(10)その後
「この首欲しくば、直義殿が陣へ案内せよ」
いきなりの大将登場に前線を指揮していた足利の足軽頭もさすがに驚いたようで、その場で固まっていた。その足軽頭を一瞥するなり、千種さんは、
「頭はお前か。今一度言う、直義殿が陣へ案内せよ。 ただし!この千種忠顕が出向く以上、わが陣営の者たちへの手出しは無用と心得よ」
この時代の武士の世では、敗戦の将であっても無礼な扱いは受けない。千種さんは、まるで味方に守られているかのように囲まれながら歩いて行った。他の足軽たちも、残った一年たちに刀を向けることなく、後に続いた。
それから千種さんがどうなったかはわからない。
一年ら、残った千種軍は山を下り村へ戻った。2日経ち、3日経っても足利軍が攻めてこないところをみると、千種さんは足利直義と話を付けたのだろう。おそらくは自らの命と引き換えに・・・。
人々の顔にまだ笑顔はなかったけど、一年たちは変わらずオレたちに接してくれた。
「ところで八瀬殿はいつまでおられるか。いや、早く帰れという意味ではなく、そのなんというか、自分たちの世界に戻らなくていいのかと思いまして。源太も正孝も八瀬殿を慕っておるゆえ、八瀬殿さえよろしければ、ここに居を構えて、このまま住んでくださってもいいのですぞ。」
ここで一年はちらりとハナちゃんを見て、
「なんならハナ殿と夫婦になられたらいかがです」とまでいいやがった。
オレは苦笑するでもなく、一年にこう返事をした。
「もう一度戻ってみようと思う、あの場所に」
「あの場所、とは、比叡の我らが陣地跡のことですか」
「あぁ。あそこに行ったって元の世界に戻れる保証はないし、何かが変わるわけでもないかもしれない。でも、千種さんがいたあの場所に戻らなくちゃいけない、そんな気がするんだ」
それは本当のことだった。この世界とオレたちの世界を行ったり来たりするトリガーはわからずじまいのままだし、あそこに行ったからといって元の世界に帰れるなんて思ってない。でも、千種さんと別れたあの場所に、もう一度戻らなくちゃいけない、ただ、そう思っていた。
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その後、オレたちは数日の間、村に滞在した。ハナちゃんは村の女性や子どもたちの人気者になったようだ。彼女は生来人あたりがいいのだ。一緒に山や街を歩いていても、道を聞かれるのは必ずハナちゃんだし、犬でさえ、オレには唸るのにハナちゃんには尻尾を振る。
オレはと言えば、一年が千種さんに代わる親方様になる儀式に参加して、見届け人の一人となった。その証として、一本の小刀をくれた。一年が千種さんの小刀を継承したので、それまで一年が持っていたものをオレにくれたのだ。
「いやいやいや、そんな大切なものダメでしょ! オレなんかじゃなく、正孝が譲り受けるべきだよ! そもそもオレはこの村の住人ですらないんだよ?」
「私もそう言ったのだがな、その正孝がどうしても八瀬殿に、と言い張るのだ」
「なんで・・・」
そういって正孝の方を振り返ると、彼は優しい笑みをたたえた顔でこう言った。
「私は、幼馴染ではありますが、まだ一年の小刀を継承できるような器でありません。遥か先の世から来たとはいえ、親方様を救うために奔走してくれた八瀬殿が持っているのがふさわしいかと。今は」
「今は?」
「えぇ。いつか私が一年の右腕になった暁には、返してください」
「え・・・。だって元の世界に戻ったら、返しようがないじゃん・・・」
「だったら、また来てください。一年ともども、村をあげて歓迎しますよ。ハナ殿も女、子どもにだいぶ好かれているようですし、その時はぜひまたお二人で」
オレはどんな顔をしていいかわからず、一年に助けを求めたが、彼はにっこり笑って頷いただけだった。
困り果てたけど、この侍たちの思いを無下に断るのも士道に外れるかと思い、オレは思いつく限りの最敬礼をして、受け取る・・・いや、正孝が右腕になるまでのしばらくの間、預かることにした。代わり、にはならないだろうけど、一年にはお礼にボールペンを1本あげた。
モバイルバッテリーの充電も尽きてしまったし、iPhone自慢ができる時間も残り少なくなってきたので、オレとハナちゃんは村を出発して「あの場所」に戻る・・・帰る?ことにした。
 




