千歳、食事の問題に直面していた。
大工の健さんが、11人の従業員を引き連れて社宅の建設に向かった。
──その直後。場面は屋敷に話は戻る。
「さて、埴輪でも作るか」
私が伸びをしたその瞬間、
「いえ、社長。重大な問題があります」
神妙な顔で、口元に手を当てたレイシアが言った。
「……また?」
「食事の問題です。これまでは社長、佳苗さん、リィナ様、ヨモツさん、山田さん、私の6人だったため、ヨミさんお一人で三食を用意できていました。ですが──」
レイシアは真顔で続ける。
「健さんをはじめ、12人も増えました。つまり、今後は18人分の調理が必要になります」
そうだった。一気に3倍。
「今のキッチンと、五合炊き炊飯器と、ヨミひとりじゃ……無理か」
ヨミは、山田がヨモツの弟子になってから暇になり、“何か役に立ちたい”と志願して食事係に任命された。
その熱意は買うけど、現状は完全にキャパオーバー。
「求人票……残ってたっけ」
私はポストに視線を向ける。未使用の求人票、ゼロ枚。
これはもう、「自力で何とかしろ」ってことだろうか。
「でも……課金ガチャで来る人材、正直まともなのいなかったよね?」
「ええ。これまでお越しになった方々は皆さん……ええ、非常に個性的でして……」
レイシアは言葉を選んだが、それはつまり“ヤバい人ばかり”ということだ。
「しかも今のキッチンじゃ、物理的に18人分の調理は無理だよね。っていうか、放っといたらどうなる?」
「この辺りは僻地ですから。山、森、川があります。おそらく──ヨモツさん主導で野生化するかと」
「野生化……?」
「狩り・採集・漁。自給自足への移行です。井戸水はありますが、トイレはひとつ。18人になれば渋滞不可避です」
「……健さんに、トイレ作ってって連絡しとくわ」
食事の問題も、どうにかしなきゃ。私や佳苗が手伝えば何とかなるかもしれないけど、そうすると埴輪が間に合わなくなる。
当然、クレームも増える。悪循環だ。
「弁当の配達ってアリ?」
「赤字は覚悟してましたが……皆さん力仕事ですから、お弁当ひとつじゃ足りませんし、栄養も偏ります。結果、やっぱり野生化かと」
──そのとき、チャイムが鳴った。
「こんな僻地に……誰?」
玄関を開けると、和風メイド服の小柄な少女が立っていた。黒髪を一つにまとめ、高校生くらいの年齢に見える。
「……あっ。11人の中にいた子だ」
すぐにステータスを確認する。
──カタリナ。星1つ。
なんか、まぁ……そこそこっぽい。
「どうしたの? 入って」
「失礼します。社長にお願いがあって来ました」
きっちりとお辞儀した彼女は、控えめに言った。
「……棟梁に言われまして。私、建築作業が向いてないそうで……配置換えをお願いできませんか、と」
まぁ、だろうね。
こんな華奢な子にトンカチ持たせたら事故待ったなしだ。
「カタリナって、料理はできる?」
「はい。前の世界ではメイドでしたので、ある程度なら。ただ、補助が主でしたが……」
「ヨミ、いる?」
「なんでしょう?」
現れたヨミは、大鎌を背負いながらも、手には包丁。怖すぎる。
「この子がいたら、18人分の食事作れる?」
「できたら──大きな厨房がほしいです。椅子とテーブルも」
「つまり食堂だよね。健さんに相談しよ……」
完成までの間、どうしよう。やっぱり野生化?
「いえ、食材は配達してもらえるので、調理手段さえ確保できれば──」
そこへ再び、チャイムが鳴った。
「今度は誰よ」
玄関を開けると、また高校生くらいの少女が立っていた。とんがり帽子にマント──魔法使いスタイルだ。
「棟梁にクビにされましたぁ! 私、頑張ったのにぃ!」
ステータスを見ると
シエル ⭐️
風魔法で木を切るよう指示されたが、威力を調整できずに大木を50本なぎ倒し、現場をめちゃくちゃにしたらしい。
火の魔法は山火事寸前、水の魔法は洪水一歩手前。
「どうしたら……もうあんなところに戻りたくないです!」
「そしたら問題はねぇべ」
いつの間にか、ヨモツが背後にいた。
様子を見に来たらしい。
「穴掘るべ。竪穴住居の屋根なしバージョンだ。そこに土器を置いて焼く。熱ければ熱いほどいいだよ。穴の中だから火事にもならねぇし、念のため外壁もつけるだ」
「埴輪は?」
「後回しだべ。今は実用優先。模様とかほらねぇから、すぐできる。穴は女神様が掘ってくれるだよ」
「……え?」
「さすが女神様だな~。手で掘るの得意なんだべ?」
モグラ扱いされるリィナ。無言で地面に潜っていった。
穴に土器を設置したところで──
「ヘルファイア!」
シエルが放った炎が、勢いよく燃え上がる。
「オラの土器は、あんなんじゃ負けねぇだ。ほれ、こっちに火を移して焚き木にするだ。水はこの子がいれば困らんし、貯水湖をつくれば風呂もできるだよ」
──ヨモツ、まじで優秀すぎ。
とりあえず、食堂が完成するまで野生かは防げそうだ。
私は思った。
私、会社を作ったんであって村作ってない?