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【書籍化決定】追放された最強魔導師は、弟子の天才美少女と世界を巡る。~無詠唱魔法で無双しながら弟子とゆったり研究旅行~  作者: 九条蓮


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第51話 封印核逆輸送計画の説明会

 翌日。

 リーヴェ冒険者ギルド本館の奥、ふだんは上位依頼の打ち合わせや査定に使われる会議室に、アルドとエリシャはいた。

 窓は少なく、外光は高い位置の細いガラス窓から斜めに差し込むだけだ。

 部屋の中心には、十人は座れそうな長い楕円形の机。磨かれた木の天板には、今日のために用意された資料の束がいくつも置かれている。

 壁際には、リーヴ周辺の地形図と、ノア=セリア遺跡の簡略図が並んで貼られていた。

 その一角には、木職人に特注したらしい〝封印核コア〟の木製模型まで据えられている。

 台座の上に、複雑な陣を刻まれた球体。その表面には、実物を見た者にしかわからない微妙な線の流れまで再現されていた。


(……会議室、という場所はどうにも肩がこるな)


 アルドは長机の端に腰を下ろしながら、内心で小さくげんなりする。

 窓辺の光と本の匂いに包まれた書庫や、自分の部屋の机とは違い、この手の部屋にはいつも「人の声」と「責任」の重さが漂っている。

 だが、机の反対側、壁に立てかけられたノア=セリアの断面図に目をやった瞬間、その倦怠感はすぐに薄れた。

 紙の上に引かれた線の向こうには、あの守護獣の咆哮と、世界の命令文が渦巻く地下構造がある。


(ぐずぐずしている暇はない、か)


 隣では、エリシャが椅子にきちんと腰掛けていた。

 両腕には、ギルドから渡された資料と、自分用のノート。それからいつもの羽ペン。

 肩に少しだけ力が入っているのがわかった。いつもの街歩きとは違う、別種の緊張だ。


「久しぶり。一週間ぶりくらいかしら?」


 扉の側から、軽やかな声が飛んできた。

 振り向くと、アリアが書類の束を片手に立っていた。

 いつもの受付カウンター越しではなく、同じ高さから視線が合うせいか、どこか印象が違って見える。


「そうだな」


 アルドが短く返すと、アリアは口元を緩めた。


「エリシャちゃん、体調はもう大丈夫?」

「はい! すっかり元気になりました。といっても、魔力が戻ったのは昨日ですけど」


 エリシャは苦笑いを浮かべ、頬を指先で掻いた。

 その仕草に、ここ数日の安静と回復の過程がそのまま滲んでいる。


(……本当に、タイミングとしてはギリギリだったな)


 今日が会議の日取りであることは、昨日の時点で知らされていた。

 もし魔力回路の回復があと数日遅れていれば、アルドは「弟子を外す」選択肢も視野に入れねばならなかっただろう。

 それを考えれば、ぎりぎりで帳尻を合わせてくれた弟子の身体に、小さく感謝すべきかもしれない。


「無理はさせてないでしょうね?」


 アリアが半ば冗談、半ば本気の調子でアルドを睨んでくる。


「した覚えはない」

「ふふ、本当かしら?」


 軽口の応酬をしていると、会議室の扉がもう一度開いた。


「失礼する」


 澄んだ声と共に現れたのは、長い金髪をひとつに結んだ女騎士──エストファーネだった。

 前に見た時の重装備に比べると、今日は鎖帷子に布の上衣を重ねただけの軽装だが、腰にはきちんと剣が提げられている。

 それだけで、部屋の空気が少し引き締まった。


「エスト!」


 エリシャがぱっと顔を輝かせた。

 エストファーネも、エリシャを見て顔を綻ばせる。


「エリシャ、元気そうでなによりだ」

「エストこそ。最近、全然会えてなくて寂しかったです」

「それは、お前が寝込んでいたからだろう?」

「うっ……それは、そうなんですけど」


 ふたりの声が弾み、短いやり取りの中に再会の色が濃く混ざる。

 エリシャが少し身を乗り出して笑い、エストファーネがそれに応じて肩を竦める。


(……まあ、ああやってきゃっきゃしている方が、あいつには似合っているか)


 アルドは横目でその様子を眺めながら、椅子の背にもたれた。

 この一週間、エリシャの生活リズムも感情の振れ幅も、ほとんど自分の管理の範囲内にあった。

 それは必要な措置ではあったが──もしかすると、もっと意図的に、友人との時間を作ってやるべきだったのかもしれない、と、今さらながらに思う。

 そんな考えを打ち払うように、扉が三度目の音を立てた。


「失礼します!」


 少し裏返り気味の声とともに、小柄な青年が抱えきれないほどの巻物と紙束を胸に抱いて現れた。

 フィルだ。

 髪はいつもよりぼさぼさで、目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。「徹夜してました」と額に書いて歩いているような顔だ。


「あら、間に合ったわね」


 アリアが苦笑を浮かべる。


「すみません、遅れました」

「いいのよ。私も今来たとこだしね」


 手にしていた資料の表紙をぱん、と軽く叩き、アリアは部屋全体を見渡した。


「じゃあ、始めるわよ。皆、席に着いて」


 長机の周りに、それぞれが腰を下ろしていく。

 アリアは机の短辺側、全体を見渡せる位置に座り、その隣にフィル。

 アルドは反対側の短辺側、壁の地図がよく見える位置に座った。エリシャとエストファーネはその両隣だ。

 紙の擦れる音と、椅子の軋む音が一通り収まったところで、アリアが顎でフィルをうながす。


「じゃ、まずは現状の整理からお願い」

「はい」


 フィルは手元の資料を一度整え、深呼吸をひとつした。

 指先の動きに、寝不足の震えがわずかに混ざる。


「まず結論から申し上げます。ノア=セリアの封印核逆輸送と再調査は、アルドさんたち三名を中核とする体制で承認されました」


 その言葉が落ちた瞬間、エリシャの顔がぱあっと明るくなった。


「やるじゃない」


 アリアは腕を組み、にやりと口元を吊り上げた。

 その視線はフィルに向けられているが、同時に机の反対側に座るアルドにも向けられている。


(……三名を中核とする、か)


 その言い回しに、アルドは内心で一度言葉を繰り返す。

 自分と、弟子と、女騎士。

 あの守護獣、そして〝封印核(コア)〟の暴風域を前にしてもなお、戻ってこられた三人だ。これほど心強いものはない。


「詳細は資料の二枚目をご覧ください。王立考古学会との最終合意内容を要約したものです」


 フィルは手元の紙をめくり、要点を指で押さえながら口頭で続ける。


「現場責任者は、アルド=グラン。主力チームは、アルドさん、エリシャさん、エストファーネさんの三名。学会から派遣される護衛および助手は、リーヴェから峡谷手前まで同行しますが、それ以降は距離を置いて待機します。遺跡の内部には原則として立ち入りません」

「護衛隊は外で待機、ね」


 アリアが小さく相槌を打つ。


「はい。また、〝封印核(コア)〟の移送および再接続の技術的判断は、基本的にアルドさんの裁量に委ねられます。学会側の研究者は、儀式陣と構造を観測する立場に留まり、命令文そのものの書き換えには関与しない、という形です」


 そこまで一気に説明すると、フィルは一度言葉を切った。

 視線が、アルドへと向けられる。


「……以上が、作戦運用に関わる大枠の取り決めです」

「学会にしては、随分と譲歩したな」


 アルドは資料の該当箇所に目を落としながら、率直な感想を口にした。

 本来なら、王立の研究者たち〝封印核(コア)〟を自分たちの手の届く場所に置きたがるはずだ。

 それを、実質的には「現場任せ」に近い形で許可したということになる。


「そこはまあ……色々と、駆け引きがありまして」


 フィルは苦笑いを浮かべ、次の紙束をめくる。


「それから、これはアルドさんから出されていた事前条件についてです。まず、封印核と遺跡構造に関する研究成果は、『学会の独占ではなく、一定の公開プロセスを前提とする』こと。次に、『兵器利用を目的とした命令書き換えは禁止』と、文書上はっきり明記されました」


 その一文を読み上げるとき、フィルの声にはわずかに疲労と達成感が混ざった。


「正直、最後の一文を入れるのには骨が折れましたけどね」


 書類の隅に書き込まれた修正印と、何度も引き直された線の跡が、その言葉の裏付けだった。

 アルドは小さく頷いた。


「よく通した」


 珍しく素直に、そう言葉が口をついて出る。

 世界の命令文に手を伸ばす行為は、それだけで常に兵器と隣り合わせだ。

 その可能性を少しでも手前で縛っておけるなら、どれだけ手間をかけてもいい。


「ギルドとしても、その条件を飲まない作戦には協力しない方針だったのよ」


 アリアが補足するように言った。


「学会側も、ギルドが協力しないことにはアルドさんやエリシャちゃんを外部顧問にはできない。だからこそ、ここは押し切りどころだったの」

「……そうか」


 ギルドという組織の立ち位置が、その一言に凝縮されていた。

 単なる斡旋屋ではなく、人と世界の間に立つ調整役。それを自覚しているからこそ、アリアはこの会議室にいる。


「あの……ありがとうございます」


 エリシャが、遠慮がちに口を挟んだ。

 紙束を胸に抱えたまま、アリアとフィルに向かってぺこりと頭を下げる。


「私たちのために、そこまでして頂いて……」

「あなたたちのためだけじゃないわよ」


 アリアは肩を竦める。


「でもまあ、あの報告書を読んだらね。放っておけないって思うのは、私だけじゃなかったってこと」


 その言い方には、ギルド本部や上層部の空気が透けて見えた。

 まあ、街が吹き飛びかけたのだ。それも当然だろう。


「それでは、作戦の具体的な流れに移りましょうか」


 フィルは気持ちを切り替えるように咳払いをひとつし、手元の巻物を広げ始めた。

 長机の中央には、いつの間にか〝封印核(コア)〟の木製模型が移動させられている。

 その周囲を囲むように、羊皮紙の地図と図面が広げられていった。


「まず、〝封印核(コア)〟を収納する強化木箱と護送用馬車の構造についてです。図面を参照してください」


 フィルは一本の図面を指でなぞる。


「木箱は、耐魔性の高い魔樹材で組まれています。内部には衝撃吸収用の緩衝材を詰め、外側には簡易の封印陣を刻みました。馬車は二頭立てで、車輪には路面の振動を軽減するための魔法加工を施してあります。〝封印核(コア)〟を箱ごと載せた状態で、通常の荷馬車よりも安定して運搬できるはずです」

「ルートは?」


 アルドが問うと、フィルは別の地図を机の中央に滑らせた。


「リーヴェ──街道──峡谷──ノア=セリア入口、という経路です。街道までは通常の護送ルートを使用し、峡谷手前で馬車ごと停車。そこから先は、封印核を箱ごと降ろし、アルドさんとエリシャさんの浮遊魔法で運搬していただく計画になっています」

「浮かせる高度は?」

「地表から一メルトほどを想定しています。段差や瓦礫を避ける最低限の高さです。浮遊魔法の制御はアルドさん。エリシャさんには補助と、周辺の魔力変動の監視をお願いしたい、というのが学会側の要望ですね」

「わかりました」


 エリシャがこくりと頷いた。


「エストファーネさんは、前衛兼周辺警戒役として同行していただきます。遺跡内部では、先行して罠や魔獣の有無を確認してもらい、封印核の通り道を確保していただく形です」

「了解した」


 エストファーネは短く、それだけを告げた。

 その表情に迷いはない。


「学会護衛隊は峡谷で待機。緊急時のみ、遺跡入口まで出てくることは許可されていますが、そこから先には踏み込ませない……そういう取り決めになっています」

「……学者連中を中に入れて、暴走した〝封印核(コア)〟のついでに魔物の群れにでも食わせろ、という案は却下されたか」


 アルドがぼそりと漏らすと、アリアが「物騒なこと言わないの」と眉をひそめた。


「そういう案は、決裁の前に私たちのところで止めておくから安心して」

「冗談だ」


 半分は、だが。

 説明はさらに続く。

 峡谷までの護送中の警戒体制、途中の宿泊地点、補給のタイミング。

 学会側から出される観測機器のリストと、その配置案。

 どれも既に何度も検討された跡があり、アルドが口を挟む余地はあまり多くない。


「……学会側の観測班は、どこまでデータを共有する?」


 それでもひとつだけ、外せない確認事項があった。

 アルドが問うと、フィルはすぐに用意していた紙をめくる。


「儀式陣の外周パラメータまでです。中核の命令文は、アルドさん以外には触れさせません」

「外周パラメータ、までか」


 アルドは思わず、心の中で小さく目を見張る。

 そこまで線引きをはっきりさせれば、学会側はかなりの情報を取り損ねることになるはずだ。


(そこまでしてくれたのか)


 フィルの目の下のクマが、急に別の意味を帯びて見えた。

 この数日の交渉の一端が、想像できる気がする。


「形式上は、学会側の主任研究員が主導という建付けになっていますが……実動部隊の主導権は、完全にアルドさん側です」


 フィルは少しだけ得意そうに付け加えた。


「ギルド本部も、その前提で予算と護衛を付けています。責任も、ですけれど」

「責任、ね」


 アルドは資料の端を指で弾いた。

 紙の向こう側には、文字にならない重さがいくつもぶら下がっている。


「……他に質問は?」


 フィルが一通り説明を終えたところで、アリアが皆の顔を見渡した。

 エストファーネは、自分の前に置かれた地図と図面をじっと眺めている。

 エリシャは、ノートにびっしりとメモを書き込みながら、ときどき〝封印核(コア)〟模型の方へ視線を泳がせていた。


「ノア=セリア内部の魔力状況について、最新の観測は?」


 アルドがもうひとつだけ問いを投げると、フィルが即座に別の紙束を引っ張り出した。


「入口付近の簡易測定では、大きな変動はありません。ただし、封印核を持ち出してから時間が経っていますので……内部の〝空白〟がどう変質しているかについては、入ってみないとわからない、というのが正直なところです」

「つまり、予測不能だと」

「はい。なので、そこはアルドさんの判断で、その場その場で」

「……まあ、いつものことだな」


 未踏の構造物と、世界の機嫌。それはいつだって、図面の上だけでは決まらない。

 ひと通りの質疑応答が終わったところで、フィルは手元の資料をまとめ直した。

 表紙の上で、指先が一度だけ緊張に震え、そのあとすっと落ち着く。


「以上が、ノア=セリア再調査および封印核逆輸送計画の最終案です。アルドさん、エリシャさん、エストファーネさん。この条件で、現場責任を引き受けていただけますか?」


 会議室に、短い静寂が落ちた。

 紙の擦れる音すら止み、視線が三人に集中する。

 アルドは一度だけゆっくりと息を吸い、吐いた。


「引き受けよう。もとよりそのつもりだ」


 それは、この部屋に入ったときから決めていたことだ。

 いや──封印核を外に連れ出したあの瞬間から、もう決まっていたのかもしれない。


「もちろんです。先生が行くのでしたら私も一緒に行きます」


 エリシャが、迷いなくそう続けた。

 にっこりと笑みを浮かべており、そこには怯えや躊躇は欠片ほどもなかった。


「私もだ。というより、ふたりには二度も命を救われた身だからな。断る理由がない」


 エストファーネの言葉は、短く、それでいて重かった。

 守護獣との戦いと、暴走した〝封印核(コア)〟の中での一瞬。その両方が、彼女にとっての「二度」なのだろう。


「皆、ありがとう。ギルドとしては、これで正式に動けるわ」


 アリアはほっとしたように息を吐き、椅子の背にもたれかかった。

 フィルだけでなく、彼女も橋渡し役で相当大変だったのだろう。


「詳細な日程や準備物については、後ほど個別に書類を回すわ。今日はひとまず、ここまで」


 会議室の空気が、少しだけ緩む。

 椅子が引かれ、紙がまとめられ、ペン先がインク壺から離れる音が重なった。

 解散の気配が、静かに部屋を満たしていく。

 方針が、ようやく決まった。

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