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第5章:獣人の国と対話

ラマンギナバック山脈の核心部へと近づくにつれて、俺たちの旅路は、異世界メレディに存在する三つの大きな国の境界線地帯へと入っていった。

それは、文化も価値観も全く異なる、三つの獣人の国、すなわち平和を重んじる草食獣人の国「フランゼ」、力と狩猟を尊ぶ肉食獣人の国「カーニバス」、そして柔軟かつ実利的な思考を持つ雑食獣人の国「アレスマ」の勢力範囲が入り混じる、複雑で多様な地域だった。


山脈への道は、これらの文化がせめぎ合うこの地域を通過する必要があった。

最初に訪れたのは、フランゼの国境に近い、緑豊かな丘陵地帯に位置する小さな交易集落だった。

集落の周囲には、整然と区画された畑が広がっており、まるで地球の田園風景を見ているかのような、牧歌的な雰囲気が漂っている。


石造りの家々は苔むし、長い年月の重みを感じさせる。

ここでは、ウサギ獣人やヒツジ獣人、シカ獣人、ヤギ獣人といった草食獣人たちが暮らしており、彼らは穏やかで平和を愛する気質で知られていた。

争いを嫌い、自然と共生しながら、主に農業と、薬草の栽培に力を入れているという。空気がどこか優しく感じられた。


集落に足を踏み入れた俺たちを見ると、住民たちは最初は珍しそうに、そして少しばかり警戒した目で見ていた。

特に、ラスタのような竜族や、後に合流する紅炎の刃といった見るからに強そうな面々には、彼らは委縮しているようだった。

彼らにとって、力強い種族は恐れの対象であり、平和な日常を乱す可能性のある存在なのだろう。

しかし、トリムが彼らの言葉(翻訳機を通してだが、トリムは彼らの言葉遣いや習慣にも詳しいようだった)で穏やかに話しかけ、俺たちが旅人であり、争いを求めているわけではないこと、そして俺が薬草に詳しい異界からの旅人であることを伝えると、彼らの態度は一変した。


フランゼの人々は、薬草を非常に大切にしていた。

彼らにとって薬草は、病気や怪我を癒やすだけでなく、自然との繋がりを保つための神聖なものだった。

集落には、代々薬師を務める一族がおり、俺はすぐにその薬師たちと交流する機会を得た。彼らの知識は、経験に基づいた実践的なものであり、俺にとっても非常に興味深いものだった。


集落の薬師を務める、老齢のウサギ獣人は、長い耳をピンと立てて俺の話を聞いた。

彼の薬草に関する知識は豊富で、俺が知らなかった異世界の薬草について、詳しく教えてくれた。

彼の店には、様々な種類の乾燥薬草や、瓶詰めにされた液体などが並べられている。棚には、手書きの古びた書物も並んでおり、長年培われてきた知識の蓄積を感じさせた。


「この葉は“ミルナ”。神経を鎮める力があります。特に夜、眠れない時や、心が落ち着かない時に煎じて飲むと、心が安らぎ、穏やかな眠りにつけますよ。争いごとの多い世の中ですから、心の健康は何よりも大切です」

老薬師は、ミルナの葉を手に取り、優しく微笑みながら教えてくれた。ミルナの葉は、日本のカモミールやバレリアンといったハーブに似た効能があるらしい。

香りを嗅ぐと、確かに心が落ち着くような、甘く爽やかな香りがした。

俺はすぐにその葉の特徴をノートに記録し、いくつかサンプルを分けてもらった。


異世界の植物が、地球の植物と驚くほど似た効能を持っていることに、俺は改めて感動していた。

日本の漢方との共通点を見出すたびに、地球とこの異世界には、見えない繋がりがあるのではないかと感じた。

もしかしたら、過去に何らかの形で交流があったのかもしれない。


村人の中には、簡単な病気や怪我で困っている者もいた。

彼らは自前の知識で手当てをしていたが、限界があった。俺は、採取した薬草を使って簡単な薬湯を作ったり、傷口に消毒効果のある植物を塗ったりしてみた。

日本の漢方薬や民間療法に関する知識が、異世界でも驚くほど通用したのだ。


例えば、子供が熱を出した時には、冷却効果のある薬草と、日本の冷湿布の知識を応用して手当てをした。

高齢者の関節痛には、温湿布効果のある薬草とマッサージを施した。フランゼの人々は、俺の働きに心から感謝し、「癒しの手を持つ旅人」「緑の魔法使い」と呼んだ。

彼らの純粋な感謝の言葉は、俺にとって何よりも嬉しい報酬だった。彼らは俺を、異邦人ではなく、自分たちの一員のように温かく受け入れてくれた。


フランゼの集落で数日間滞在し、休息と情報収集を行った後、俺たちは再びラマンギナバック山脈を目指して出発した。

エルフ村長から教えてもらった地図と、トリムの案内を頼りに、山脈の奥地へと進んでいく。

しかし、カーニバスの国境に近づくにつれて、周囲の雰囲気は一変した。


穏やかな丘陵地帯から、岩がちで荒々しい土地へと変わり、植生もまばらになる。

空気は乾燥し、どこか緊張感を帯びてきた。

集落の様子も、フランゼのそれとは全く違っていた。家々はより頑丈に造られ、周囲には柵や見張り台が見える。


ここでは、ライオン獣人やオオカミ獣人、トラ獣人、クマ獣人といった肉食獣人たちが暮らしており、力と狩猟を尊ぶ文化が色濃かった。

彼らは強靭な肉体と、獲物を追う優れた能力を持っていた。外来者に対する彼らの視線は厳しく、警戒心がむき出しだった。

旅人、特に人間の姿を見ると、彼らはすぐに囲んで威圧的な態度を取った。彼らにとって、弱者は軽蔑の対象であり、力こそが全てなのだ。


集落に足を踏み入れた途端、数人の屈強な獣人が立ちはだかった。

彼らは全身に傷跡を持ち、鋭い眼光で俺たちを睨みつけている。

その体からは、鍛え上げられた肉体と、豊富な戦闘経験を持つ者特有の、鋭い気配が漂っていた。彼らの纏う雰囲気は、フランゼの人々とは全く違い、獲物を前にした肉食動物のような緊迫感があった。


「お前ら、人間か……こんな場所で何をしている。このカーニバスの地を通りたければ、“証”が必要だ」

そう言って現れたのが、この地域の獣人傭兵団「紅炎の刃」の団長・クルルだった。

大きな体躯に、威風堂々としたオオカミ獣人。

全身を鍛え上げており、その筋肉は鎧の上からもわかるほどだ。

顔には大きな傷跡があり、それが彼の歴戦の証であるかのように見える。


背中には、彼の代名詞でもある巨大な両手剣を背負っている。

彼は鋭い眼光で俺たちを見据え、まるで彼らの価値を試すかのように言った。

彼の声は低く、腹の底に響くような威圧感があった。

「この地を無事に通りたければ、力だけではない。お前たちが持つ“知恵”を見せてみろ。カーニバスの民は、弱き者、役に立たぬ者を認めない」

クルルの言葉は挑戦的だった。


彼の周囲には、紅炎の刃のメンバーらしき、屈強な獣人たちが控えている。

オオカミ獣人、ライオン獣人、クマ獣人…。

皆、油断なく俺たちを観察している。

ラスタはすぐに臨戦態勢に入り、警戒心を剥き出しにする。日紫喜部長と山部さんは緊張した面持ちで固まっていた。

トリムも警戒を緩めないが、クルルに対してどこか敬意を払っているようにも見えた。紅炎の刃は、この地域では広く知られた存在らしい。


体力や戦闘能力では、獣人の傭兵たちにはるかに劣る。

もし戦闘になれば、俺たちに勝ち目はないだろう。

だが、俺には彼らが持っていないものがある。

それは、薬草と食に関する知識だ。フランゼの人々を助けた経験が、俺に自信を与えてくれていた。

この「知恵」こそが、俺がこの世界で持つ武器なのだ。


俺は、クルルとその部下たちが、長旅や任務で疲労していることに気づいた。

彼らの体からは、激しい戦闘や運動による消耗の気配が感じられた。

彼らは常に体を酷使しているのだろう。

俺は、持っていた薬草と、集落で手に入れた食材を使って、即席の薬湯と栄養価の高い食事を用意することを提案した。


「クルル殿、そして皆様。我々の世界には、疲労回復や滋養強壮に効く植物がたくさんあります。それらを使った料理は、きっと皆様の力になるでしょう。力だけでなく、体を内側から整えることも、真の強さのためには重要です」

俺は、日本の薬膳の考え方を応用し、この世界の食材と、フランゼや道中で採取した薬草を組み合わせて、滋養強壮に効く薬膳スープと、体力を回復させるための、肉を使った栄養満点の料理を手際よく作り上げた。


集落にあった調理場を借りて、手際よく作業を進める。

ラスタがそばで警戒し、トリムが食材について補足してくれた。

異世界の食材の特性を理解し、それぞれの効能を最大限に引き出すように調理した。

例えば、消化を助ける効果のある薬草を肉料理に加えるとか、体を温める効果のある薬草をスープに使うとか。


紅炎の刃の傭兵たちがそれを口にすると、最初は戸惑っていたが、すぐにその美味しさと、飲んだ後の体の変化に気づいた。

彼らは、普段は獲物の肉を焼いて食べるか、簡単な煮込み料理しか食べていないのだろう。

俺の薬膳料理は、彼らにとって全く新しい味だった。

そして、みるみるうちに顔色が良くなり、体の怠さが和らぎ、力が湧いてくるのを感じたのだ。

彼らは驚きと同時に、俺の知識の確かさを認め、互いに顔を見合わせた。


「な…なんだこれは! 体が軽くなったぞ!」

「力が湧いてくる…! ただの飯じゃねえな!」

クルルも、一口スープを飲むと、その大きな目を丸くした。

「悪くない……いや、素晴らしいな。こんな料理、食べたことがない。お前の言う通り、体の内側から力が湧いてくるようだ。これは、戦士にとって何よりも価値のあるものだ」

クルルはそう言って豪快に笑った。


彼の目は、俺に対する警戒心から、明らかな興味と尊敬の念へと変わっていた。彼の力強い笑い声が、集落に響き渡る。

「お前の“知”も、立派な力だ。いや、我々の“力”にも劣らぬ、いや、あるいは凌駕する力かもしれん。力だけでは生き残れぬ、ということを、お前が身をもって示したな」

クルルはそう言って、俺に協力することを申し出た。

ラマンギナバック山脈は危険な場所であり、紅炎の刃も時折その周辺で任務にあたることがあるという。

彼らの力は、この先の険しい旅において、何よりも心強い味方となる。


「ラマンギナバックへ行くなら、我々も同行しよう。お前たちの護衛と、山での案内役を務める。我々にとっても、山の奥地は未知の部分が多い。お前の植物の知識は、きっと役に立つだろう」

クルルは、紅炎の刃のメンバー数名を同行させることを許可した。

オオカミ獣人のクルル団長。

弓の名手である鷹獣人のカーディフ。

そして、冷静沈着な魔法剣士のエルフ、オーサ。

彼らは単なる護衛ではなく、この旅を共に歩む、頼りになる仲間となった。


カーディフは鋭い眼差しを持ち、オーサは神秘的な雰囲気を纏っている。

彼らの加入は、俺たちの旅の成功の可能性を大きく高めてくれた。

カーニバスの国境地帯から、俺たちはアレスマの山間集落へと移動した。

景色は再び変わり、より緑豊かになったが、険しい山道は続く。


アレスマの集落は、山岳地帯の谷間に位置しており、周囲の自然と一体化するように造られている。

ここでは、イノシシ獣人やクマ獣人、タヌキ獣人、サル獣人といった、草も肉も食べる雑食の獣人たちが暮らしていた。

彼らは、三つの国の中で最も柔軟な思考を持ち、実利を重んじる現実主義者だった。彼らの集落は、山岳地帯の厳しい環境に適応するために、岩壁を利用した家や、地下倉庫など、様々な工夫が凝らされていた。


彼らは、新しいものや、自分たちの生活に役立つものに対して、非常にオープンな姿勢を持っていた。

アレスマの集落では、ちょうど食材交換の市が開かれていた。

各地から集まった商人や旅人が、珍しい山菜やキノコ、そして獲れたての獲物を並べている。

活気がありながらも、どこか落ち着いた雰囲気があった。


俺は、クルルたちの協力を得て、そこで手に入れた食材と、これまでの旅で採取した薬草を使って、即興で薬膳スープを振る舞った。

アレスマの人々は、新しいものや実用的なものに興味を持つ傾向がある。

薬膳料理は、彼らにとってまさに興味を引くものだった。


「このスープは、体を温めて免疫力を高める効果があります。特にこれからの寒い季節に備えるのに最適です。また、消化を助け、疲労回復にも良いですよ」

俺が説明すると、集まったアレスマの獣人たちは興味津々でスープを味わった。

その美味しさと、飲んだ後の体の温かさ、そして活力が増すような感覚に、彼らは大きな評判を呼んだ。

老若男女問わず、皆が笑顔でスープを飲み干していた。


「こりゃ美味い! しかも体が楽になる! 魔法のスープか!?」

「こんなスープ、初めて飲んだぞ! どうやって作るんだ!?」

アレスマの人々は、すぐに俺の薬膳料理の価値を認め、感謝してくれた。実利を重んじる彼らにとって、美味しくて体に良い料理は、何よりも魅力的なものだったのだ。

彼らは俺に、この地域の珍しい食材や、山に関する情報を提供してくれた。彼らとの交流は、非常にスムーズで、心地よかった。

彼らの柔軟な考え方は、俺自身の視野を広げてくれた。


こうして、三つの獣人の国でそれぞれの文化に触れ、自身の知識と誠実さで信頼を得た俺は、旅の仲間である日紫喜部長、山部さんご夫婦、ラスタ、トリム、そして新たに加わった紅炎の刃のメンバーと共に、一歩ずつラマンギナバック山脈の核心へと近づいていった。

それぞれの場所で、俺の薬草知識や料理の腕が、人々の役に立ち、彼らとの間に繋がりを生み出した。

それは、単なるビジネスや取引ではなく、心と心の通い合いだった。


その中で俺は確信する——自分がこの異世界で果たす役割は、単に幻の花『ファンタージア』を探すことだけではない。

異なる種族、異なる文化、異なる価値観を持つ人々との間に立ち、自身の知識と経験を活かして、彼らをつなぐ架け橋となること。

食や健康、植物といった、万国共通のテーマを通じて、人々と心を通わせることこそ、自分がこの世界に呼ばれた意味なのかもしれない。

地球での仕事も、人々の健康に貢献することだった。

形は変われど、今、異世界でも同じことをしている。それは、俺にとって、大きな喜びであり、生きがいとなっていた。


かつては会社の命令で始めた旅が、今では自分自身の意志と、この世界の人々との繋がりによって、全く新しい意味を持ち始めていた。

俺はもはや、ただの「独身サラリーマン」ではない。

この異世界で生き、人々と関わり、彼らの役に立つことができる存在なのだ。

そして、この異世界で築き上げた、かけがえのない仲間たちとの絆。

それこそが、俺がこの旅で得た、最も大きな宝物なのかもしれない。

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