00---遺児達より、魔術師に宛てて
拝啓
宮廷魔術師長 オディロン・デシャン殿
はじめまして。
差出人の名に心当たりも無く、加えてまじないも施されているこの手紙を、貴殿は警戒している事でしょう。
予め記しておきますと、手紙に埋め込んだのは無害な術にすぎません。
インクに仕掛けたのは、この手紙の内容が広まらぬよう、読まれた後に文字を消し去るモノ。
用紙に埋め込んだのは、手紙に記されている内容を、私達の手元に置いてある対の用紙に転写するモノ。
ただそれだけの術式です。
さて、まじないをかけてまで貴殿に手紙を綴ったのには、当然ながら理由があります。
先日、私達の母が死にました。
母は名を、クロエ・ランベールと言いました。当代魔王の妻クロエと、そう記せば誰を指しているか、貴殿に伝わるでしょうか。
私はクロエの第一子で、アデル・ランベールと言います。魔王の血を引かぬ、クロエの養い子――つまりは貴殿と同じ人の子です。
それに免じて、母クロエと同じように、私にもある程度の信を置いて貰えれば良いのですが。
……本題に入りましょう。
母の死によって、ランベール家に一つ問題が発生しました。
弟が、保護者を亡くした事により、後見を必要とする立場に追い込まれたのです。
私及びクロエの第二子フィリスは、既に齢十四を数えましたから、後見を得なくとも問題ありません。
しかし、第三子のフランシスはまだ五歳。ルーデインの王国法に則るならば、未だ後見を定めなければならない年齢です。
ご存知の通り、弟は魔族と人間の混血ですから、幼い内から孤児院の類に預けるのには不安があります。
弟の実父は当てになりません。何しろ魔王ですので。彼に任せるなど、弟のこれからの生活が憂えられます。
そもそも奴は、『フランシスは半分は人間であるのだから、人としての成人の年までは人の子として育てたい』と言う亡母の願いを尊重するなどと言って、先日の葬儀の折に養育の義務すら放棄しました。兄として、そんな駄目な父親に弟を託すなど、許せる事ではありません。これについてはフィリスも同じ意見です。
出来る事ならば私かフィリスが弟の後見となりたいのですが、前述の通り成人していませんのでそれも叶いません。
つきましては、生前に母と契約を結んでいた貴殿に、期限付きで弟の後見を頼みたいのです。
勿論、私とフィリスが正式に成人するまでで結構です。申請を始めとする事務手続きに必要な費用は、母の遺産からお支払いできます。
重ねて記しておきますと、弟、フランシス・ランベールは当代魔王の最も近しい血族です。同時にクロエ・ランベールの血を色濃く継ぐ、彼女の唯一の実子なのです。
――下手な人物に預ければ、きっと好ましくない結果となるでしょう。けれどそれだけは、どうしても避けたいのです。
そろそろ用紙も尽きてきました。
用件のみとなってしまいましたが、この辺りで筆を置かせていただきます。
蛇足ながら、まじないを施したのは私ではなくフィリスです。筆跡を利用してのまじない返しの類は、恐らく効果が無いでしょう。
返信は文字の消えた後に、普通のインクでこの紙に記してくだされば結構です。先に記したとおり、対の紙へ文字が転写されるよう、術式が籠められていますので。その際、魔術の類の行使は必要ありません。
それでは、返信が色よい物となる事を祈りつつ。
敬具
グランヴェーダ暦791年2月 アデル・ランベール 及び フィリス・ランベール
初めての投稿になります。
魔法とか王族とか魔王とか異世界トリップとか逆ハーレムとか傍観とかのお約束ワードを絡ませたモノを、くるっとひねって斜め左奥とかからの妙な視点から書いていこうと思っています。
遅筆ですが、どうぞよろしくお願いします。