(2)一年と正孝と源太
思いもしなかった異形の出で立ちの者から、思いもしなかったことを聞かれ、多分オレは、なんなんだコイツら、と怪訝さ全開の表情で3人を見ていたのだと思う。その若者はオレの答えなど聞かず、「おのれッ」と叫ぶと同時に、左腰の刀の柄に手を伸ばしつつ、林の中から駆け出してきた。
「え、ちょ、なにっ!?」
オレは大いにビビりながら後ずさった。後ろの2人が左右に展開するのが視界に入り、無意識にオスプレイ腰元のストックに手をやる。刀を抜いた若者は振りかぶってオレに切りかかってきた。後ろを木に塞がれ、逃げようのなかったオレはしゃがむしかなく、その、まさにしゃがんだ、というか腰が砕けた瞬間、頭の上10㎝に若者の振り下ろした刀が食い込んだ。
人間、こういう状況だとドッキリなのか、それとも何かの撮影なのか、とか頭に浮かぶこともなく、本能的に命を守るようにできているのだ、と後でつくづく思った。
若者が二撃目を放とうと、木から刀を抜き、再び振りかぶった瞬間、オレはとっさにそいつの腹を蹴り上げた。若者は「うぉっ」と声を上げ2,3歩よろめいたが、再び刀を握りしめなおした。切られる、今度こそ! そう思った瞬間、
「こんのッ、待てっつってんだろッ!!」
オレは片膝をついた中腰のまま、さも抜刀するかの如く、力の限りにストックを振り抜いた。伸ばしていないストックは若者の身体には届かなかったが、それでも刀の根元に見事ヒットし、手から払い落とすことに成功した。
「なんなんだお前!!」 後ずさる若者にストックの鋭い先端を突き付けたまま、オレは一歩踏み込んだ。若者は落ちた刀を拾おうと地面を一瞥したが、オレはこいつが刀に手を伸ばしたら渾身の力でストックをヤツの手に振り落としてやろうと決めていた。
「源太、待て!」 源太と呼ばれた若者の左右に展開していた二人のうちのどちらかが叫んだ。
「源太、待て。」 もう一度、今度は静かにそう呼んで、若者の肩に手をやり、刀を拾うことを制したのは、多少年長に見える青年だった。彼はしかし、オレが少しでも不穏な動きをすればすぐにでも抜刀するぞと言わんばかりの鋭い視線を投げかけたまま、今度はオレに言った。
「その方は足利の者ではないのか」
オレはまだ肩で息をしながら、あんたの質問の意味が分からんという視線で応じた。すると青年は、
「我らと異なるその出で立ち、足利の手下ではないのか」
「手下とか、、、何を言っているのかわからん。オレはただ比叡山に行こうと山歩きをしていただけだ」
「山歩きだと? この戦の最中に?」
後でわかったことだが、この時の比叡山一帯は足利氏との戦場だったのだ。
「比叡山とは、しかし、僧のようには見えぬが?」三人目の男が、上から下まで改めてオレの様子を見て言った。
「オレは坊主じゃない。見りゃわかるだろう。それに比叡山なんて誰でも登るじゃないか」
「何を言っている! この戦のさなか、僧でもない者が延暦寺に・・・」と言いかけた源太を今一度制して、青年が言った。
「そこもとが足利の者でないとするならば、非礼を詫び申す。 我ら敵の様子を探るため斥候に出たところ、およそ異形の出で立ちのそこもとを見つけたのだが、我らと余りに異なるため、てっきり足利の斥候かと。」
「あ、あんたたちこそ一対誰なんだ」
「我らは千種忠顕少将が家臣の者。某は名和長年が嫡男、一年。そこもとに切りかかった血の気の多いこやつは茶屋四郎次郎源太、そしてこちらは某の幼少の頃からの剣友である一乗寺正孝と申す。我ら三人、千種軍の斥候の任に当たっている。」
彼らの姿格好といい、話し方といい、リアリティといい、とても何かの撮影とは思えない。かといってじゃあなんだと言われれば、それも思いつかない。それに、千種忠顕少将って、、、あの石碑の人じゃないか。こいつらがその家臣って、いったい・・・。
オレは何が何だか理解できず、考えるでもなく構えていたストックを下ろし、地面の刀に目をやった。それからゆっくりと拾い上げ、身構える源太に「刀って重たいんだな」と言いながら手渡した。源太は不思議そうに眉を顰め、
「刀を持ったことがないのか」と聞いた。
「あぁ、ない。初めてだ」
三人はますますお前は何者だ的な表情になり、一年が改めて聞いてきた。
「そこもとの名は何と申される。どちらの家中の者であるか」
そうだよね、そう来るよね。そちらの三人も自己紹介してくれたんだから、オレも名乗るのが筋だよね。しかし、家中とか言われてもな。。。
「オレは、オレの名前は八瀬健太郎。家中は、、、というか誰かに仕えているわけではないよ」
果たして三人は、またしても怪訝そうな顔になり、正孝が続けた。
「仕えている殿がいないとは、八瀬殿は浪人か?」
「いや、そういうわけじゃなくて。。。オレの世界ではもうどこかの殿に仕えるとかはないんだよ。何というか、多分、オレの考えていることが当たっていれば、オレは未来からあんたたちの前に来ちゃったんだと思う、何かの拍子に」
「未来、とは?」
「あぁ、つまり明日とか明後日とか一か月後とか、とにかく今より先の時代のことだよ」
「して、八瀬殿はいつの未来から来たと?」
「さっき足利って言ってたよね? オレ、歴史は詳しくないけど、それが足利尊氏とかのことなら、たぶん700年くらい先の未来からってことになる」
三人から反応はない。そりゃそうだろう、タイムマシンとかタイムトラベルという言葉のある現代に住むオレだって700年先と言われてピンと来ないんだもの、そんな単語さえない時代の彼らに理解しろってのが土台無理な話だ。
それでも一年は
「700年とは、また果てしない・・・」と
オレははっとして、ザックの胸元にぶら下げたポーチの中からiPhoneを取り出し、カメラを起動しておもむろに三人に向けてシャッターを切った。
「これだ、これを見てよ。700年の証拠にはならないかもしれないけど、今の時代にはないだろう、これ!」そう言ってオレは今撮った写真を見せた。
「こ、これは! 我らではないか!」そう言って源太が刀に手を伸ばそうとするので、
「抜くなよ! 刀を抜くなよ! これはまやかしとかじゃないんだ。オレたちの時代では写真と言って、今オレたちが見てる風景とか人を、そのままここに取り込むことができるんだ。ビデオでも撮れるんだよ」
「ビデ、オ、とは?」
「あぁ、そうだったね。 録画モードにして、と。 一年、、、殿。この丸いところに向かって、自分の名前をもう一度しゃべってください」
「今一度でござるか。拙者、名和長年が嫡男、一年と申す」
「はい、ありがとう」 そう言ってオレは録画を止め、三人に再生画像を見せた。
「なんと、一年様が!」
「しかも動いておる! 先ほどの一年そのままではないか!」果たして三人は想像通りのリアクションを示し、未来から来たという、異形の姿をしたオレを少しは信じてくれたようであった。
「斥候の任務だって言ってたよね。 例えば足利軍の陣地を見つけたら、これで撮っておけば役に立つと思うよ。後で自分たちの陣地に帰って皆に見せることができるから、どこに何人いるとか、どんな陣形を敷いていたとか、正確に見せられるし」
写真とビデオに感嘆しきりの彼らにそう言うと、親方様に会わせたいから一緒に陣地まで来いという。あんな立派な石碑の立つ武将ならオレも話してみたいし、どうやら敵ではないらしいとわかってくれたみたいなので、一緒に雲母坂の近くに幕営中という陣まで行くことにした。
そして雲母坂まで来て、オレは確信した。治山工事の跡がない。修学院離宮ができたのがいつかは知らないけど、それもない。周りは一面林で、清流音羽川が一本流れているだけだ。これは、今朝オレが登ってきた景色ではない。やっぱりオレは700年前に来たのだ、と。