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最終章:決意と新たな人生

地球への帰還を選ばず、異世界で生きていくことを決めた俺、植良侑神は、ケモリーナ村に留まることを選択した。

管理局の職員たちは、俺の決断に驚きつつも、新たな転移装置で地球へ帰還していった。


日紫喜部長と山部さんご夫婦も、俺の意思を尊重し、別れを告げて帰還した。

山部さんご夫婦は、地球に残した家族の元へ帰れることに安堵しながらも、俺を異世界に残していくことに心を痛めているようだった。

日紫喜部長は、最後まで俺の決断を理解しきれていないようだったが、何かを言い募ることはなかった。


彼らに別れを告げた後、俺は一人、ケモリーナ村に立った。

日本での過去を背に、異世界での未来へと向き合う覚悟を決めて。

ケモリーナ村は、アレスマの山間にある、穏やかな村だった。

ここでは、イノシシ獣人やクマ獣人といった雑食の獣人たちが、自然と共に暮らしている。


村長の許可を得て、俺は村の片隅にある、古いが手入れすれば住めそうな木造の家を借りた。

簡素な家だったが、窓からは緑豊かな山並みが見え、澄んだ空気が流れ込んでくる。

村の近くには、手入れされずに放棄されていた畑があった。

かつては村の重要な食料源だったらしいが、人手不足や魔物の影響で荒れてしまったという。


俺は村人たちに相談し、彼らの協力を得てその畑を整備することにした。

雑草を取り除き、石を拾い、土を耕す。

村人たちは、異世界から来た、薬草に詳しい人間が自分たちの村に定住することを最初は不思議がっていたが、俺が畑仕事を手伝い、薬草知識で彼らの病気や怪我の手当てをするうちに、すぐに俺を受け入れてくれた。


彼らは、俺を異邦人としてではなく、新しい村人として温かく迎えてくれた。

彼らの温かい人柄に触れ、俺は再び「居場所」を見つけたように感じた。

ミシラニィ島での経験が、この村での生活の助けとなった。


整備した畑を「癒しの庭園」と名付け、俺は本格的に薬草の栽培と研究を始めた。

ラマンギナバック山脈や、これまでの旅で採取した珍しい植物の種や苗を植える。

エルフ村長から教えてもらった知識や、トリムから聞いた山野草の情報も参考にしながら、この土地の気候や土壌に合った薬草を選び、栽培する。


地球の薬草知識と異世界の植物の知識を組み合わせ、どのようにすれば薬効を最大限に引き出せるか、どのような病気に効く薬が作れるか、日々研究に没頭した。

それは、単なる会社の業務としてではなく、純粋な知的好奇心と、人々の役に立ちたいという思いからくるものだった。


村人たちも、俺の活動に興味を示し、手伝ってくれた。

彼らは、俺が地球の農業技術や、植物の育て方について話すのを熱心に聞いた。

俺は、彼らに日本の簡単な料理や、薬草を使った民間療法なども教えた。

子供たちには、地球の遊びや日本の歌を教えたりもした。

異世界の子供たちは、地球の歌をすぐに覚えて、楽しそうに歌った。

彼らの純粋な笑顔を見ていると、心が和んだ。


ミシラニィ島にいるニトたちとの交流も続いていた。

本土と島を行き来する行商人が、俺の様子を知らせてくれたり、手紙を運んでくれたりするのだ。

手紙には、ミシラニィ島の人々が俺の新たな生活を応援していると綴られていた。

ニトは、バーで俺が教えてあげた簡単な日本のつまみ料理をメニューに加え、それが評判になっていると書いていた。


ドリアクも、俺の研究に役立ちそうな新しい薬具を作り始めたらしい。

ドワーフのシーボスは、癒しの庭園で使える、頑丈で使いやすい特別な鋤や鍬を鍛えてくれたという。

島の人々も、遠く離れた場所から、俺を応援してくれている。俺は、彼らとの繋がりを決して忘れることはなかった。


俺の薬膳料理と治療知識は、徐々にケモリーナ村だけでなく、周辺地域にも広まり始めた。

ラマンギナバック山脈の麓にあるアレスマの集落や、さらに遠くの村からも、俺の元を訪れて、薬草や病気について相談する人が増えた。

獣人たちとの文化交流も、俺の活動を通じて進んでいった。

草食獣人には体に優しい薬膳を、肉食獣人には滋養強壮の薬膳を、雑食獣人にはバランスの取れた薬膳を。

それぞれの種族の食文化や体質に合わせてアレンジすることで、俺の薬膳は広く受け入れられた。


日本の食文化や健康に関する知識と、異世界の豊かな自然と風土が交わることで、独特の調和が生まれた。

それは、俺がかつて望んでいた「異なる価値観の架け橋」となることの、一つの形だった。

「侑神さんのスープを飲むと、体の調子が良いんだ!」

「この塗り薬は、傷の治りが本当に早い!」

「病気が治ったよ、ありがとう!」

感謝の言葉を聞くたびに、俺は異世界に留まるという自身の選択が間違っていなかったことを確信した。


地球でのサラリーマン生活では決して得られなかった、直接的な感謝と、誰かの役に立っているという実感。

それが、俺にとって何よりの宝物だった。

俺は、この異世界で、自分自身の力で、確かな価値を生み出している。


月日が流れ、ケモリーナ村での生活が二年目を迎えようとしていた、ある穏やかな日。

癒しの庭園で、村人たちと薬草の収穫作業をしていると、村に一台の見慣れぬ馬車が現れた。

その馬車からは、見慣れた、しかしどこか懐かしい顔が降りてきた。

「日本から来た……? まさか……」


そこにいたのは、かつて共に異世界へ渡った仲間たちの姿だった。

一般参加で来ていた宇敷一家(子供たちは少し背が伸びていた)、調査員の山部与明さんとその妻・千映さん、そして——日紫喜部長。

彼らは、地球に帰還した後も俺のことを気にかけてくれていたらしい。

新たな転移装置が安定稼働し、比較的安全に異世界へ渡れるようになった機会に、彼らは再びメレディへ来たのだという。

心配して、そしておそらく、俺が異世界でどのような生活を送っているのか、好奇心から。


「植良くん…! いや、植良さん! あなた…本当にこんな場所で…!」

山部さんが駆け寄ってきて、感動したような顔で俺の手を握った。

千映さんも目に涙を浮かべている。

宇敷さん一家も、俺が無事だったことに安堵しているようだった。

子供たちは、俺の家の周りに広がる癒しの庭園に目を丸くしている。


そして、日紫喜部長が、俺の前に立った。

彼の顔には、驚きと、呆れと、そしてどこか理解不能なものを見るような複雑な表情が浮かんでいた。

「まったくだな、植良くん。君というやつは、一体こんな場所で何をやってるんだね。日本の、あの安定した生活を捨てて、こんな…」

部長は、呆れたような口調で言ったが、その表情には、ミシラニィ島やラマンギナバック山脈での経験を経て、どこか角が取れたような、人間的な丸みが加わっていた。


彼は、もはや以前のような、自分の出世や会社の利益だけを追求するような人間ではなかった。

そして、俺の異世界での生活を見て、彼の顔に浮かんだのは、呆れだけではなかった。

そこには、俺の選択に対する、かすかな尊敬のようなものも見て取れた。彼は、俺がこの異世界で築き上げたもの…癒しの庭園、村人との絆、そして俺自身の変化…を目の当たりにし、何かを感じ取っているようだった。


新たな訪問者たちとともに、俺はケモリーナ村での生活を紹介した。

癒しの庭園を案内し、村人たちを紹介した。

村人たちは、日本から来た俺の仲間たちを温かく迎えてくれた。

そして、庭園で採れた薬草を使った、この世界と日本の食文化を融合させた薬膳料理をふるまった。


山部さんたちや宇敷さん一家は、俺が異世界で築き上げた新しい人生に、驚きと同時に深く感銘を受けているようだった。

「まさか、植良さんがこんな生活を送っているなんて…」

「日本にいた時より、ずっと生き生きしているように見えます」

彼らの言葉は、俺の心に染み渡った。

日紫喜部長も、俺が村人たちからどれほど信頼され、必要とされているかを目の当たりにし、言葉を失っていた。


彼は、俺に『ファンタージア』について尋ねたが、俺は神域での出来事や、『ファンタージア』の真の力について、彼に話すことはなかった。

『ファンタージア』は、もう会社のためのものではない。

彼らとの再会は、俺にとって、地球での過去と、異世界での現在を確認する機会となった。


異世界は、もはや俺にとって、単なる「出張先」ではなかった。

それは、俺が根を下ろし、自分自身の力で築き上げた、「居場所」になったのだ。

地球での人生も、異世界での人生も、どちらも自分自身の人生だ。

しかし、ここで見つけた生きがいは、日本にいた頃には感じられなかった、特別で、かけがえのないものだった。


彼らが帰還する日、日紫喜部長は俺に言った。

「君の席は、ヘルス・フロンティアにいつでも空けておくつもりだ。もし、この生活に疲れたり、気が変わったら、いつでも戻ってこい。今回の『ファンタージア』の件は…色々とあったが、君の功績は認める。昇進の話も、まだ有効だ」

その言葉に、俺は感謝しつつも、ケモリーナ村に留まることを改めて伝えた。部長は複雑な表情をしたが、最後は静かに頷いた。

彼の顔には、諦めと、そしてどこか安堵したような色が見えた。


もしかしたら彼は、俺が日本に戻ってこなかった方が、彼の責任問題がややこしくならずに済む、と考えたのかもしれない。

あるいは、俺がこの異世界で幸せそうにしているのを見て、純粋に安堵したのかもしれない。

山部さんたちや宇敷さん一家は、俺との別れを惜しんでくれた。

「お元気で!」

「また会いに来ますね!」

彼らの温かい言葉に、俺は力強く頷いた。

彼らとの絆は、異世界の地にあっても、決して色褪せることはないだろう。


彼らが乗った馬車が村を離れていくのを見送った後、俺は再び癒しの庭園に戻った。

夕暮れが迫り、空の色が変わり始めている。

一人になったが、孤独ではなかった。

村人たちがいる。そして、この土地がある。

夜空を見上げると、ラマンギナバック山脈で見た時と同じように、幾千もの星々が煌めいていた。


その一つひとつが、俺が日本での安定した生活を捨てて、この異世界で生きることを選んだ、その決意の輝きのように感じられた。

もう、迷いはなかった。

社畜として日々に埋もれていた過去は、もう遠い。

俺は今、この異世界で、自分自身の人生を生きている。


そして今、癒しの庭園の隅に、小さな芽が顔を出した。

それは、ラマンギナの神域で手に入れた、『ファンタージア』の種だった。

あの戦いの後、俺は『ファンタージア』から種を採取し、大切に持っていたのだ。


この癒しの庭園で、この世界の土壌で、この世界の太陽の光を浴びて、『ファンタージア』は枯れることなく、新しい命を芽吹かせた。

力強く、天に向かって伸びようとしている。

それは、『ファンタージア』がこの世界に根を下ろすこと、そして、俺自身がこの異世界に根を下ろし、新たな人生を歩み始めたことの象徴のように見えた。


この花が再び咲く頃、きっとまた新しい物語が始まるだろう。

『ファンタージア』の持つ「世界を癒す力」や「人の願いを叶える力」が、この異世界にどのような変化をもたらすのか。

そして、異世界人となった植良侑神は、これからどのような人生を歩んでいくのか。

癒しの庭園で育てた薬草で、多くの人々を癒やすことができるかもしれない。

『ファンタージア』の力を使って、この世界の何かを変えることになるかもしれない。可能性は無限大だ。


俺の旅は、まだ終わらない。

地球での人生を終え、異世界で再出発した俺の物語は、まだ始まったばかりなのだ。

社畜から異世界人へ。

それは、失われた帰還が生んだ、予期せぬ、しかし素晴らしい人生の転換だった。


(完)

この度、『独身サラリーマン出張で異世界へ 〜取り残されたので異世界人になってみた〜』を無事、書き終えることができました。

物語は、平凡な社畜サラリーマンだった植良侑神が、突然異世界に放り出されることから始まります。当初は会社の命令、そして予期せぬ事故による受動的な旅でしたが、ミシラニィ島での孤立、様々な種族との出会い、そして過酷な山脈での試練を経て、彼は異世界での「生きがい」を見つけていきます。

この物語で描きたかったのは、「居場所は自分で見つけるものだ」ということです。

安定した日本の日常に漠然とした閉塞感を抱えていた主人公が、異世界という予測不能な環境で、自身の知識や経験、そして誠実さで人々と繋がり、必要とされ、感謝されることの喜びを知る。

それは、会社という組織の中では決して得られなかった、彼自身の存在価値の発見でした。

多様な獣人たち、エルフ、ドワーフ、竜族といった異種族を描くのは楽しい作業でした。

彼らの異なる文化や価値観に触れ、時にぶつかり合いながらも、互いを理解し、助け合う姿を通じて、異文化交流の可能性を描けたならば幸いです。

日紫喜部長や山部さんご夫婦といった、地球から来た仲間たちの変化も、異世界という環境がもたらす人間ドラマとして重要な要素でした。

ファンタジー世界でありながら、薬草や薬膳といった現実的な知識が重要な役割を果たす点も、本作の特徴です。

主人公が持つ地味なスキルが、異世界で輝きを放つ。そんな逆転劇にも、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しい限りです。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

皆様の日常に、少しでも異世界の風を届けられたならば、筆者としてこれ以上の喜びはありません。

[麦藁まる緒&ウルス]

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