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司書官と侍女の魔王様  作者: 篠崎
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02---ランベール家の子供達




 結論から言うと、フィリスはユイカを衛士詰め所まで連れて行き、そこで彼女の身柄を衛士に託した。

 そして保管部屋の窓の封印が破られていた事、室内が土で汚れている事も伝えておく。衛士に伝えれば、警備やらの部署の関係で、宮廷魔術師にも下働きの者にも連絡が行くだろう。

 それだけである。彼女は役割を終えた。

 加えてユイカと遭遇した時の状況及び己の所属と名前も伝えたフィリスは、ユイカを担当の衛士に任せてすぐに衣裳部屋に戻った。

 フィリスは職務中なのだ。いくら常ならぬ事態に遭遇したとしても、そちらにばかりかまけていては、彼女の評価と今月の給料が下がるかもしれない。一家の家計を預かる身としては、それは困る。

 そう言う訳で衣裳部屋に戻ったフィリスは、すぐに当初の目的であった山鳩色の刺繍糸を用いての仕事に取り掛かった。

 そして同僚達と『今日妙な人間が保管庫に居てね』などと、ユイカの事を話題にしながら仕事を進め、常と同じように定時まで勤めた。

 たわいも無いおしゃべりをしながら、他の侍女仲間達と共に使用人の使う食堂へ向かったのは、仕事が終わった後のこと。

 食堂に着いてパンと一緒に蒸し肉とスープ、わずかばかりの果物を受け取ると、フィリスはいつものように彼女達に声をかけてから、一人離れて奥の方のテーブルへ向かう。

 夕食時に彼女が行動を別にするのは毎日の事なので、その辺りは、同行していた侍女仲間も心得ている。「行ってらっしゃい」だの「先に部屋に帰ってるね」だのと言った挨拶を交わしながら見送ってくれた。

 広間とも呼べる広さの食堂は、侍女や女官を始めとした使用人たちだけでなく、宿舎住まいだったり夜遅くまで出仕している予定だったり、夜勤を控えていたりする官吏や衛兵も利用している。

 大抵は同じ職場に勤めていたり、同じ役職を賜っている者同士が集まっているのだが、中には恋人や友人と待ち合わせて食事を取っている者もいた。かく言うフィリスもその一人である。

 とは言っても彼女の場合、相手は友人でも恋人でもなく家族であったが。

「アデル、今日もお疲れ様」

「ん、お疲れ」

 侍女や女官達、女性の多く居る辺りを通り過ぎ、比較的官吏たちの多い食堂の奥まった所までたどり着くと、フィリスはぼんやりとパンを口に運ぶ青年に声をかける。

 アデル、と呼ばれた淡い金髪の彼は、フィリスの姿を目に留めると、視線を彼女に向けてひらひらと手を振りながら挨拶を返す。司書官の制服に身を包んでいるとおり、青年はこの王城の書庫を管理する者の一人だ。王城内の宿舎を利用する身なので、彼はいつも食堂を利用する時は、フィリスと時間を共有する。

 フィリスと同じ十八歳の青年は、本名をアデル・ランベールと言う。名前で察せられるように、フィリスとは家族だ。

 続柄で言うと、二人は義理の兄妹である。その間に血の繋がりは無い。

 二人ともが孤児なのだ。そして、クロエ・ランベールと言う今は亡き女人ひとに、彼らは嬰児の時から養われ育まれた。

「いただきます」

「……早いね」

 挨拶もそこそこに、即座に席についたフィリスが果物に手を付ける。すると、アデルが珍しい物を見たと言うように、額に軽くかかった金髪の間から、萌黄色の瞳でフィリスに視線をよこしてきた。

「好物って最後に食べる主義じゃなかった?前フランに力説してたじゃないか」

「時と場合によりけり。今日昼食、食べられなかったの。いきなり肉じゃ気持ち悪くなるでしょ」

「衣裳部屋、そんなに忙しかったの?」

 そう言う訳ではない、と返して、彼女は次いでスープに手をつける。

 野菜の入ったそれを三分の一ほど食すと、フィリスはスプーンを置いてアデルに理由を語りだした。

「今日ね、珍しく保管部屋行ったのよ。昼食前に」

「ふうん?」

「そしたら、そこで不審者見つけて。衛士詰め所に身柄預けてたら、昼食逃した」

「はぁ!?」

 簡潔にそう話すと、アデルが左手に持っていたフォークで、切っている途中だった蒸し肉を誤ってぐさりと刺した。

 けれど彼はそれにも気付かずに、目を瞠って矢継ぎ早に言葉を繰り出す。

「え、ちょっと、なにそれ。不審者って。フィリス何もされなかった?」

「されなかった。女の子だったし。けど、ケープ持って行かれたわね」

 即座に否定すると、フィリスの身に危険が無かった事に、アデルは少しばかり安心したようだった。

 例の黒いケープは、ユイカが寒いと訴えてきたので貸してしまったのだ。彼女は腕も足もむき出しにしていた。

 けれども衛士に託した時に返してもらうのを忘れてしまい、ケープはフィリスの手元から離れてしまった。

「妙な服装だったから、衛士詰め所まで連れて行く時に、それ隠す意味も兼ねて持ってたケープ……ほら、黒に萌葱の裏地の奴。アレを貸したんだけど、別れ際に返してもらうの忘れちゃって」

「そんなにあっさりと……。いいの? あのケープ、まじない・・・・の紋様を刺繍して埋め込むのに苦労したって言っていたじゃないか」

「あー、うん。そうなんだけれど、そろそろ術式の威力も弱まってきていたし、替え時かなって」

「そうなの? まあ、それなら諦めもつきやすいだろうけどさ……」

 単語からすれば深刻な話題であるはずなのに、彼女はこうものんびりと話す。

 その事に、少し呆れたように笑ってアデルは言った。彼とてフィリスが不審者に遭遇したと聞いて、心配だったのだ。大切な家族である。

 それに半年ほどの差とは言え、養母亡き今ランベール家では最も年長のアデルであったから、家族を庇護すると言う義務感も強かった。

 フィリスが今度はパンを手に取り口に運ぶのを見届けると、アデルもまた蒸し肉の攻略にかかった。

 今更ながら、先程盛大にフォークを突き刺してしまったのに気付いて少し眉根を寄せる。

「それにしても、不審者か。何も無かったからいいけれど、物騒な話じゃないか」

 フォークを抜いて、今度はきちんとナイフを操り、肉を一口サイズに刻んで。

 アデルがため息混じりに呟くと、フィリスは思い出したように、「その事なんだけれど」と顔を上げた。

「その子、ユイカって名乗ったの。フルネームがイサワユイカ」

「此処や近隣国家じゃ、聞かない響きだね」

「やっぱりそう思う?」

「ああ。ユイカなんて響きの家名は聞かないし、イサワって言う名前も、綴りが浮かばない」

 そうアデルが返すと、フィリスは少しばかり声量を落とした。

「違うかもしれないけれど、彼女、召喚されたのかもしれないの」

「……どういう事」

 それを聞いた青年の声音も、途端に険しさを孕んだ。

 召喚、など。

 常から聞く単語でもないし、そう平凡な単語でもない。

 政治的な観点から見ても、魔術的な観点から見ても、だ。

「気付いたら魔法陣の上に瞬時に移動していて、宮廷魔術師に儀式剣を向けられていたらしいわ」

 彼女が語ったのはもっと曖昧な言葉だったけれどね。

 そう付け加えて、フィリスはスープを一口飲んだ。

「彼女の話を総合すると、そうである可能性が高いの。加えて彼女は妙なよそおい……。だから、もしかして魔術師に何処か遠くから召喚されたかな、と」

「なるほどね――」

 アデルは相槌を打つと、肉の一欠片ひとかけら咀嚼そしゃくして嚥下えんかした。

 それにしても、宮廷魔術師が召喚魔法を行使とは。何かあったのだろうか。

 召喚魔法系統は、元は精霊の用いる様式魔法の一系統である。それが儀式魔法と融合して、三百年ほど前に召喚魔法系統が確立された。

 つまりは元々、人のモノではない魔術なのだ。行使には常以上に危険が付きまとう。

 それをわざわざ宮廷魔術師が行使するなど、あまり利点が浮かばない。

「まあ、別にそれほど気にする事じゃない。気になるようだったら発表を待てばいいし、発表が無いようだったら気にしない方が得策だ」

 アデルが言うと、フィリスも「そうね」と頷いた。

 宮廷魔術師。彼らも官吏の一員である。

 召喚魔法など、材料費と人件費と時間のかかる魔法の行使を、職務の成果として発表しないはずも無い。

 逆に発表してはまずい事になる場合は、術式を行使したことすら公表しないが、そう言った事に下手に興味を持つのはこちらの首を絞める。どちらにしろ、動かないのが得策だった。

 フィリスも蒸し肉に取り掛かり、アデルもスープに手を付け出したので、会話はそこでいったん途切れた。

 しばらく、周囲で会話を楽しむ官吏たちの声や、僅かに聞こえる食器のこすれる音が、二人の周囲を支配した。

 それに終止符を打ったのは、「そう言えば」と言うアデルの呼びかけだった。

 フィリスはほぼ全ての食事を食べ終わり、僅かに残ったスープを口にしている。アデルは果物だ。

「さっき一度宿舎に戻ったら、フランから今週分の手紙が来てたよ」

「本当!?」

 フラン――フランシスの名を出すと、途端、フィリスが表情に喜色を浮かべた。

「持ってきてる。俺はもう読んだから、フィリスに渡してしまうね」

「ありがとう!」

 アデルが司書官の纏う、上半身を覆う程度の長さのマントの内ポケットから、一通の手紙を取り出した。

 急いで残りのスープを食べ終えてしまい、念のためにハンカチで手を拭くと、フィリスはそれを笑顔で受け取る。

 差出人の名は、フランシス・ランベール。先日九歳になったばかりの、アデルとフィリスの義理の弟だ。

 義理の、と付くように、やはり二人のどちらもが、フランシスと血は繋がっていない。

 フランシスは、二人の養い親であるクロエのたった一人の実子なのだ。アデルとフィリスが九歳の時に生まれ、四年前にクロエが逝って以来、二人を親代わりとしてきた少年。

 昨年からは王立学院ウィンデリアに通いだし、学院の寮で暮らすようになったフランシスは、離れて暮らす兄姉へと週に一度手紙を送ってくる。官吏であるアデルが暮らす官舎は個室であるが、侍女のフィリスは同僚と共用の四人部屋である。そこをおもんぱかって、フランシスからの手紙はアデルの元へ届くようになっていた。

「フラン、今度は新しい補助魔法を覚えたんだって」

 先に手紙を読んだアデルが、我が身の事のように嬉しそうに言った。

 それを聞きながら、フィリスも手早く手紙に目を通す。

 そこには、アデルの言ったとおり新しい魔法を覚えた事、友達と小試験で点数を競って引き分けた事、商人を父に持つ同級生から珍しいお菓子を分けてもらった事など、弟の日常が短いながらも用紙ぎりぎりまで綴られていた。

 フランシスは、この一週間もまた楽しく過ごしたようだった。長年、フランシスが幼い頃に亡くしたクロエははおやの代わりをしてきたフィリスとしては、嬉しい事である。

「本当ね。今週は返事に苦労しそう。実際に会って褒めたいけれど、文字にしなくちゃいけないもの」

 フランシスからの手紙に、毎週返信を書くのはアデルとフィリスも同じだ。

 フランシスは便箋一枚の裏と表に近況を書いてきて、二人は別の便箋の表と裏にそれぞれ返事を綴る。

 兄と姉が王宮に出仕しているランベール家ではあるが、将来を考えての貯蓄をしながらでは、王立学院に通う弟の学費を払うのも楽と言うわけではない。

 あまり裕福ではないランベール家だからこその、ちょっとした節約術だった。

「じゃあ、今度休暇でも取ってフランとどこか出かけない?」

 果物を食し終えたアデルが言った。

「来週辺り、三日くらいならまとめて休みが取れそうなんだ」

「そうなの? やった。それじゃあ、少し遠出もできるわね」

 一年ほど前にようやく『下級司書官』と言う見習い枠を脱し、書庫を一つ任せられるようになったアデルだ。

 ここ最近は中々長い休みも取れずにいたから、フランシスも喜ぶだろう。

「なら、私も明日にでも侍女頭じょうしに休暇申請しておくわ。衣裳部屋の方も、仕事がひと段落ついて暇な時期だもの」

「そう、よかった。それなら、返事は休暇について書けばいいね。日程とかはどうする?」

「週末でいいんじゃないかしら? そうしたら、学院の休日に合わせられる。フランにも何処に行きたいか聞いておかないと」

 楽しげに言うフィリスを見て、アデルも口元に笑みを浮かべた。

 家族で集まるのは、先月のクロエの命日以来である。

 久々に家族で過す休暇が、楽しみで仕方がなかった。





蛇足ですが、ランベール家の三兄弟は、上からアデル十八歳、フィリス十八歳、フランシス九歳です。アデルとフィリスは、約半年だけアデルの方が年上になります。

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