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序章:社畜サラリーマン、異世界出張を命じられる

初めて長編?中編?を描いてみました。。。。(^^;;

最後までお付き合いいただけたら幸いです。



<あらすじ>

独身サラリーマンの植良侑神(35)は、会社の異世界出張で未知の世界へ。しかし、古い魔法陣の暴走により孤島ミシラニィ島に取り残される。薬草知識を活かして島民の信頼を得た彼は、幻の花「『ファンタージア』」の情報を元に本土への旅を決意。

旅の途中、竜族のラスタ、獣人のトリム、傭兵団「紅炎の刃」ら多様な仲間と出会い、険しい山脈踏破や魔物、謎の敵との戦いを乗り越え、絆を深める。『ファンタージア』を発見した直後、地球への帰還が可能になったという報せが届く。

安定した地球の生活か、異世界で得た生きがいと仲間との絆か。葛藤の末、侑神は異世界で生きていくことを選択。ケモリーナ村に定住し、癒しの庭園で薬草の研究と普及に励む。かつての同僚との再会も経て、異世界に自身の居場所を築き、新たな人生を歩み始める物語。

チープな合成皮革の軋む音と、淀んだ空気。

蛍光灯の白すぎる光が、等間隔に並べられた灰色のスチールデスクを無感情に照らし出す。

それが俺、植良侑神うえらゆうじんの日常が凝縮されたオフィスという空間だった。


キーボードを叩く無機質な音だけが響き、時折、誰かのくたびれた溜息が、その単調なリズムを破る。

壁の時計が示すのは、今日もまた代わり映えのしない午後3時。

定時まであと2時間。

この時間になると、オフィス全体の空気はさらに重くなる。

集中力は切れかかり、誰もが早くここから解放されたいという思いを顔に貼り付けているかのようだ。


「植良くん、これ、例のハーブティーの試作品、評価シートと一緒に部長に上げといて。ああ、あとこっちの資料も明日の会議までに10部コピー頼む」

隣の席の先輩、山田さんが、どさりと書類の束を俺のデスクに置く。

彼は入社十年目だが、特に昇進するでもなく、ただただ与えられた仕事をこなす典型的なサラリーマンだ。

その顔には、長年この澱んだ空気を吸い続けた者特有の、諦めと疲労が貼り付いている。


書類の山の上には、俺が開発に関わった『安らぎカモミールブレンド(仮)』の試供品パックが、まるで取るに足らないもののように遠慮がちに載っていた。

俺は製薬会社……とは名ばかりの、健康食品やサプリメント、そしてハーブティーを主力商品とする中小企業『ヘルス・フロンティア』の研究開発部に所属している。


とはいっても、主な業務は、他社がヒットさせた商品の成分を少しだけ変えて出すとか、パッケージをリニューアルするとか、あるいはコスト削減のために成分を微調整するとか、そういった既存商品のマイナーチェンジや、他社の後追い企画ばかりだ。

真新しいアイデアや、革新的な研究開発など、この部署ではほとんど行われていない。

予算は常に削られ、新しい設備投資などもってのほかだった。


それでも、俺にはささやかな専門分野があった。

薬草コーディネーターの資格。

そして、それ以上に、幼い頃から培ってきた、自然の中に自生する植物、特に薬効を持つ植物に関する知識と情熱だ。

父親が熱心な山歩き愛好家で、週末になるとよく、俺を連れて地元の里山や、時には少し遠くの山まで出かけた。

子供の頃の俺にとって、山はただただ広い場所で、虫や動物がたくさんいる、少し怖いけれど面白い遊び場だった。


父はそこで、様々な野草の見分け方を教えてくれた。

「この草は食べられる。この草は触るとかゆくなる毒がある。そして、この草は腹痛に効くんだ」と、実物を見せながら教えてくれるのだ。

時には、山で獲ったウサギや鳥を捌く様子を見せられたこともあった。

最初は生き物の命を奪うことに抵抗があったが、父は「自然の中で生きるということは、命をいただくということだ」と静かに教えてくれた。

それは、俺の中に深く刻まれた、自然の中で生きるための知恵となった。


特に興味を持ったのが、様々な効能を持つ野草…薬草の世界だった。

父から教わった知識を基に、自分で図鑑を読んだり、実際に山に入って植物を探したりするのが好きになった。

大学で農学部に進み、薬用植物学を専門に学び、その知識を深めた。

気づけば、薬草コーディネーターなんて資格まで取っていた。

それは、いつか自分の知識を活かして、人々の健康に貢献できるような仕事に就きたい、という漠然とした思いがあったからかもしれない。


今の部署では、その薬草に関する知識を活かしてハーブティーや薬膳料理の開発に携わっている。

まあ、開発といっても、市場調査の結果が全てで、消費者のニーズに合致するかどうかが最も重視される。

だから、「こういう薬草にはこういう効能があるから、こういうブレンドにしたら体に良い」という俺の提案よりも、「最近流行りの成分は何か」「競合他社が売れている商品は何か」といったことが優先される。


本当に作りたいもの、自分が良いと信じるものを作れるわけじゃない。

それでも、自分がブレンドに関わったハーブティーが商品化され、スーパーやドラッグストアの棚に並び、誰かの手に渡るかもしれない、そう思うと少しだけやりがいを感じられた。ほんの少しだけ、だけど。

「……はい、分かりました」

内心の小さな抵抗を悟られないように、作り笑顔を貼り付け、山田さんから書類の束を受け取る。


書類の重さが、そのまま俺の日常の重さのように感じられた。

この会社という大きな歯車の中で、俺の個人的な感情や情熱は意味をなさない。

俺はただの社畜だ。

与えられた業務をこなし、月に一度の給料日に安堵する。

それでいい、と半ば諦めている自分がいる。

単調な毎日、刺激のない仕事。

それでも安定した給料と、週末の、あるいは有給を取れたとしても年に数日の休みがあれば、まあ良しとしなければ。

そう自分に言い聞かせる日々だった。


そんな諦観に満ちた、灰色のような日常が、突如として、そして文字通り異次元から破られることになるとは、この時の俺は知る由もなかった。

午後4時を過ぎた頃、デスクワークに集中していると、後ろから声をかけられた。

「植良くん、ちょっといいかな? 部長がお呼びだ。至急、部長室に来てくれ」

俺を呼んだのは、直属の上司である最所さいしょ課長だった。


彼はいつも細いフレームの眼鏡の奥で、何かに怯えているような、それでいて計算高い光を宿した目をしている。

神経質そうな男で、自分の保身を第一に考えるタイプだ。声のトーンも、いつもより少しだけ硬い気がした。

「は、はい。なんでしょうか?」

「さあ? 僕も詳しくは聞いていないんだが、なにやら重要な話があるとか…」

重要な話? 俺に? 身に覚えがない。何かミスでもやらかしただろうか。

いや、最近は特に大きな案件を任されてもいなかったはずだ。

いつも通りの地味な業務をこなしていただけだ。


不安と疑問を抱えながら、俺は最所課長の後について、フロアの奥にある部長室へと向かった。

部長室のドアは、他の部屋と違って重厚な(見た目だけの)木製だ。

重厚なドアをノックし、「どうぞ」という声を聞いて中に入る。

そこには、応接セットのソファにふんぞり返るように座る、我が薬膳開発部を束ねる日紫喜ひしき部長がいた。


恰幅の良い体に、テカテカと光る額。

七三分けの髪型は隙なく固められ、高級そうなスーツに身を包んでいる。

ギラギラとした出世欲を隠そうともしない、典型的な中間管理職だ。

声も態度も大きく、部下を従わせることに長けているが、本質的な仕事能力は…まあ、お察しという感じだ。


「おお、植良くん、来たかね。最所くんもそこに。まあ座りなさい」

勧められるまま、俺は来客用のソファの端に腰を下ろす。

最所課長は部長のデスクの横に、まるで彫刻のように直立不動で控えている。

彼の顔色が、心なしか普段よりも青白いように見えた。

嫌な予感が、じわじわと背筋を這い上がってきた。

まるで、これから自分が、何かとてつもなく面倒なことに巻き込まれると告げられているかのような。


日紫喜部長は、葉巻のようなものを燻らせながら、ゆったりとした動作で話し始めた。

「さて、植良くん。君は…そうだな、君は薬草に詳しかったね? 我が社の社員の中でも、君の右に出る者はいないと聞いているが」

「は、はい。一応、大学でも薬用植物学を専攻しましたし、薬草コーディネーターの資格も持っておりますが…」

「うむ。素晴らしい。実に素晴らしい!」

日紫喜部長は、やけに上機嫌に手を叩いた。

そのわざとらしさに、俺の警戒心はさらに強まる。


彼のこういう態度には、何か裏がある時が多い。

「実はだね、我が社は今、次の時代を見据えた、全く新しい新規事業の開拓を計画していてね。これは…まさにブルーオーシャンだよ、ブルーオーシャン! 成功すれば、我が社は業界の盟主となるだろう!」

部長は興奮気味に語る。ブルーオーシャン。

その言葉には、彼の出世欲と、手っ取り早く成果を上げたいという焦りが滲んでいるように聞こえた。

「はあ…それは…」

「そこでだ、植良くん。君の、その稀有な知識が必要になったわけだ。特に、ある特定の『植物』について、ね」

部長は勿体ぶるように言葉を区切り、デスクの引き出しから一枚の写真を取り出した。


それは、古びた羊皮紙のようなものに描かれた、手描きのスケッチだった。

描かれているのは、幻想的なほど美しい花。

淡い金色の光を放っているかのような、見たこともない、そしてこの世界に存在するとは思えないような、神秘的な花だった。

「これは…?」

「『ファンタージア』。幻の花と呼ばれている。

古からの言い伝えによれば、万病を癒し、老いを防ぎ、究極的には不老不死の効果さえあるとか…まあ、それは眉唾としても、計り知れない薬効成分を秘めている可能性が高い。

もしその成分を分析し、我が社の製品に応用できれば…想像できるかね? 我が社の未来が、業界の未来が、どうなるか!」


『ファンタージア』。聞いたこともない名前だ。

それに、万病を癒し、不老不死…? それはあまりにも現実離れしすぎている。まるでファンタジー小説の話だ。

「あの、部長。恐縮ながら、そのような植物が、本当にこの世に存在するのでしょうか? 文献などで確認された記録は…」

「はっはっは! だから『幻』なのだよ、植良くん! 我々は、その幻を現実にしようとしているんだ!」

部長はまたも興奮気味に語る。彼の目は、獲物を狙う肉食獣のようにギラギラと輝いていた。


「我が社の極秘ルートからの情報によれば、この『ファンタージア』は、我々の世界とは異なる次元…いわゆる『異世界』に存在するという」

異世界?

俺は自分の耳を疑った。何を言っているんだ、この人は。

SFやファンタジーの話じゃない。ここは製薬会社もどきのオフィスだぞ。現実だ。

「ぶ、部長…? 異世界、ですか?」

「そうだとも! にわかには信じがたいかもしれんが、事実だ。政府も異世界との交流に乗り出しており、ゲートの安定化にも成功している。そして、会社は君に、この『ファンタージア』を探し出し、サンプルを持ち帰るという特命を下すことに決定した!」

特命。それはつまり、業務命令ということか。

断れば、社内での立場が危うくなる。いや、クビになる可能性だってある。


「し、しかし、異世界へ行くなど、どうやって…それに危険は…」

「心配はいらない! 我が社が提携している『管理局』という組織を通じて、安全な『異世界ツアー』に参加してもらう手筈になっている。

政府主導のプロジェクトの一環で、異世界の文化や資源を調査するための試験的なツアーだ。期間は約1週間。その間に、現地で情報を集め、『ファンタージア』の探索を行ってもらう」

「ツアー…ですか?」

「そうだ。表向きは異文化体験ツアーという名目だから、他の参加者もいる。一般の参加者もいれば、政府関係者や他社の人間もいる。君はその中で、あくまでヘルス・フロンティアの社員として参加しつつ、秘密裏に任務を遂行するのだ。もちろん、これは極秘任務だ。他言無用。いいね?」


有無を言わさぬ口調。隣の最所課長は、なぜかさらに青ざめた顔で俯いている。

これは、どう考えてもまともな話じゃない。

異世界? 『ファンタージア』? 特命? 危険すぎる。

いや、それ以前に、あまりにも非現実的だ。

俺のような、ただのサラリーマンに務まるような任務ではない。


「あの、部長、恐れながら、そのような任務は私には荷が重すぎます。それに、家族もおりますし…」

思わず家族がいると口走ってしまった。独身なのに。焦りから出た嘘だ。

「独身だったな、君は。確か。家族はいないはずだ」

部長は、俺の経歴をしっかりと把握していた。俺の小さな嘘は、あっさりと見破られた。

「ちょうどいいじゃないか。守るべき家族がいない分、フットワークが軽い方が都合がいい」

あっさりと反論は切り捨てられた。これは決定事項なのだ。会社の命令は絶対。社畜である俺に、拒否権など、存在するはずもなかった。


「これは君にとって、またとないチャンスだぞ、植良くん。成功すれば、大幅な昇進と特別ボーナスを約束しよう! これまでのような地味な業務から一転、君は一躍、我が社の救世主となれるのだ!」

「……」

昇進もボーナスもどうでもいい。

ただ、この理不尽で危険な命令から逃れたかった。しかし、その術はない。

部長の目は、もはや俺を人間としてではなく、任務遂行のための道具として見ているようだった。

「どうしたね? 不満かね? 何か言いたいことがあるなら、聞こうではないか」


部長は、まるで寛大な上司であるかのように言うが、その声の奥には、有無を言わさぬ圧力が込められている。

「いえ…ございません…」

諦めの溜息が、喉の奥で詰まる。どうあがいても無駄だ。俺は社畜。会社の命令には従うしかない。


「…謹んで、お受けいたします」

「うむ! それでこそ我が社の社員だ! 期待しているぞ、植良くん!」

日紫喜部長は満足げに頷いた。

俺は、これから自分の身に何が起ころうとしているのか、想像もできずに、ただ俯くことしかできなかった。

最所課長は、相変わらず青ざめた顔で俯いている。彼も、おそらくこの件に関与しているのだろう。

そして、その危険性を理解しているからこそ、あの顔色なのだ。


部長室を出て、自分のデスクに戻る途中、俺は無意識に窓の外に目をやった。会社のオフィスは、公園に面している。

夕暮れが迫り、空はオレンジ色に染まり始めていた。

公園のベンチに、見慣れない老人が座っているのが見えた。


薄汚れたコートを着て、深々とフードを被っている。

なぜか、その老人がこちらを見ているような気がした。

目が合ったわけではない。だが、強い視線を感じたのだ。

そして、ほんの一瞬、老人の口元が動いたように見えた。

何か、意味不明な言葉を呟いているような…?

「そこにはきっとあなたが望むものがある」…以前、公園で出会った老人の言葉が、唐突に脳裏をよぎった。


気のせいか。疲れているのだろう。

それとも、異世界出張という非現実的な命令を受けたせいで、現実と幻想の区別がつかなくなっているのか。

俺は首を振り、重い足取りで自分の席へと戻った。デスクの上には、まだ手付かずの書類と、『安らぎカモミールブレンド(仮)』の試供品が残っていた。

これから俺は、異世界へ行くらしい。

幻の花、『ファンタージア』を探すために。

会社の、命令で。

それは、俺の平凡で単調な社畜人生における、あまりにも唐突で、あまりにも非現実的な、ハプニングの始まりだった。そして、そのハプニングは、俺の人生を根底から覆すことになるのだ。

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