(7)千種忠顕を救え!
翌朝早く、千種さんは多くの兵とともに前線へと登って行った。見送る人垣の中に一年を認めたので、思い切って気になっていることを話してみることにした。
「一年殿は一緒に行かないのか」
「某はこの麓で待機する兵たちに今後の対応を指示したのち、追い掛けていきます」
「実は、こんな時にこんなことを言っていいのかどうか悩んだんだけど・・・ちょっとこれを見てほしい」
そういってオレはiPhoneのカメラロールに保存されている一枚の写真を見せた。
「こ、これは・・・!」 そう言って言葉を無くす一年。
「石碑だよ、千種忠顕卿戦死之地と書いてある」
「戦死!? 八瀬殿、これはいったいどういうことでござるか!」切り付けられるんじゃないかと思うくらいの迫力の一年に、オレは極力冷静に、この場所は一年たちが設営した小高い丘の700年後の姿であることを告げた。
「つ、つまり親方様は、千種様は、ここで討たれると!?」
「見たわけじゃないからはっきりとしたことはわからないけど。碑があるということは、後世の人が千種さんの武勲や人柄を偲んで建てたってことだと思うから、おそらくはここで・・・。 昨日、千種さんと話したときに伝えようかと思ったんだけど、言い出せなくて・・・」
「こうしてはおれん。八瀬殿、申し訳ないが某は親方様を連れ戻しにすぐに追いかける、ごめん!」
言うが早いか、一年は駆け出して行った。オレはしばらくぼおっと一年の背中を見送っていたら、
「行かないの?」とハナちゃんの声がした。
「オレが行ってどうにかなるかな」
「さぁ。でもそのために戻ってきたんじゃないの? 今度元の世界に帰ったら、もうここには戻って来れないかもしれないんだから、後でこうしとけばよかった!なんてことのないように、追い掛けて伝えることを伝えた方がいいんじゃない?」
そうだ。オレが何でこの時代に来たのか、なんで千種さんに出会ったのか、わからないことだらけだけど、今はとにかく追いかけなくちゃ。追いかけて千種さんに伝えなくちゃ!
そうしてオレは、ハナちゃんと一年を追いかけた。水飲対陣で文字通り水を補給していた一年に追いつき、そこからは3人で千種さんを追いかけ、前線基地である丘を目指した。
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ようやく見えてきた小高い丘には、陣地ではなく大きな石碑が建っていた。
「え? なんで! なんでなんでなんで!? なんで石碑なんだ! なんで前線の陣地じゃないんだ。どこで、どうやって時代が変わったんだ!?」
「今回は転げ落ちたわけでも、霧が出たわけでもないのに。なんで・・・」
激しく動揺するオレに、一年が声を掛けた。
「八瀬殿、これはいったい・・・」
「オレたちの世界だよ。ここは、みんなが陣地を張った場所の700年後の姿だ。そしてこれがさっき写真で見せた石碑だよ」
「た、確かに、お、親方様の名が・・・。八瀬殿、これは・・・。どうやったら、どうやったら我らの時代に戻れるのか!」
オレも一年も、この時代に移動してしまったことよりも、命の危険を千種さんに伝えることができなくなってしまったことに動揺した。
「健太郎、ちょっと整理してみましょう」
ハナちゃんが、動揺する男二人をよそに、こう言った。
「まず、
・最初はこの場所でバックドロップで落ちたと思ったら700年前にタイムスリップ、
・次が、同じくこの場所で、滑って落ちたら今の時代に戻ってきた、
・3回目は下山しようと思ったら霧が出てきて、気づいたら700年前、
・そして今度はバックドロップも霧もなく、フツーに登ってきただけなのに今の世界になった、と。
こんな感じよね?」
「うん、だいたいそれであってる」
「何かタイムスリップのきっかけになることが隠れてると思うんだけど・・・4回のタイムスリップに共通してることってないかしら」
「4回全部じゃないけど、1・2回目は場所が同じ。で、3・4回目は移動してたらいつのまにか、ってことくらいかなぁ」
「そして健太郎だけじゃなく、一緒にいる人もタイムスリップしちゃう」
「うん」
「同じ時間を繰返してるってわけじゃないから、タイムリープじゃないし、原因はいったい」と、ハナちゃんがそこまで言いかけた時、ごごごごぉっと低い地響きの音がして、突然地面が揺れだした!
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「敵襲!!」
千種忠顕を中心に足利襲撃の策を練っていた700年前の千種殿比叡山陣営に、監視にあたっていた若い衆の声が響いた。
「数名です、斥候と思われます!」
「親方様、ここは我らにお任せを!」そう言って源太と何人かが弓を片手に駆け出して行った。
「斥候数名なら源太の弓から逃げることは叶いますまい。それにしても合戦が近いというのに一年はまだか。少し見てまいりまする」
「よい、正孝」と立ち上がろうとした一乗寺正孝を千種さんが制した。
「しかし親方様。斥候が来たということは本体が近くにいるやもしれません。本体同士の合戦となれば一年の指揮がなければ!」
「わかっておる。ただな、感じるのじゃよ。あやつ、今はこの時代におらぬな」
「は?」
訝る正孝を見据え、千種さんはこう付け加えた。
「八瀬と申した若者と、あの者の時代に行っているようじゃ」
「ま、まさか、どうして・・・」
「ふふふ、天狗かのう」と千種さんは笑う。
その時、遠くから地鳴りが聞こえ、天幕が揺れだした。
「ん、地震!?」
「地震、地震だぁ!」テントの外で慌てふためく若い足軽たちに向かって、うろたえるな、と千種さんが一喝したとき、足元の地面が割れテントが崩れた。