍ばせた封筒の存在がちらついた。

 黒い命令文。世界の言葉に割り込んだ、誰かの筆跡。


「守護獣を倒したことで、何かが変わった可能性もある。一応、注意してくれ」

「承知した」


 エストファーネが即座に頷き、再び先行する。

 彼女は周囲に気を張り、周囲に敵の気配がないかを慎重に探ってくれていた。実に頼もしい前衛だ。彼女のお陰で、アルドも相当楽をさせてもらっている。


「先生はこういうのも何が書いてあるか何となくわかったりするんですか?」


 エリシャが、箱の高度を微妙に調整しながら尋ねてきた。


「意味はわからん。が……少なくとも『ここが変だ』くらいは、今でもどうにかなる」

「やっぱりすごいです……私なんて、ようやく『あれ?』って思えるレベルですから」

「十分早いだろ」


 アルドは、箱の角度を魔力で支え直しながら、ぽつりと口に出した。


「それにしても……随分と魔力が安定したな」


 さらりと落とした言葉に、エリシャの肩がぴくんと跳ねる。


「えっ」

「むしろ、一度枯渇してから魔力が上がったようにも思える。全く、お前には驚かされるばかりだよ」


 アルドは彼女の中から滲み出る魔力の波を見て、感嘆の息を吐く。

 普通は枯渇すると、暫く魔力が安定しなくなるものなのだが、この天才には常識が通用しないらしい。


「……ふふっ」


 エリシャは瞬きをしてから、小さく笑った。

 どこか嬉しそうだ。


「伊達にリハビリしてないって、ちょっとだけ言えそうです」

「少しだけだな」

「そこは『結構』って言ってくれてもいいところですよ!?」


 小声での抗議に、アルドは喉の奥で笑いを押し殺した。

 そんなやり取りを交わしながらも、足は止めない。

 通路は徐々に広がり、天井の高さもさらに増していった。

 やがて、視界の先に、巨大な空間の入口が見えてくる。

 柱と柱の間が大きく開け、青白い光がそこから漏れていた。


(……例の石像の間だな)


 アルドは、自然と歩調を落とす。

 集中をひと段階引き上げるように、呼吸を整えた。

 開けた先には、天井の高い広間が広がっていた。

 床には、同心円状の文様が何重にも刻まれている。

 その中央に、二体の巨大な石像。

 獅子の頭と前脚、蛇の尾。

 かつてここで咆哮を上げ、封印を守る存在として立ち塞がった守護獣──今は、その抜け殻のような姿だけが残っていた。

 だが、完全な『石』になったわけではなかった。

 胸部に埋め込まれた陣の中心から、淡い光が漏れている。以前、アルドが命令文を書き換えたときに刻み込んだ『鎮め』のフレーズが、まだそこに息づいているのだろう。

 深い眠りに落ちた巨人の息遣いのように、ゆっくりと明滅していた。


「……変わらんようで、変わっているな」


 アルドは石像の足元まで歩み寄り、その表情を見上げた。

 以前は、瞳にかすかな紅が灯っていたが、今はただ冷たい石の色だけだ。

 エストファーネも、剣を抜かぬまま石像を一周して確認する。


「うむ、動き出す気配はないな。魔力の流れも穏やかだ」

「それなら、ここで一度区切りをつけるか」


 アルドは広間を見渡し、背を預けられそうな柱の位置と、万が一のときの退路を頭の中でなぞった。


「エリシャ、箱を一度下ろせ。ここで休憩を取る」

「わかりました。……少しだけ待ってくださいね」


 エリシャは、木箱の高度をゆっくりと下げていく。

 膝の高さ、腰の高さ、と順番に。

 一定速度で降ろしながら、箱の四隅が床に触れる寸前で魔力の加減を変えた。

 ご、とも、どん、ともつかない音が床に響く。

 重さを殺しきれなかったが、内部に響くほどではなかった。

 箱の表面に刻まれた封印陣は、何の変化も見せない。


「ふぅ……」


 魔力の束を一旦たぐり寄せるように引き戻し、エリシャは小さく息を吐いた。


「お疲れ。魔力の残量は平気か?」


 エストファーネがエリシャに飲み物を渡して訊いた。


「はい。半分ちょっとは残ってます。まだ動けますよ」

「今は静かだが、この石ころが動き出さないとも限らない。少し休んでくれ」

「ありがとうございます、エスト」


 エリシャは返事をしながら、エストファーネから渡された水筒で喉を潤した。

 柱の根元に腰を下ろし、手のひらを自分の胸元へ当てて魔力の流れを整え始める。

 エストファーネはといえば、広間の縁を一周し終えたところでアルドの傍に戻ってきた。


「見張りはどうする?」

「俺がやる。お前たちは座っていろ」

「しかし──」

「ここまで、前衛を任せたのはそっちだろう。こういう時くらい、後ろで突っ立っているだけの連中に仕事を回しておけ」


 軽く肩を竦めると、エストファーネは小さく笑った。


「……では、甘えさせてもらうとしよう」


 言って、彼女も石像から少し離れた場所に腰を下ろす。

 剣は抜き放てるよう膝の上に乗せたままだ。

 広間に、しばし静寂が降りた。

 遠くのどこかで、遺跡の鼓動が続いている。石像の胸部から漏れる光が、一定のリズムで明滅し、それが床の文様を淡く照らし出していた。


(……さて)


 アルドは、石像の間と床の陣、壁の文様へと順番に意識を滑らせていく。

 ノア=セリアの封印構造は、すべてが絡み合ってひとつの「文」となっている。

 そのどこかに、フィルが見つけたような「黒い一文」が混じっていても、おかしくはない。

 ──その時だった。

 胸の内側で、何かがわずかに軋むような感覚が走った。

 遺跡の鼓動のリズムが、一瞬だけ乱れる。

 石像の胸の光が、いつもよりほんの少しだけ強く、そして弱く脈打った。

 その変化は、ほんの刹那。

 けれど、アルドの感覚からすれば、見逃しようのない乱れだった。

 視線を上げると、石像の瞳に落ちる光の色が、微かに変わって見えた。

 そして……その先に見えた、確かな異変。

 アルドは、ここへ来てから初めて、明確な変化を目の当たりにしたのだった。

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