千歳、社宅を建ててもらう。
「無理だってば……!」
私は思わず頭を抱えた。
ヨモツが作る埴輪は、まさしく“本物”。魂がこもった一点物。量産なんて言葉とは無縁の代物だ。
──問題は、その時間。
「一体につき二日かかるのに……注文数、百五十体って何?」
伝票片手に泥だらけの私は、ちゃぶ台の前で絶望していた。
「二人体制でも三百日……。年越すどころか、来年の夏まで無理なのです……」
佳苗は発送遅延の謝罪動画を編集中。
リィナと私は毎日泥遊び(※埴輪制作)で手伝い中。
レイシアは法人対応とクレーム処理で目の下にクマを飼っている。
──全員フル稼働。それでも、完全に人手不足だ。
ふとポストを見ると、そこには「求人票:未使用 1枚」と記されていた。
「……これ、使うしかないよね」
「また古代人が来るかもなのです!」
期待に目を輝かせる佳苗を、レイシアが冷静にたしなめる。
「ヨモツさんがもう一人来たところで、効率は倍にしかなりません。問題は労働環境です。この屋敷、空き部屋は残り一つだけ」
「また押し入れ生活だね。リィナ」
「それは断固拒否なのじゃ! 我も手伝っておるのに!」
「あと物置は住宅としての法的機能を満たしていません。現状、山田さんが善人だから許されてるレベルです」
「……よし。改善してくれそうな人材を期待しよう」
「いでよ! 求人票!!」
手をかざすと、例のBGMとともに求人票が舞い降りる。
即座にポストに差し込み、ティッシュ箱神棚に深々と頭を下げる。
「頼みます! この会社の未来、あなたに託します!」
ぽわっ──
水色に光るポストから白煙が噴き出し、男が登場した。
「おう、オレは大工の健さん! よろしくな、ガキども!」
ハチマキ、白T、腹巻き。声、でかい。
社員証には:
健 ⭐️⭐️⭐️
「……おっさん率、高すぎない? しかも完全に昭和!」
「地声で耳が割れるのです!」
「まずは社宅からだな。地図あるか?」
佳苗がスマホの地図を見せると、健さんは屋敷から150メートルほど南を指差した。
「この辺、地盤ええな」
「いや、そこウチの土地じゃないよ?」
「では、買っておきましょうか?」
と、レイシアがさくっと言う。
「この屋敷を中心に半径3キロ圏内、30円で購入可能です」
「地価バグってる! なんで!?」
「最近の調査で、この屋敷の地下に魔王が封印されていることが判明しまして」
「は!? 魔王!?」
「山田さんが草むしりしてたら地下からイビキが聞こえまして。世界のミットン調査団が調査したところ──」
『あ、これ魔王ですね』って。
「魔王の扱い、軽っ!」
「おかげで地価が急落しました。全域買っても30円です。まぁ、復活したら死にますけど」
「命より安い土地ってなに!?」
「ま、話はあとだ。社宅建てるぞ! でかいやつな!」
健さんがどんと胸を叩いた。
「あとあの気味悪い人形の工場も作ってやる。外仕事じゃ、夏は干上がるぞ」
「それ、めっちゃありがたい!」
「お米より早く熱中症になるのです!」
「でな、社長」
健さんが私に振り返る。
「さすがにオレ一人じゃ間に合わねぇ。人手が欲しい」
「……そう言うと思った」
私は財布からなけなしの三千円を取り出し、ポストに課金。
すると……。
ぺっ、ぺっ、ぺっ……
──連続で人がポストから吐き出された。その数11名。
「うーん、ドクロマーク多っ!」
全員、社員証にドクロがついている。中でもひときわ目立つ金冠のじいさんは:
フランクリンス ☠️☠️☠️☠️☠️
「これは……暗愚の王。民を苦しめ、酒と女に溺れて滅びた王なのです」
「佳苗、ナチュラルに怖い知識ありがと」
「でも戦力は戦力だ。健さん、お願い!」
「任せろ。おいテメェら、動け! ぶっ殺すぞこの野郎!」
昭和の威圧で11名をまとめあげる健さん。なるほど、この口の悪さが⭐️3止まりの理由か……。
こうして、健さんを中心に社宅建設が始まった。
「外注より半額で済みますし、男性寮・女性寮を分けられるのはありがたいですね」
とレイシア。そして、
「完成したら、私は女性寮に住みます」
「え、今の屋敷でいいのに」
「私は社員ですので。きちんと線引きはしたいんです」
「……そっか。そしたら部屋また空くなぁ」
「将来、社長に家族ができた時のためにお使いください」
「か、家族!?」
「まぁその頃には会社は別に作った方がいいとは思いますが」
「な、なんも考えてないわそんなの! あははははは!」
──こうして、ピコリーナ・カンパニーの社屋整備は、思わぬ形で進み始めた。
だがこの時はまだ、魔王がほんとに目覚めかけていることを、誰も知らなかった──のだが。
健さんの指揮のもと、社宅はたった数日で完成した。
なんと10階建て。1階から4階までワンルーム10畳。5階からはわからない。住んでみてからのお楽しみだそうだ。
階層は地位に応じて振り分けられ、出世すればするほど高層階&部屋もグレードアップしていく仕組みらしい。
「努力と昇進が目に見える。理想の社宅システムなんですね」
「すでに我のランクは神じゃから最上階に神殿を用意してもらった」
「それはおかしいよ?」
「異議ありなのです!」
レイシアは4階。
ヨモツと健さんは1階を合宿所のように改造し、毎晩酒盛りしていた。
──ちなみに山田はというと、
「社宅、引っ越さないの?」
「いえ、自分はこの物置が一番落ち着くんだよ」
「うそぉ!? 湿気すごいし虫出るよ?」
「それもまた自然というやつなんだよ」
「……うん、わかった。自己責任でね」
こうして、山田だけは物置に住み続けることになった。
謎の愛着があるらしい。たぶんちょっと変な人だ。
屋敷には千歳・佳苗・物置の山田。
そして向かいには、ピコリーナ社宅。
──会社は着実に“会社らしく”なっていっている。
とはいえ、まだまだ波乱の種は尽きなさそうだ。
それにしても。
屋敷の地下に魔王?
死神だけで十分なのになぁ。