千歳、初給料の皆を見て微笑む。
社員寮への引っ越しが終わり、ゴールデンウィークを迎えた。
連休中は全員お休み──だが、やることはない。なにせこの村、娯楽ゼロなのだ。
しかも、引っ越したばかりの家の中は、ほぼ空っぽ。
初任給をどう使うか、みんな頭を悩ませていた。
家電? インテリア? それとも新しい服?
「いくらもらったか次第よねー」
なんて言いながら、各自カタログとにらめっこ。
給与明細を見て、「この世界の社会保険料、高すぎない!?」と騒ぐ人もいたが、
「でも病院は三割負担だし……」と、
最後はぐぬぬと納得していた。
私も高いとは思う。でも、まぁ、国が決めたことなので──仕方がない。
***
佳苗はというと、通販カタログを何冊も広げて真剣モード。
「欲しいものがあれば、わたしがまとめて発注しますのです」
現物を見に行った方がいいんじゃ? と聞くと、
「都会は人が多くて怖いし……作業着で行ったら浮きますし……迷子になりますし……」
と、しょんぼり。
ちなみに──ドクロマークが五つも付いた“王様”は、なぜか「玉座がほしい」と言い出し、
佳苗が中国製のそれっぽい椅子を探していた。
「中国の王朝感がいい感じでしたのです」
……なにそれ。
***
そして、地味に重要なお知らせ。
連休明けから、寮の食堂が仮オープンするとのこと。
社員割はあるけど、食事代は有料。つまり──
「ある程度は自炊した方が、家計にはいいかも」
そんな中、男性寮の一階メンバーが何やら相談していた。
「うちらで、冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ、買わない?」
費用は折半。設置場所は共用のフリースペース。
──シェア家電の誕生である。
その代わり、布団やベッド、マットレスなどの寝具は各自で揃えることに。
「寝具は、好みあるしね」
***
「私は全て小型ですが、一式揃えました。この世界って便利ですね。一人暮らしセットってのがありました」
レイシアは余ったお金で服のカタログを眺めていた。
うん。みんな楽しそうで何より。
……と、そこへ。
「困った。金がない」
暗い顔でやってきたのは、我らがリィナ。
「なに買ったのよ」
「紅茶セットと煎餅1ヶ月分と大型テレビじゃ。なんと壁に備え付けじゃ!」
「なんでそんなの買ったのよ」
「我は神じゃからな。自ら家電屋に赴いたのじゃ。そしたら『お安くしときますよ』と言われてな。つい──」
「……じゃあ1ヶ月、煎餅と紅茶で生き延びなさい。野草とか、川の魚とか。頑張って」
「神がいちばん野生化しそうなんじゃが」
「まぁ、大丈夫。たぶん王様も同じ道をたどるよ」
あの椅子に、給料まるまるぶちこんだらしいし。
「……あんなのと我が同格とは。我、悲しみ」
「仕方がないなぁ。1日500円を1ヶ月貸してあげるよ。将来お金持ちになったら返してくれたらいいよ」
「その時は莫大な財を支払ってやろうぞ」
「あーはいはい。期待しないでおく」
「信じてもらえない、我、悲しみ」
***
「ああ、そうそう。ポストが光っておったぞ。求人票の出番じゃな!」
「え? 今のタイミングで?」
とくに困ったことはないけれど、屋敷に戻ってポストを開けると──
──有効求人票 一枚──
確かに来ていた。
「いでよ、求人票!」
謎の音楽と共に、ポストが水色に光り出す。口からはドライアイスのような白い煙。やがて現れたのは──
「え? たぬき?」
直立した2Dたぬき。頭に手ぬぐい、腹には商人袋。
「おっす。おいら越後屋たぬき。商人さ。この村に店を出そうと思って、自ら応募しちゃったよ!」
越後屋とか、たぬきの商人とか……いろいろアウトな匂いがする。
ステータスには
越後屋たぬき ⭐️
と、書かれていた。
「欲しいもの、なんでも取り寄せてあげるよ。1割もらうけど!これで佳苗さんの負担は一気に減るのは間違いなし!」
「でも高かったら、みんな買わないよ? みんな貧乏だし」
「大丈夫。おいら基本、分割払い好きだから!
もちろん手数料もいただくよ!」
……それ、ぼったくりでは?
「よく言われる! 越後屋、おぬしも悪よのぅ、ってな!」
こっちはこっちで、商売人としての野生が強すぎる。
***
「とりあえず給料出すから、社員には安値で提供してちょうだい。社員以外からはどうでもいいよ」
「え? おいらリーマンじゃなくて、自営業やりたかったのに……」
「……あのね。ここ村じゃなくて会社だから。てか、この辺一帯、会社の敷地内だから。サラリーマンやりたくなかったら、村の外でやりなさい」
「ちぇっ、仕方がない。大人しくリーマンやるよ。雇用契約書にサインしちゃったし」
***
健さんには、たぬき用の商店兼住宅を建ててもらうようお願いしておいた。
「繁盛して利益出たら、そのお金で店を大きくさせてあげるから」
「本当かい!? それならおいら頑張るよ!」
目を輝かせるたぬき。
こうして我が社に、初の“商人型マスコット社員”が誕生した。
後日。たぬきの店に行ったとき、
「うまい棒一本で200円とか夢の国も舌巻いて逃げそう」
「たまに外国人に売れるんだよ。まぁおいらが店番とか珍しいからね」
「外国人くるの? こんな辺境なところに」