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18/42

千歳、終わらない夏にウンザリする。

夏休みに入り、ピコリーナ・カンパニーはどこの部署も大忙しだった。


温泉施設は連日満員御礼。


食堂は席が足りず、昼食は時間をずらしてローテーション制。


建築班は「裁判所、もうすぐ完成!」と言いつつ、健さんはすでに次の案件──ふもとに建てる病院の見取り図と格闘している。


埴輪班では、なぜか「逆立ち埴輪」が大ヒットし、予約が山のように積み上がっている。焼成炉は文字どおりフル稼働中だ。



――で、私はというと。


「アヒルのボート、現在三十分待ちでーす!」


湖でボートの管理をしていた。臨時とはいえ、もはや本職の係員並みの対応である。


どこも完全に人手不足だ。この地獄の夏休みが終われば、少しくらい休める……はず。そう信じたい。


ふと視線を向けると、たぬきの土産屋が店外まで大行列。急きょキツネ・クマ・リスを店員として増員したものの、キャパはすでに崩壊していた。


(……あっちよりはマシか。)


麦わら帽子をかぶり直し、私は声を張る。


「『乗ると別れる』ボートが戻ってきましたー。迷信なんか信じないカップルさん、こちらでお待ちくださーい!」


今日も元気いっぱい、働いていた──はずなのだが。


正直言うと、ボート管理なら楽だろうと思って引き受けた。


人手不足の中、「私にもできることがあれば」と手を挙げたのだ。


引き受けた“翌日”。湖面が、ボコン、と盛り上がった。


「……え? なにあれ、泡? え、首!? 恐竜ぉぉっ!?」


水飛沫とともに現れたのは、巨大な首長生物。私は腰を抜かした。


隣で水の精霊アクアが涼しい顔で言う。


「湖に恐竜はつきものじゃん?」


あるわけない。


それ以来、湖は連日大賑わい。恐竜を一目見ようと人が押し寄せ、勝手に名前まで付いた。

「ピコリーナ湖のピッシー」。略してピッシー。


いつの間にか出現スケジュールまで決まっていて、一日二回(午前・夕方)。性格(?)は温厚、客には無害。むしろポーズを取るサービス精神まである。


「ボートに乗らなくても湖岸から見えるじゃん」


と私が言うと、アクアは即答した。


「やっぱり間近で見たいんだよ、みんな」


その結果がコレである。待ち時間三十分、繁忙ピーク時は一時間超え。


余計なアトラクション作りやがって……と心の中で文句を言いながらも、整理券を配り、ライフジャケットを渡し、帰ってくるカップルの空気を読み(別れたかどうかは聞かない)、なんとか今日も無事に営業終了。


明日もまた、ピッシー二回出勤、ボート満席、夏休み地獄継続予定である。なおピッシーは営業部長に昇格した。


仕事を終え、屋敷に戻り、お風呂に入り、冷蔵庫を漁る。


おつまみにスルメ、そしてビール缶を取り出して、テレビをつけた。


連日連夜、シーレイクリゾートの不祥事がニュースを賑わせている。


今日の見出しは──『本社ビルの観葉植物が大麻にすり替えられていた』らしい。


「……あの代表、どこまで落ちる気なの?」




ちなみに一度、警察がピコリーナにやってきて、「求人ポストを調べさせてほしい」と頼まれたことがあった。


どうやら例の代表が「ガチャで人材を出している」と供述したらしい。


素直にポストを渡すと、念入りに調べられた。試しに刑事の一人が課金ガチャを回してみたが、何の反応もなかった。


むしろ、投入したお金が自動的に返ってきたという親切設計。


リィナが横からドヤ顔で言う。

「会社の長でないと、ただの箱じゃ。」


確かに仕組みを考えると、従業員が勝手にガチャで従業員を雇うなんておかしい。公務員がガチャで部下を引くなんて、なおさらだ。


「やっぱあの代表、適当な嘘を供述してるね。」


「ガチャで人が現れるとか、普通に考えたら怪しすぎますもんね。」


佳苗も苦笑いで相槌を打った。


ちなみに仕組みは謎だが、求人ポストから出てきた異世界住民はこの世界に来た時点で、この世界の正式な戸籍が存在していることになっている。マイナンバーまで発行済みだ。


つまり、“不法滞在者”ではないらしい。


日本の役所より、この世界の役所のほうが仕事が早いんじゃないかと思う。


「……あーあ。夏休みが終わる前に、ビールがなくなりそう。」


私は缶を傾けながら、そんなことをぼやいた。




翌日。


「アヒルのボート、1時間待ちでーす!」


私はメガホン片手に案内をしている。


そろそろピッシーが出る時間ね。


「社長、観光客を非難させた方が良いかと思いますわ。」


ルビーがあらわれた。彼女だけではない。オリエやミント。魔王や死神までいる。


「どうしたのよみんなそろって。」


「伝説にはこう書かれております。ピッシーいるところに水神龍あり。と」


「え? ピッシーどころか湖できたの先週じゃない。なんで伝説の湖扱いされてんのよ。」


「ツッコミはいいですから避難指示を!」


「緊急速報! 今からピッシーではなく水神龍がでてきます! 湖から離れてください!」


なんかのアトラクションかと思われたのか、のんびり湖から離れだす観光客たち。


バシァァァァァァ!


水面からいきなり現れた巨大な龍。これが水神龍かよ。


「おろかなる人間どもめ。我の力を思い知るがいい!」


水神龍、まさかの日本語ペラペラ。

 

「ふっ久しいな水神龍よ。」


龍のまえにぷかぷか浮かぶ割烹着姿のリィナ。


杖ではなくモップを持っている。


「おとなしく去れ。」


水神龍は少し考えて。


「すまん。誰だっけ?」


「慈愛の女神リィナじゃ!」


「あー。いたわ。うん。いた。」


「おのれ神の系統とはいえ龍の分際め。こらしめてくれるわ。いでよ! 埴輪兵団!」


湖の周りをかこむ埴輪たち。その数100体。


「埴輪兵団に女神リィナの加護を授けようぞ!」


リィナが眩しいくらいに輝く。


「いけ! 埴輪波動砲!」


口からレーザー砲が出るかと思いきや、


「しまった。ふみこみがたりんかった! しかたがない。埴輪兵団よ。踊るのじゃ!」


100体の埴輪が踊る。


「だからなんだというのだ?」


水神龍がリィナに聞く。


「そうだよね。私もそう思う。」



「フッ。神をなめるでないぞ。今の踊りこそ充電じゃ! 今度こそいけ! 埴輪波動砲!」


埴輪の口からレーザービーム。


今度は放出されたが、リィナに命中する。 


「痛いではないか!」


あれで黒コゲだらけで済むんだから大したもんだ。



「もう見てられませんわ。」


ルビーがため息をつき、手に持った法典をパタパタと扇のようにあおぐ。


「よろしいですか、女神様。湖での戦闘行為は条例違反です。罰金三万円ですわ。」


「今それどころではないじゃろ!?」


黒コゲのリィナが、もはやポンコツ感を全開にして反論する。


「埴輪波動砲、二発目装填──」


「もういいから黙って!」


私が叫ぶのと同時に、オリエとミントが湖の上を滑るように飛び、


「結界展開。水神龍の動きを封じます。」


「おとなしくしていただきますわ。」


と、バリアのような魔法を張る。


バチバチバチッ!


透明な壁に水神龍が頭をぶつけて「いてっ」と鳴いた。


……神龍でも痛いらしい。


「えーっと、これ以上暴れると観光客がトラウマになるんだけど。」


私はメガホンを置いて、湖岸で呆れ気味に呟く。


すると、ピッシーが「グゴォォ」と一声上げて、悠然と浮上してきた。


その瞬間、空気が一変する。


「でたー! ピッシーだー!」


ギャラリーが一斉にスマホを構えた。


「おい水神龍、また来やがったな。」


ピッシーが完全にヤクザ口調で言い放った(ように聞こえた)。 


水神龍は少し引き気味だ。


「ひっ、ひさしぶりだな、ピッシー。あの、その……」


「てめぇ、うちの湖で勝手に暴れるんじゃねぇぞ。観光収入が台無しだろうが。」


「す、すまん。ちょっと出番欲しくてな……。」


「出番は週一、予約制だろ。」


「はい。」


──なにこの湖内ヒエラルキー。


私も佳苗も口をぽかんと開けて見ていた。


ピッシーの一喝で、水神龍はおとなしく湖底に戻っていった。


そして、ピッシーは岸辺の観光客に首を振り、サービスでハート型の水しぶきを上げる。


「きゃー! かわいいー!」


……お前、やっぱり営業部長だな。



「これで今日のボート待ち時間は二時間確定だね。」


私はメガホンを取り上げ、諦め顔で叫ぶ。


「アヒルのボート、現在二時間待ちでーす! 整理券はこちらでー!」


夏休み地獄は、ますます加速していくのだった。


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