千歳、終わらない夏にウンザリする。
夏休みに入り、ピコリーナ・カンパニーはどこの部署も大忙しだった。
温泉施設は連日満員御礼。
食堂は席が足りず、昼食は時間をずらしてローテーション制。
建築班は「裁判所、もうすぐ完成!」と言いつつ、健さんはすでに次の案件──ふもとに建てる病院の見取り図と格闘している。
埴輪班では、なぜか「逆立ち埴輪」が大ヒットし、予約が山のように積み上がっている。焼成炉は文字どおりフル稼働中だ。
――で、私はというと。
「アヒルのボート、現在三十分待ちでーす!」
湖でボートの管理をしていた。臨時とはいえ、もはや本職の係員並みの対応である。
どこも完全に人手不足だ。この地獄の夏休みが終われば、少しくらい休める……はず。そう信じたい。
ふと視線を向けると、たぬきの土産屋が店外まで大行列。急きょキツネ・クマ・リスを店員として増員したものの、キャパはすでに崩壊していた。
(……あっちよりはマシか。)
麦わら帽子をかぶり直し、私は声を張る。
「『乗ると別れる』ボートが戻ってきましたー。迷信なんか信じないカップルさん、こちらでお待ちくださーい!」
今日も元気いっぱい、働いていた──はずなのだが。
正直言うと、ボート管理なら楽だろうと思って引き受けた。
人手不足の中、「私にもできることがあれば」と手を挙げたのだ。
引き受けた“翌日”。湖面が、ボコン、と盛り上がった。
「……え? なにあれ、泡? え、首!? 恐竜ぉぉっ!?」
水飛沫とともに現れたのは、巨大な首長生物。私は腰を抜かした。
隣で水の精霊アクアが涼しい顔で言う。
「湖に恐竜はつきものじゃん?」
あるわけない。
それ以来、湖は連日大賑わい。恐竜を一目見ようと人が押し寄せ、勝手に名前まで付いた。
「ピコリーナ湖のピッシー」。略してピッシー。
いつの間にか出現スケジュールまで決まっていて、一日二回(午前・夕方)。性格(?)は温厚、客には無害。むしろポーズを取るサービス精神まである。
「ボートに乗らなくても湖岸から見えるじゃん」
と私が言うと、アクアは即答した。
「やっぱり間近で見たいんだよ、みんな」
その結果がコレである。待ち時間三十分、繁忙ピーク時は一時間超え。
余計なアトラクション作りやがって……と心の中で文句を言いながらも、整理券を配り、ライフジャケットを渡し、帰ってくるカップルの空気を読み(別れたかどうかは聞かない)、なんとか今日も無事に営業終了。
明日もまた、ピッシー二回出勤、ボート満席、夏休み地獄継続予定である。なおピッシーは営業部長に昇格した。
仕事を終え、屋敷に戻り、お風呂に入り、冷蔵庫を漁る。
おつまみにスルメ、そしてビール缶を取り出して、テレビをつけた。
連日連夜、シーレイクリゾートの不祥事がニュースを賑わせている。
今日の見出しは──『本社ビルの観葉植物が大麻にすり替えられていた』らしい。
「……あの代表、どこまで落ちる気なの?」
ちなみに一度、警察がピコリーナにやってきて、「求人ポストを調べさせてほしい」と頼まれたことがあった。
どうやら例の代表が「ガチャで人材を出している」と供述したらしい。
素直にポストを渡すと、念入りに調べられた。試しに刑事の一人が課金ガチャを回してみたが、何の反応もなかった。
むしろ、投入したお金が自動的に返ってきたという親切設計。
リィナが横からドヤ顔で言う。
「会社の長でないと、ただの箱じゃ。」
確かに仕組みを考えると、従業員が勝手にガチャで従業員を雇うなんておかしい。公務員がガチャで部下を引くなんて、なおさらだ。
「やっぱあの代表、適当な嘘を供述してるね。」
「ガチャで人が現れるとか、普通に考えたら怪しすぎますもんね。」
佳苗も苦笑いで相槌を打った。
ちなみに仕組みは謎だが、求人ポストから出てきた異世界住民はこの世界に来た時点で、この世界の正式な戸籍が存在していることになっている。マイナンバーまで発行済みだ。
つまり、“不法滞在者”ではないらしい。
日本の役所より、この世界の役所のほうが仕事が早いんじゃないかと思う。
「……あーあ。夏休みが終わる前に、ビールがなくなりそう。」
私は缶を傾けながら、そんなことをぼやいた。
翌日。
「アヒルのボート、1時間待ちでーす!」
私はメガホン片手に案内をしている。
そろそろピッシーが出る時間ね。
「社長、観光客を非難させた方が良いかと思いますわ。」
ルビーがあらわれた。彼女だけではない。オリエやミント。魔王や死神までいる。
「どうしたのよみんなそろって。」
「伝説にはこう書かれております。ピッシーいるところに水神龍あり。と」
「え? ピッシーどころか湖できたの先週じゃない。なんで伝説の湖扱いされてんのよ。」
「ツッコミはいいですから避難指示を!」
「緊急速報! 今からピッシーではなく水神龍がでてきます! 湖から離れてください!」
なんかのアトラクションかと思われたのか、のんびり湖から離れだす観光客たち。
バシァァァァァァ!
水面からいきなり現れた巨大な龍。これが水神龍かよ。
「おろかなる人間どもめ。我の力を思い知るがいい!」
水神龍、まさかの日本語ペラペラ。
「ふっ久しいな水神龍よ。」
龍のまえにぷかぷか浮かぶ割烹着姿のリィナ。
杖ではなくモップを持っている。
「おとなしく去れ。」
水神龍は少し考えて。
「すまん。誰だっけ?」
「慈愛の女神リィナじゃ!」
「あー。いたわ。うん。いた。」
「おのれ神の系統とはいえ龍の分際め。こらしめてくれるわ。いでよ! 埴輪兵団!」
湖の周りをかこむ埴輪たち。その数100体。
「埴輪兵団に女神リィナの加護を授けようぞ!」
リィナが眩しいくらいに輝く。
「いけ! 埴輪波動砲!」
口からレーザー砲が出るかと思いきや、
「しまった。ふみこみがたりんかった! しかたがない。埴輪兵団よ。踊るのじゃ!」
100体の埴輪が踊る。
「だからなんだというのだ?」
水神龍がリィナに聞く。
「そうだよね。私もそう思う。」
「フッ。神をなめるでないぞ。今の踊りこそ充電じゃ! 今度こそいけ! 埴輪波動砲!」
埴輪の口からレーザービーム。
今度は放出されたが、リィナに命中する。
「痛いではないか!」
あれで黒コゲだらけで済むんだから大したもんだ。
「もう見てられませんわ。」
ルビーがため息をつき、手に持った法典をパタパタと扇のようにあおぐ。
「よろしいですか、女神様。湖での戦闘行為は条例違反です。罰金三万円ですわ。」
「今それどころではないじゃろ!?」
黒コゲのリィナが、もはやポンコツ感を全開にして反論する。
「埴輪波動砲、二発目装填──」
「もういいから黙って!」
私が叫ぶのと同時に、オリエとミントが湖の上を滑るように飛び、
「結界展開。水神龍の動きを封じます。」
「おとなしくしていただきますわ。」
と、バリアのような魔法を張る。
バチバチバチッ!
透明な壁に水神龍が頭をぶつけて「いてっ」と鳴いた。
……神龍でも痛いらしい。
「えーっと、これ以上暴れると観光客がトラウマになるんだけど。」
私はメガホンを置いて、湖岸で呆れ気味に呟く。
すると、ピッシーが「グゴォォ」と一声上げて、悠然と浮上してきた。
その瞬間、空気が一変する。
「でたー! ピッシーだー!」
ギャラリーが一斉にスマホを構えた。
「おい水神龍、また来やがったな。」
ピッシーが完全にヤクザ口調で言い放った(ように聞こえた)。
水神龍は少し引き気味だ。
「ひっ、ひさしぶりだな、ピッシー。あの、その……」
「てめぇ、うちの湖で勝手に暴れるんじゃねぇぞ。観光収入が台無しだろうが。」
「す、すまん。ちょっと出番欲しくてな……。」
「出番は週一、予約制だろ。」
「はい。」
──なにこの湖内ヒエラルキー。
私も佳苗も口をぽかんと開けて見ていた。
ピッシーの一喝で、水神龍はおとなしく湖底に戻っていった。
そして、ピッシーは岸辺の観光客に首を振り、サービスでハート型の水しぶきを上げる。
「きゃー! かわいいー!」
……お前、やっぱり営業部長だな。
⸻
「これで今日のボート待ち時間は二時間確定だね。」
私はメガホンを取り上げ、諦め顔で叫ぶ。
「アヒルのボート、現在二時間待ちでーす! 整理券はこちらでー!」
夏休み地獄は、ますます加速していくのだった。