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第7章:自分探しの終着点

ラマンギナの神域に現れた黒装束の魔術師たちと、彼らに率いられた謎の獣人たちとの戦いは、想像以上に激しいものとなった。

彼らの目的は明確だった。神域に張り巡らされた聖なる結界を破壊し、『ファンタージア』の持つ膨大な魔力、あるいはそれを増幅させる力を奪うこと。

闇の魔法が容赦なく放たれ、神域に満ちる光と衝突し、空間が歪む。

神聖な静寂は破られ、代わりに破壊と混沌の音が響き渡った。


竜族のラスタは、その強靭な体と、炎のブレスで敵を一掃しようと奮戦した。

彼の咆哮が山に響き渡り、その圧倒的な力は敵を怯ませる。

彼は文字通り、俺たちの壁となって敵の猛攻を受け止めた。


紅炎の刃のメンバーも、それぞれの得意なスキルを最大限に活かして戦った。

狼獣人のクルルは巨大な両手剣を振るい、魔術師たちが作り出した闇の結界を物理的な力で打ち破ろうとする。

鷹獣人のカーディフは、上空から正確無比な矢を放ち、魔術師たちの詠唱を妨害したり、謎の獣人の急所を狙ったりする。

エルフのオーサは、その魔力を解放し、攻撃魔法と防御魔法を使い分けながら仲間を支援した。

彼女の放つ光の魔法は、魔術師たちの闇の魔法を打ち消す効果があった。


しかし、敵の数は多く、その連携魔法は洗練されており、俺たちは次第に追い詰められていった。

謎の獣人たちも、訓練された兵士のように統率が取れており、個々の力は紅炎の刃に劣るかもしれないが、数と連携で押し込んでくる。

俺もまた、傍観しているわけにはいかなかった。


激しい戦闘によって、傭兵団やラスタに負傷者が出始めたのだ。

岩竜との戦いを凌いだばかりの体には堪えるダメージだ。

彼らは、俺たちのために戦ってくれている。俺ができることは、彼らをサポートすることだ。

俺は急いで持っていた薬草を取り出し、即席の治療薬を調合し、負傷者の応急手当に奔走した。止血効果のある薬草を傷口に塗り込み、痛み止めの薬湯を飲ませる。

疲労困憊の仲間には、滋養強壮に効く薬草を勧めた。俺の薬草知識は、戦闘における回復役として、この局面で大きな力を発揮した。


魔術師たちが作り出す闇の魔法には、神域周辺に自生する特定の植物が持つ「光」の力で対抗できることを、エルフの村長から借りた古文書で学んでいたのだ。

俺は危険を顧みず、戦闘の合間を縫って、結界周辺に自生する薬草の中から、闇の魔法を中和する効果を持つものを見つけ出し、素早くすり潰して、即席の散布剤を作った。


「クルル殿! カーディフさん! これを奴らに投げてください! 闇の魔法の威力を弱めるはずです!」

俺の指示に従い、紅炎の刃のメンバーがそれを敵に投げつけると、黒い魔法の光が一時的に弱まった。

また、魔術師たちが視覚を頼りにしていることに気づくと、俺は特定の植物の根を燃やして、濃い煙幕を作り出した。

それは、単なる煙ではなく、特定の成分を含む植物を燃やすことで、魔術師の視覚や魔力探知を妨害する効果があった。

トリムが、その植物の場所を知っていたことも助けになった。


山部与明さんも、日紫喜部長と共に洞窟の奥で身を隠していたが、俺の指示に従い、薬草を運んだり、簡単な手伝いをしたりしてくれた。

日紫喜部長は、この非現実的な状況に完全に圧倒されていたが、俺や仲間たちが必死に戦っている姿を見て、その顔からパニックの色が消え、真剣な、そして少しの畏敬の念のようなものが浮かんでいた。

彼は、もはや会社の部長ではなく、ただ一人の人間として、この極限状況を体験していた。


しかし、敵の攻撃は容赦なく、聖なる結界は次第に弱まっていった。ヒビが入り、光が点滅する。

今にも砕け散りそうだ。

このままでは、結界が破られ、『ファンタージア』の力が奪われてしまう。

そうなれば、この神域だけでなく、この山脈、そしてこの世界のバランスが崩れてしまうかもしれない。


エルフ村長から聞いた、『ファンタージア』が持つ「世界を癒す力」は、単なる伝説ではないのかもしれない。

「ここで終わらせるわけにはいかない!」

俺は歯を食いしばった。

『ファンタージア』は、単なる植物ではない。

この世界の神秘であり、多くの命が関わっている。

そして何より、この旅を通じて、自分が見つけかけた“何か”の象徴だ。


かつて会社の命令で始まったこの旅が、今では自分自身の意志と、この世界の人々との繋がりによって、護るべきものを見つけた旅へと変わっていた。

この神聖な場所を、悪しき力に渡してはならない。


俺は、エルフのオーサに声をかけた。

オーサは魔法剣士であり、エルフ族の中でも特に魔力の扱いが得意だった。

彼女の顔には疲労の色が濃いが、その瞳には強い意志が宿っている。

「オーサさん! あなたの魔力と、僕の調合したこの薬草を組み合わせれば、結界を回復させられるかもしれません!」


俺は、エルフの村長から借りた古文書に記されていた、神域の結界を維持するための古代の儀式と、特定の薬草の組み合わせに関する記述を思い出していた。

それは、膨大な魔力と、強力な「再生」の力を持つ植物の組み合わせが必要な、非常に難易度の高い儀式だった。

しかし、今はそれを試すしかない。


エルフ村長から授かった「再生薬草」は、神域に自生する植物の中でも特に強い生命力を持っていると書かれていた。

オーサは俺の言葉を信じ、迷わず自らの魔力を解放した。

彼女の体から、森のような、あるいは生命そのもののような、淡い緑色の光が溢れ出す。

その光は、弱まった結界と呼応するように輝きを増していく。


俺は、神域に自生する「再生薬草」を、素早くすり潰し、オーサの魔力と混ぜ合わせた。

薬草と魔力が混ざり合った瞬間に放たれた光は、太陽のように明るく、温かかった。

二つの力が合わさった瞬間、奇跡が起きた。


混ぜ合わせた薬草と魔力が、淡い緑色の光を放ちながら、弱まった結界へと吸い込まれていく。

ヒビが入っていた結界は、まるで時間を巻き戻すかのように修復され、光を失いかけていた輝きを取り戻していく。

結界は、再び強固になり、魔術師たちの闇の魔法を弾き返した。


予想外の抵抗に、黒装束の魔術師たちは動揺した。

結界が回復したことで、彼らの闇の魔法は効果を失いつつあった。

彼らは、これほど迅速に結界が回復するとは予想していなかったのだろう。計画が狂い始めている。


「撤退だ! 今回はここまでだ! 報告は後だ!」

リーダーらしき魔術師が悔しそうに叫び、彼らは再び転移魔法陣を使って、この場から姿を消した。

謎の獣人たちも、彼らに続いて撤退していった。

彼らの目的は、『ファンタージア』の力そのものであり、正面から神域を守る者たちを打ち破る、あるいは結界を破壊する準備はできていなかったようだ。


彼らは何らかの組織に属しており、『ファンタージア』の力を利用して何かを企んでいるのだろう。

その詳細は分からないが、彼らは再び現れる可能性がある。

山頂には、再び静寂が戻った。

荒れた地面と、倒れた岩竜の巨体、そして戦いの傷跡が、激しい戦いの余韻を物語っている。


しかし、『ファンタージア』の周囲の結界は、再び輝きを取り戻し、花は無傷だった。

俺たちは皆、激しい疲労を感じながらも、安堵のため息をついた。

ラスタは深々と息を吐き、クルルは剣を下ろし、カーディフは弓を下ろした。オーサは魔力の消耗が激しいようだった。


山部さんご夫婦は、恐怖から解放された安堵の表情を浮かべていた。

日紫喜部長は、何が起こったのか、まだ完全に理解できていないようだったが、ただ呆然と立ち尽くしている。


俺は、神域の中央へ歩み寄り、エルフの村長から教えられた通りに、敬意を払いつつ、慎重に『ファンタージア』を摘み取った。

その花は、まるで俺の選択を祝福するかのように、柔らかく、温かい光を放っていた。

手に持つと、微かな振動が伝わってくるようだ。


達成感と、この神秘的な花に対する深い畏敬の念が入り混じっていた。

これで、会社の任務は果たせたことになる。

『ファンタージア』という、地球には存在しない幻の花。

これを持って帰れば、日紫喜部長も満足するだろう。そして、地球への帰還の道が開かれるかもしれない。

だが、それは、今の俺にとって、以前ほど重要なことではなくなっていた。


戦いの後、クルル率いる紅炎の刃のメンバーと別れを告げた。

彼らは、俺たちの安全を確保し、山岳地帯の入り口まで護衛してくれたのだ。

クルル、カーディフ、オーサ。

彼らとの共闘は、俺にとって忘れられない経験となった。

共に危険を乗り越え、命を預け合った仲間だ。


「植良、お前は面白え奴だ。賢者の知恵と、それを恐れず使う勇気を持ってる。またどこかで会えるかもしれねぇな」

クルルはそう言って、力強く俺の手を握った。

彼の大きな手から、確かな友情を感じた。

カーディフは静かに頷き、「貴殿の弓の腕前も大したものだ」と俺が言うと、わずかに微笑んだ。

オーサは優しい笑みを浮かべ、「貴方の魔法薬と私の魔力が合わさって、結界は救われました。感謝します」と言ってくれた。


彼らとの出会いも、俺にとってかけがえのないものとなった。

獣人やエルフといった異種族との間に、確かな絆が芽生えた。

彼らこそ、俺がこの異世界で得た、何よりの宝物だ。


山を下りた俺たちは、トリムの案内で、来た道を戻り、アレスマの集落へと向かった。

疲労困憊だったが、『ファンタージア』を手に入れたこと、そして困難な戦いを仲間と共に乗り越えた達成感で、俺たちの表情は充実していた。

日紫喜部長も、すっかり覇気を失っていたが、『ファンタージア』を見て、かすかに生気が戻ったようだった。


これで会社に報告できる、という安堵感が彼の顔に浮かんでいる。

山部さんご夫婦も、無事に山を下りられたことに安堵していた。

彼らは、改めて俺に感謝の言葉を伝えてくれた。

ラスタも、無事に任務を果たせたことに安堵していた。


アレスマで休息を取っていた彼らの元に、思いがけない連絡が届いた。

ケモリーナ村に、地球から来た者たちがいるというのだ。

しかも、彼らは新しい転移装置を持っているという。

アレスマの住民が、情報を聞きつけて知らせてくれたのだ。


慌てて村に向かうと、そこに待っていたのは、地球政府からの連絡だった。

管理局の職員と、見慣れない技術者たちがいた。

彼らによれば、トランジット・ポートでの事故の後、地球側は原因究明と新たな転移装置の開発を急ピッチで進めていたらしい。

そして、ついに安定した異世界間転移を可能にする、改良された転移装置が完成したのだという。


「植良様、日紫喜部長、山部様。新たな転移装置が完成しました。帰還が可能になりました。地球へ戻られますか?」

信じられない知らせだった。

ミシラニィ島に取り残されてから、どれほどの月日が経っただろうか。

不安と困難の連続だった日々。

それが、突然、終わりを告げられたのだ。

地球に帰れる。故郷に戻れるのだ。

家族や友人に会える。元の生活に戻れる。


「……帰れる、のか」俺は呟いた。

その声には、安堵とも、戸惑いともつかない感情が混じっていた。

隣では、日紫喜部長が歓喜の声を上げている。

最所課長は結局見つからなかったらしいが、今はそれどころではないのだろう。


山部さんご夫婦も、安堵したような、そして少し寂しそうな表情を浮かべていた。

彼らにとっては、地球への帰還が何よりも重要な目的だった。

彼らはすぐにでも帰還したいという意思を示した。


日本での生活。会社での仕事。安定した給料。便利で快適な日常。安全で整った社会——それは確かに魅力的な響きだった。

予測可能で、リスクが少なく、保障された生活。家族や友人、慣れ親しんだ環境。

だが、この異世界に来てから、俺の人生は大きく変わった。


ミシラニィ島で、自分の知識で人々を助ける喜びを知った。

旅を通じて、様々な種族の人々と出会い、文化を学び、友情を築いた。

危険な状況でも、仲間と協力して乗り越える力を得た。

自分の知識が、この世界で必要とされていることを実感した。

命の重みを感じ、感謝の言葉をもらい、自分の存在が誰かの役に立っている。それは、日本にいた頃には感じられなかった、強烈な生きがいだった。


俺は、日本のサラリーマンとして、どこか自分の人生を傍観しているような感覚を持っていた。

会社の歯車の一つとして、代わりはいくらでもいる。

そんな風に思っていた。

だが、この異世界で、俺は自分自身の意思で行動し、誰かの助けになり、かけがえのない仲間と出会った。

俺の知識は、この世界では価値があり、必要とされている。


夜、ケモリーナ村近くの丘に一人座り、満天の星空を見上げた。

異世界の星は、地球のものよりも大きく、輝いているように見えた。

ラマンギナの神域で見た星と同じだ。

手に持った『ファンタージア』が、淡い光を放っている。

この花は、俺がこの世界で成し遂げたこと、そして見つけかけた新しい自分自身の象徴のように思えた。


ノートを開き、これまでの旅で記した記録を眺めた。

ミシラニィ島の温かい人々、ハジュメティシティの賑わい、フランゼの穏やかな薬師たち、カーニバスの屈強な傭兵団、アレスマの柔軟な人々。

そして、共に旅をした仲間たち。

ラスタ、トリム、クルル、カーディフ、オーサ。彼らとの絆は、何よりも大切な宝物だ。


日本に帰れば、またサラリーマンに戻るのだろう。

今回の異世界での経験は、きっと「面白い出張体験」として語られるのだろう。

『ファンタージア』の研究で、もしかしたら少しは会社での立場が良くなるかもしれない。

だが、またあの淀んだ空気のオフィスに戻り、代わり映えのしない日常が始まる。本当に、それで良いのだろうか。


この異世界で、俺は新しい自分を見つけ始めた。

誰かの役に立ち、感謝され、生きている実感を得た。

それは、日本にいた頃には感じられなかったものだ。

危険もあるが、自由もある。不便もあるが、豊かな自然と温かい人々がいる。俺は、この世界に魅せられていた。

「俺は……帰らない」

そう呟いた声は、誰に聞かせるでもなく、彼自身の中で強く響いた。

迷いは消え、清々しい気持ちになった。


「ここで生きていく」

決意だった。

それは、会社からの「出張命令」で始まった旅では、もうない。

これは、自分自身が選び取った場所だ。

この異世界で、自分の力で立ち、生きていく。

ミシラニィ島の人々、旅で出会った仲間たち、そして『ファンタージア』が示す可能性。それらすべてが、俺の背中を押していた。


かつては「独身サラリーマン」として、決められた枠の中で生きていた。

だが今、俺は異世界で、自分自身の人生を切り開こうとしている。

誰の指示でもなく、誰かの期待に応えるためでもなく、自分自身の意思で。


異世界の地に根を下ろす決意を胸に、植良侑神は新たな一歩を踏み出した——。

それは、サラリーマンとしての終わりであり、異世界人としての新たな人生の始まりだった。

地球での過去を断ち切り、この世界で未来を築いていく。

その覚悟が、彼の全身を駆け巡った。

彼の「自分探し」は、この異世界で、ようやく終着点に辿り着いたのだ。

そして、その終着点は、新たな始まりでもあった。

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