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司書官と侍女の魔王様  作者: 篠崎
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09---異人は帰郷を夢に見た




「じゃあ、フランの事はいったん区切ろう」

 妙な図式の現実を認識しようとするかのように、一度だけ深く呼吸してから、アデルは改めて声をかけた。

「他にも聞きたい事、有るし。例の《巫女》が元々居た場所って言う『ニホン』とか、さっき言ってた母さんの事とか。折角結界張ったんだ、一気に済ませたいけど……時間、大丈夫?」

「ああ、うん、それは大丈夫。さすがに日付変わる前には帰って寝たいけど」

 フィリスは頷く。正直、働き疲れていた。

 それはアデルも同じようで、「同感」と困ったように微笑する。

「結論から言うとね、《巫女》の故郷と母さんについての相談、同じ話なの」

「同じって。……え、と。まさかとは思うけどそう言う事?」

 フィリスがその話題を持ち出すと、アデルはしばらく言葉に窮した後、曖昧に聞いてきた。フィリスはそれを肯定する。

「そう言う事よ。《巫女》のやってきた場所は『ニホン』で、そこには『ケイサツ』って言う警備の役人が居て、彼女は『コウコウセイ』って言う学生で、小説を読める『パソコン』って言う物が有るんですって」

「『エイゴ』がどうとかも言ってたね、そう言えば」

「彼女からしてみればどれも常識的なものらしいけれど、すべてルーデインや近隣諸国には、存在しないモノだわ。加えて、彼女曰く『自分は異世界から来た』そうよ」

 膝の上に顎を乗せ、少しばかり身を乗り出してフィリスが言葉を繋げる。

 アデルはその話の内容に、軽くこめかみを押さえた。彼女の示唆で、最初にまさかとは思いながらも想定してしまった可能性が、嫌でも可能性から事実に近づいていく。

「私の言いたい事きちんと伝わってるわよね? イサワユイカ曰く、彼女の召喚元はエゼン大陸じゃなく……って事よ?」

「伝わってる。けど、何だよその嫌すぎる事実。誰の嫌がらせだよ。フランが泣くじゃないか」

「泣くって言うか、世間の理不尽さを知るいい経験になるって言うか。頭が痛いわ」

 フィリスも少しばかり表情を歪めて相槌を打った。

 お互い、それが事実とは分かっていても、そうとはあまり認めたくなかったのだ。少しの間、言葉を濁した会話が続いた。

 しかしとうとう観念したように、アデルが嘆息する。

「――何それ。つまりフランってば、異世界から来たとかいうその《封じの巫女》に、命狙われるかもしれないわけ?」

「そうよ。ついでに、私達はその異世界から来たとかふざけた事言うユイカサマ相手に、嫌でも全力で抵抗しなくちゃいけないとか言うね」

 認めたくない事実の欠片を言葉にすれば、半ば自暴自棄になったような口調でフィリスが補足してきた。

 彼女は言葉の通りに実際に泣きこそしてはいなかったが、少しばかりその微笑には影が差している。含みのある『様』の敬称をつけた呼称には、少しばかり棘があった。

 そのいたたまれない気持ちがよくわかるアデルもまた、彼女に同調するように顔をしかめる。

 ただでさえ弟の危機だというのに――その害し手になるだろう少女が、異世界からやってきたなどと。あまりにも突飛過ぎた。

 なまじこちらが真剣に弟を守りたいと思う分、異世界から来たなどと言う彼女の存在は、ふざけているとしか思えなかった。

「それにその上で私、彼女に仕えなくちゃいけないのよ? 《巫女》云々を抜きにしたって、私、人間的にも彼女に好感とか持てないし。今日一日だけでもかなりやりづらかった」

 そんな言葉を吐くフィリスは、少し苛立っているようだった。

「またどうしてそこまで」

 アデルが少しばかり気圧けおされると、「根底にある価値観が違いすぎるもの」と、彼女は続ける。

「召喚されたからには、彼女は簡単には故郷に帰れるわけじゃないでしょう?でも、帰れないわけでもないわ。一応だけれど召還術だってあるもの。彼女が望めば、元居た場所に帰る事ができる。そりゃ、《巫女》だから難しいかもしれないけれど」

 一息に言い切って、フィリスは「なのによ?」と藍色の瞳を瞬かせた。

「帰れるのに。彼女は、母さんと違って生まれた場所に帰る事ができるのに、そんな事望んでいないの。それどころか、『故郷に帰る』事は、彼女にとっては『そんな事より』で流せる程度みたいだし」

「そんな事、言ったのか。あの《巫女》」

「ええ」

 くしゃりと。苛立ちの色が見えていたフィリスの表情が、少しだけ崩れる。

 アデルも無意識だろうか、悔しそうにきゅっと口元を引き結んだ。

「『家族や友達ともうまくいってなかったし、この世界にこれてよかった』って。別に、彼女の価値観が悪いって言ってるわけじゃないのよ」

「彼女は、家族に重きを置いていないって事?」

「そうみたい。でも、それが許せないってわけじゃないの。そんなの、人それぞれでしょ? 私がとやかく言える事じゃない」

 気を張り詰めていたからだろうか、感情の起伏が激しい。

 フィリスは抱えていた足を、ぶらんと床へ向けておろした。けれど少しだけ距離が足りず、つま先は床すれすれの位置で浮いている。

「ただ、自分の生まれた場所に、母さんはあんなに帰りたがっていたから。死ぬまでずっと。どうしても、重なって見えちゃうの。重なる分どうしても、納得がいかないって思ってしまう。ただの嫉妬と八つ当たりよ」

「それはなまじ《巫女》の境遇が、母さんと似ているから?」

「それも、大きいと思う。母さん、苦しいって泣いていたから。だから余計に、『帰ったりなんてしない』なんて笑って言う《巫女》が、ずるいなんて思ってしまう」

 するりと零れ出てくる言葉を、留めも纏めもせずに音にしていけば、それは少しばかり支離滅裂な、長々とした物となっていた。

 とどのつまりはそう言う事なのだ。

 口惜しいのである。母がどんなに願っても、とうとう手に入れられなかった帰郷の権利を、彼女がやすやすと手放した事が。

 それこそ、価値観は人それぞれなのだから、とやかく言えたことではない。それに彼女は母とは関わりがあるわけでもないし、その存在すら知らないだろう。

 けれど、感情を割り切る事ができないのだ。

 自分の事ではないけれど、手に入れられるはずだった様々なモノを諦めてまで、自分達を育ててくれた母の、最も望んでいた事だ。

 これほどまでに家族に重きを置くのは、半ば行きすぎかとも自覚はしている。ランベール家の子供たちは、育った環境からか、皆何かと身内へ依存しがちである事も。

 クロエは別に、ユイカのように、どこぞから召喚されたわけではない。

 けれど、理由は違えど帰郷が困難と言う共通点もあって、ルーデインではあまり見かけない黒い色をした瞳を持つ彼女達は、フィリスにはどこか似通っているように思えてならなかったのだ。

「母さんは帰りたくても帰れなくて、彼女は帰れるのに帰らなくて。それが、どうしても悔しくて」

 高ぶっていた気持ちが落ち着いてきたのか、フィリスはゆっくりと一呼吸置いた。ずっと不安定だったのは、この事も大きかった。

「関係ないって、わかってる。悔しいだけなの。それだけ」

 彼女が半ば自分にも言い聞かせるように繰り返すと、区切りをつけるように「そうだ」と、唐突に話題を変えた。

 先程から、彼女が呟くのは母の思い出ととユイカの言の対比ばかりだった。

 疲れていたり、弱っている時、何かをつらつらと言葉にして零すのは、昔からの彼女の癖だ。

 その相手は、大抵がアデルである。

 逆にアデルが不安定な時に、それに気付いて気晴らしに付き合うのはフィリスだった。

 戸籍上は兄妹であるものの、二人の関係は幼馴染か親しい友人に近いものが有る。何時だって二人は対等であったからか、そう言った奇妙な間柄が成立していた。

「フランにも、この事は知らせなくちゃね」

 しばしの沈黙を置いて、話題を転換するようにフィリスは言った。

「そうだね。今度、一日二日休暇を取って、直接会いに行って話してみるよ。手紙で伝えるのは不安だし。フィリスは多分、しばらく休暇とか難しいだろ?」

 アデルは急に彼女が話題を変えた事に、一瞬目を瞠った。

 少々戸惑ったようだったが、けれどすぐに合わせてくる。

 抱えた不安を吐き出す、不安定な時の彼女の呟きは、始まるのも終わるのも唐突ですっぱりとした物だ。アデルの知る限りでもいつもそうなのだ、慣れているし、知っている。

 彼と彼女は昔から、お互い相手に不安を零して、もしくは言葉を交わして、時には一緒に行動して、悩みを軽くしてきた。まるで不安と安心を、同時に共有するように。

 まだ少し不安定さは残るものの、フィリスは気持ちを切り替えて言う。

「うん、お願い。流石に移動させられたばかりだし、多分無理だと思うの」

 移動直後に、そうそう休暇など取れるとは思えなかった。覚えなければいけない仕事は山のようにあるだろう。

 結局その後、二人は結界を解いて話を終え、それぞれの居室で眠りに付いた。

 夜も遅かったし、何より疲労が溜まり切っていたからだ。フィリスは慣れぬ職場で、アデルは心配を抱えながら、一日中働いた結果だった。

 その夜の話の内容以外は、二人にとっては良くある対話だった。

 何か相談したり、家族の話をしたり、近況を報告したり。

 不安を零して心が軽くなった所為か、フィリスは翌日、随分と気持ちに余裕が持てた。

「あのね、私さっきまで、元の日常の夢を見てたんだ」

 翌朝になればすぐに、貴人付きの侍女の仕事が始まる。

 そしてベッドから起き上がりながら、ユイカが言ったのがこの言葉。

「普通に楽しかったけど、やっぱり私は、あんなつまらない場所より、こっちの世界の方が好きだなぁって思ったの。こっちには、私を必要としてくれる人たちが居るもの」

 そんな一言を聞いても、不自然でない笑みを浮かべて受け流せた。

「頼もしいですわね」

 顔を洗う水差しを差し出しながら、カリーヌがいつものように笑って相槌を打った。

 ――そしてまた、侍女の仕事が始まる。





かなり不完全燃焼……後日修正か改稿するかもしれません。

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