横手凛の憂鬱
春。冬の寒さが少し和らぎ、木々の命が芽吹く季節。今日は快晴で、入学式に赴くために緊張している私の心が少し明るくなった気分だ。……と思ったら
「めっちゃ寒い……!」
身からにじみ出た言葉である。
ブラウンのコートを羽織り、新調した乳白色の手袋をしていても、顔面と足元が非常に冷える。手袋を顔に近づけて、ハァっと息を吹いて温めるが、それでも寒いことには変わりなかった。
スマホを取り出し自分の現在地の気温を調べてみる。
「うそ! 気温3℃!?」
思わず大きな声が出る。東京にいた頃も寒い寒いと言いながら登下校したのを覚えているが、それとは比較にならないぐらい秋田の寒さは身に染みた。個人的な体感で言うと、3℃なんて四月で観測されていい気温じゃない。せめて10℃くらいはあってほしい。それでも冷えることには変わりないけど。
路上に少しだけ残った雪も足元を冷やし、バスの停留所までの道を阻む。顔面と足元のダブルパンチで襲ってくる寒さは中々に辛いものがあった。
そんな中で驚いたことがあった。
登校中ちらほらと学生を見かけるのだが、結構な確率でコートやアウターを着ていないのだ。特に男子学生は学ランにマフラーを巻いているだけだったりする。足元はブーツを履いていて、なぜ上にはアウターを着ないのか不思議でたまらなかった。地元の人はこのぐらいは寒くないのだろうか。
自転車で登校する学生も見かけるのだが、その人たちもアウターを着ていない。あ、でもさすがに手元は冷えるから軍手つけているんだね。……軍手!? 普通にもっと防寒性能が高い手袋は売ってると思うんだけど。というか学生の乗ってるママチャリのハンドルも妙に高いような気がする。乗りづらそう……。
後で調べてみてわかったんだけど、アウターを着ないのも、軍手を着用するのも、ママチャリのハンドルの高さを上げるのもオシャレのためらしい。ちなみに女子学生はアウターも手袋も人によってはタイツなども普通に着用するらしい。良かった。私は寒いの苦手だから普通に今後も着ていこう。
バスに揺られ、20分ほど。私の高校生活の舞台、県立桜田北高校に到着した。外装は白を基調としていて、清涼感のあるオシャレな高校だと思う。制服は男子学生が学ラン。女子学生は紺のセーラー服でいたって普通な感じである。中学の時も似たような学生服だったので、あんまり代わり映えしないのが少し悲しかった。けど、他の学生が一同に学校に登校している風景を見ると、私も高校生になったんだなという実感が沸々とわいてくる。
入学式は滞りなく終わった。いつもの校長先生の挨拶があり、新入生代表の挨拶があり、生徒会長の挨拶があり。その後に自分のクラスへ移動した。私のクラスは一年二組。一学年六組あって、全体としては180名ぐらいらしい。
「あー! 久しぶり! 中学卒業以来だね。高校でもよろしくね」
「お、同じ高校だったの? 部活一緒に頑張ろうな! 」
クラス内ではそんな会話が聞こえる。中学からの同級生や、部活を通して仲良くなった人が多い。既にコミュニティができていそうで、友達がこっちでもできるのか不安になってくる。こっちから話かける? いやでもなんだこいつと思われたらその時点で高校生活終了のお知らせだし……。でもでも、このままずっと友達もできずにずっと一人なのも花の女子高生生活が終了だし……。
脳内で話しかける話しかけない論争を繰り広げていたら、ガラガラと教室の扉が開く。
「はーい! 一年二組の新入生諸君! 席についてー」
入ってきたのは黒のスーツをびしっと着こなした、褐色肌のスタイルのいいお姉さんだった。髪をポニーテールにし、明るい印象を持つ。
「なあ、担任の先生かな? めっちゃ可愛くない? 」
「だよな。めっちゃスタイルいい」
そんな男子のひそひそ話も聞こえる。確かに女子の私も憧れるスタイル。すごい綺麗な人だなと思った。
すると、先生らしき人はおもむろに黒板に文字を書く。そこには美郷夏希という文字が書かれていた。
「一年二組の皆さん。ご入学おめでとうございます。皆さんがこの桜田北高校を選んでくれたこと。そして皆さんにお会いできたことをうれしく思います。本日からこのクラスを担当します、美郷夏希と言います。今日からよろしくお願いします! 」
美郷先生は立て続けに話す。
「科目は保険体育で、普段はこんなにビシッとしてなくて、ジャージで授業しているからよろしくね。趣味は地酒巡り! 私、日本酒がすっごい好きなの! みんなは未成年だからまだだめだけど、大人になったら日本酒試してみてね。秋田の日本酒は特に好きで、この前なんかは小玉醸造さんに行って天功買ってきたんだけど、飲みやすくて美味しかったのよ…… 」
唐突に語りだす美郷先生。日本酒への愛が止まらない。
「あの、先生。その辺でそろそろ……」
見かねた女子生徒が美郷先生に話しかける。するとハッと我に返ったかのように現実に引き戻される美郷先生。
「あっ! ごねんね。ついつい。じゃあ、私の自己紹介はこれぐらいにして、次はみんなに自己紹介してもらおうかな! あいうえお順で、最初は阿仁さんから」
「はい。阿仁麻里奈と言います。趣味は……」
自己紹介の時間が始まる。この時間があるのは分かってたけど、いざ始まるとなると緊張する。どんな感じで自己紹介しよう。明るく元気に話せる? 変にテンション上がるより普通に話せばいいだろうか? 頭の中でグルグルと考えが駆け巡る。なんだろう? 自分の番が近くなるにつれて考えが纏まらなくなる。
「では次は横手凛さん」
ついに自分の番になった。何人かが私の方を振り向く。机に手をつき、おもむろに立ち上がる。
「は、はい。横手凛と言います。趣味は、これといってありません。こらから皆さんと仲良くできればと思います。よ、よろしくお願いします」
無難な挨拶で乗り切る。そうだ。変にテンションを上げて失敗しないようにするのが大事。とりあえず自分の番が終了してホッと席に着く。
「あ、横手さんはこの春に東京から秋田に来たんですよね? 皆さん秋田の事、色々と教えてあげてくださいね」
美郷先生からの唐突なパス。何人かが、へぇーという声を上げる。何だかさっきの挨拶よりも振り向いて見てくる人が多かった気がした。注目される事にはあまり慣れておらず、少し顔が熱くなる。
すると横の席からちょんちょんと肩をつつかれる。見てみると、そこにはちょこんと人形みたいな可愛さの女の子がいた。金髪のセミロング、サイドテールに髪を結んで、腕にはシュシュを付けていた。いかにもギャルっとした感じの子だった。そんな女の子がボソッと喋りかけてくる。
「ねーねー……! 東京にいたって本当? ウチ東京まだ行った事ないから、後で色々お話聞かせて? 」
「え? う、うん。いいけど……」
「あ、ごめんウチの名前は……」
「では次は、大舘里奈さんお願いします」
言いかけた瞬間、話しかけてきた女の子がハッとし、右手を大きく挙げて椅子から立ち上がる。
「はーい! ウチは大舘里奈って言います。趣味はカフェ巡りとショッピング。普段はエリアなかいちとか秋田駅らへんで遊んでまーす! みんな仲良くしてねー」
元気いっぱい、かわいらしく自己紹介をする大舘さん。なんだか私よりも大舘さんのほうが都会からの転校生という感じに錯覚する。自己紹介を終え、大舘さんはまたちょこんと席に座り、こちらに喋りかけてくる。
「てなわけで、私は大舘里奈。よろしくね横手さ……うーん。あ! よろしくね、こよりん! 」
「え? こ、こよりん? 」
「うん。横手さんだとよそよししーし、凛ちゃんでもいいんだけど、せっかく同じクラスになったんだし、あだ名で呼びたいなって! 」
「なるほ、ど? 」
いまいち納得できない理由だった。でも友達出来るか不安だった私にとっては、まさに大舘さんは渡りに船だった。それに、中学では横手さん、とか凛ちゃんぐらいであだ名もなかったから、そう呼ばれるのはとても嬉しかったりする。
「あだ名とか初めてだから嬉しいな。よろしくね大舘さん」
「ウチのことは大舘さんじゃなくて里奈でいいよ。あ、友達からはりーちゃんとかって呼ばれてるかな。」
「じゃあ、よろしくねりーちゃん! 」
「うん! よろしくこよりん」
不安と緊張がない交ぜになったモヤモヤがすっと溶けていく。あまり社交出来ではない自分にとってはありがたかった。私もりーちゃんの明るさと社交性を見習いたいものだ。あって間もないから、まだまだ知らないことは多いけれど。
一通り自己紹介が終わった後、美郷先生から一言。
「これから北高生として、皆さんが勉学や部活、熱中できる何かに励み、今後の人生の糧となれば幸いです! まずは一年間、担任としてよろしくね」
と、励みになる言葉をもらった。
その後、クラスメイト数人が私の机に集まってくる。
「えー! 横手さんって東京にいたの? 」
「もしかして生まれも東京? すごいなぁー」
「ねぇ! 今東京で流行ってるスポットとか知ってる? 」
まさに質問攻めだった。こういった注目は今までの私の経験上なかったから、嬉しい面もあり、何から答えていけばいいのか分からない。
「はいはーい! こよりんは私がさっき先約したので私のものでーす! 」
と、りーちゃんが人込みから割って入る。いつの間にか所有物になっていた私。
「えー、里奈ずるい! 私も横手さんとお話ししたいのにー」
「じゃあ今度の放課後とか皆でこよりんとお茶して帰ろうよ! その時に質問大会しよう」
そしていつの間にか約束と第一回質問大会が開催されることとなった。でも、みんなとお茶の約束ができたのは素直にうれしかった。
「あ、いいねー! じゃあ横手さん。今度エキナカのスニャーバックスとかでお茶しようね」
「う、うん! 行こうね」
人込みが徐々にばらけていく。残ったのは横に座っているりーちゃんだった。
「さっきいた子たちはウチの中学からの友達。みんないい子で、優しいんだ! あとやっぱり東京から秋田に引っ越してくるなんてすごく珍しいから、そういうのもあるんだと思う。私もこよりんのお話、色々ききたいしね」
「私みたいな感じとか転校生とかって珍しいの? 」
「そうだよー! 秋田から転校していなくなっちゃうことはあるけど、転校先で秋田に来るのは珍しいかな。それこそ、東京から秋田に来るなんてすっごく珍しいよ。こよりんはどうしてこっちに引っ越してきたの? 」
「私は両親の仕事の都合かな。何か秋田の会社の支部ができるらしくて、その支部の社員に父さんが決まったみたいで」
立て続けに私は自分の気持ちをいつの間にか吐露する。
「秋田のことは何もわからなかったし、友達出来るかなって不安だったけど……りーちゃんが隣で良かった! 」
するとりーちゃんは何だか恍惚とした様子でこちらに抱き着いてくる。
「えー!こよりんにそんなこと言ってもらえるなんてウチめっちゃ嬉しいし、キュンなんだけど! 」
あ、りーちゃんめっちゃ良い匂いする。というか髪もめっちゃサラサラできめ細かい。これが女子かぁ。
「そうだ! こよりんニャインやってるよね? 交換しようよ」
「え? う、うんいいよ。」
二人ともスマホを取り出し、りーちゃんが私が表示したQRコードを読み取ってくれる。
「じゃあ、スタンプ送るねー」
ひゅぽん。と送られてきたのは、犬か猫かよくわからないキャラクターが謎の呪文を発しているスタンプだった。
「ねぇりーちゃん。このスタンプの『おもしぇ』って何? 」
「これはね、秋田弁で『面白い』って意味なんだ! このスタンプのキャラもゆるっとしててかわいいよね」
かわいいという感性は、私とりーちゃんで違いが大きいらしい。それにしても、おもしぇって言葉が秋田弁だと知って、本当に秋田県にいるんだなって改めて感じてきた。
「ちなみに秋田弁はウチら少しは使うんだけど、わからなかったら遠慮なく聞いてね! あと、おじいちゃんおばあちゃんの秋田弁はマジで何言ってるかウチでもわからない時があるから、りーちゃんは気を付けてね! 」
まさか言葉の壁で忠告されるとは思わなかった。でも、テレビ番組で方言特集みたいなのやってて、県によっては方言きつそうなところもチラッと見たことがある。秋田も方言きついのかな?
うんと頷いて素直に忠告を受け取る。
「こよりんは入学式終わった後、空いてる? 早速エキナカのスニャーバックスでみんなでお茶したいなって! 」
「今日は19時までに帰れば問題ないよ。」
「おおー! じゃあ早速ほかの子にも聞いてくるね! 」
そう言ってりーちゃんは席を立ち小走りでさっきいた子に向かう。まさに行動力の化身。私もその行動力見習わないとと思ってしまう。一通り話終わったのか、りーちゃんは私のほうを振り返り、腕で大きく丸を描きサインをくれた。その後、第一回こよりん質問大会と称したグループニャインが完成されていた。本当に行動力が凄いなりーちゃん。




