(3)700年のタイムスリップ!?
一年が付いてこいというので、オレはてっきり千種少将に会うのかと思ったが、まず連れていかれたのは斥候部隊の頭領のところだった。オレがしゃべると話が進まないだろうと察したのか、一年が事の次第や写真やビデオの件を、彼らの時代の言葉で説明してくれた。オレがしたことといえば、最後の最後に頭領にさっき撮った写真とビデオを見せただけだ。
そこにいた者たちはビデオだけじゃなく、オレの履いていた靴やストック、Tシャツに靴下まで物珍しそうに眺めていた。そのパンツとやらを履いていて小便はどうするのか、とか何故そのように髪が短いのか、刀を使わずどのように敵と戦うのか、などなど、しばしの質問攻めにあった。なかでもカメラは大好評で、我も我もと若い侍たちが俄かモデルとなって撮りまくり、オレのiPhoneのカメラロールは一晩でいっぱいになりそうな勢いだった。彼らには悪いが、後でこっそり削除させてもらおう。
もう一つ大人気だったのが意外にもザックとボールペンだった。
この時代にもザックに似た背負子くらいあるだろうに、荷物を入れてバックルを占めた時のホールド感が野山を駆ける斥候活動にぴったりだという。
ボールペンは、必要な時にすぐに書ける、ということがたいそうな驚きをもって迎えられた。この時代、読み書きのできる侍がどれくらいいるのかわからないけど、千種さんや一年クラスになると、書状を書いたりすることも多いのだろう。
ひとしきりしゃべりつくした後、感心する者や疑いのまなざしを向ける者たちを後に、一年はオレを、今でいうテントに案内してくれた。
「いくさ場の幕営故、客人であるにもかかわらず、八瀬殿にこのようにみすぼらしいところしか案内出来ず申し訳ない。」 色々あって今日は疲労困憊であろうから、と一年は夕食を運んできた後は誰も訪れないよう気を利かしてくれた。
テントで横になり、一体これはどういうことなのだろう、なんでこんなことになったのだろうと考えてみたが、考えたところで埒が明くわけでもない。そうこうしてるうちに、オレは眠りに落ちていた。
翌朝、まだ夜も明けきらぬうち、外の騒がしさで目が覚めた。iPhoneを見ればまだ午前4時前。バッテリーは半分を切っている。そうだ、そうなのだ。この時代の人たちにオレが未来から来たということを手っ取り早く信じてもらうには、このiPhoneが欠かせないが、刻一刻とバッテリーは減っていく。日帰りの比叡山だからとモバイルバッテリーを持ってこなかったのが悔やまれる。士道不覚悟。
そんなことを考えているうち、一年の声がした。
「八瀬殿、起きておられるか」
「あぁ、起きてる。みな早いんだね」
「夜が明けぬうちに、某は正孝と源太ともに斥候に参る。敵陣を発見できるとは限らぬが、八瀬殿も例の機械を持って供をしてはいただけないであろうか」
オレは、一人残されてまた他の者に取り囲まれても厄介だと思い、承知した。索敵ということであれば目立たぬ方がいいので、ザックは背負っていくことにしたがストックはテントにデポしていくことにした。
松明は目立つので、小さめのものを4人で1つだけだった。登山道は草木が払われ目立つので通らず、あえて山中の尾根から少し下がったところを一列で登って行った。聞けば、昨日オレたちが遭遇した少し先にある小高い丘を目指すという。前線部隊用の幕営地とするために、周辺にまだ敵陣が張られていないことを確認するらしい。
山に登るとはいえ、彼らからしたらオレはまだ素人同然なのだろう。源太を先頭に、正孝、オレ、そして最後に一年が歩き、この先の登りは滑りやすいなど、色々と気を使ってくれる。
松明は源太が持っているから、一年の足元はさぞ暗かろうと、オレはiPhoneのライトで足元を照らしてやった。
「そ、それは! その機械には松明まで入っているのか」 と驚く一同に、700年後の未来でも夜は暗いので電気というものが発明されたこと、その電気を使った機械があれば夜でも昼のごとく読み書きができる世の中であることを説明した。
オレはズボンのポケットにたばこと一緒に入っていたライターを一年にあげた。ザックに確かまだ予備が1つあったはずだ。松明代わりにはならないが火を起こすのが随分と楽になるはずだ、と大いに喜んでくれた。
そうこうしてるうちに先頭の源太が歩を緩めた。もうすぐ目的の丘につくという。もし敵が先着していれば登っていく我々は格好の的となる。だからここからは松明も音も消し、できれば気配まで消し、忍び登るのだという。辺りは少しだけ明るくなっている。
文字通り、抜き足差し足で息をひそめながら進み、小高い丘の端まで到達した。源太が辺りを探り、敵がいないことを確認したうえで、オレたちも丘に登った。
「正孝、オレと源太でここを確保するので、雲母坂に戻り、前戦隊に急ぎ登り、布陣するよう伝令を頼む」 一年がそう言うと、正孝はようやく白んできた空の下を獣のようなスピードで駆け下りていった。
その白んだ空の下、辺りを見回してみれば、ここはまさに昨日オレがバックドロップを喰らって登り返した丘ではないか。ということはつまり千種少将の碑があるところだ。
一年と源太で前戦隊が布陣するための整地などをしている間、オレはバックドロップ地点を見回して、何か落としたものや、なぜここに来たのかの手掛かりになるようなものがないかを探して回った。後ろから、いつ敵が来るかもしれないからあまり離れるな、と一年の声がした。バックドロップ地点の少し下からは急な崖になっているので、身を乗り出して下に何か落ちてないかとのぞきながら、あぁ、わかった、と言った瞬間足が滑った。あっ!と言う間もなく、数m滑り、そのままオレは崖から空中に放り出された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気が付くと、目に飛び込んできたのは石碑だった。痛む頭を押さえてよく見れば「千種忠顕卿戦死之地」とある。はっと我に返り辺りを見回すと、足元にはペットボトル、後ろにはオレが一服しながら腰掛けていて折れてしまった鉄製パイプ。時間を確認したら土曜日の9:45だった。さっき一服しようと時間を見てから5分しかたっていない。
え、ってことは何!?
5分間気を失ってた?
あの侍たちは夢?
のっそりと起き上がり、今度は丈夫そうなパイプに腰を下ろした。
いや、夢にしちゃ、やけにリアルだった。 あ! だってストックないじゃん! テントに置いてきたからじゃないのか。え、それともバックドロップの時、崖下に落っこちてしまったのだろうか。立ちが上がって、今度は落ちてはたまらんと控え目にのぞいてみたが、それらしきものは見当たらなかった。はたしてテントに置いてきたのか、それとももっと崖下に落ちてしまったのか。
いずれにしてもこのまま比叡山に登る気分ではなくなってしまったので、とりあえずオレは下山することにした。しばらくすると下から上がってくる人の声がしたので、もしかしたらあの3人組かと思ったが、今度は本当に登山者だった。