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第一.かくして双子は生まれた

 豊かな宝石と良質な岩石に囲まれた国は、他国から「石の国(ペトラ)」と呼ばれている。正式な名称もあるが、世界に通じる俗称としていつしか定着してしまったらしい。

 北部と中央部の境目、岩石の外壁とマダラ模様に彩られた道が自慢の街。領主として君臨するは、侯爵家の一つ【スノーフレーク家】。早いうちに両親を亡くし、軍に在籍する叔母夫婦の後ろ盾を受けた年若き女侯爵がいた。気性が荒く、戦闘好きな少女は年頃になっても男が寄り付かず、ここぞとばかり自由を謳歌していた。

 ーー二十歳を迎えたばかりの落ち葉の揺らめく頃、大問題を起こすまでは。


「ーーなんですって?」

「あら、聞こえなかったのかしら。いくら王の目におめでたくとも成果をあげない領主なんていらないでしょう?」


 自分のことはさておき、通過点に過ぎない領土で暮らす領民や愛する故郷を小馬鹿にされては黙っていられなかった。気がつけば、場を支配する鋭利な音に驚き、唖然と来客は視線を集中する。

 右頬を赤く腫らした、黒髪の淑女は冷ややかに緑色の瞳で目の前の令嬢を鋭く射る。

 当の令嬢は招待した側でもありながらも、反省することもなく、黒曜石の瞳で同じく赤くなった左手をヒラヒラと慰めていた。


「おいおい、正気か……」

「あの女侯爵、公爵令嬢によく手をあげたよ……」

「終わったな……この場にいたらやばいぞ」


 危機感を抱いた来客がそそくさと投げ出していく。この瞬間にも侯爵令嬢は何を思ったのだろうか。深い闇のような瞳からは何も伺えず、赤みを落とした唇は弧を描くばかりでむしろ楽しんでるようだ。

 公爵令嬢は得体の知れない感覚を覚えつつも、凛とした声で放つ。


「ロジェリア、この件は王に告げさせていただきますわ。……あなたの味方も随分といなくなったものですわね」

「好きにすれば、アリアナ。ばいばーい」


 余裕のある笑みを向ければ、冷ややかな流し目と共に彼女も扉の向こう側へ消えた。

 にしても、自分でもやっちまったなーと一息つくものの、後悔はしてない。遠縁にも当たるあの女の一族は時折鼻につくからだ。

 白髪の入り混じる黒髪を一つに括りながら、周囲を見渡す。この場に残ったのは、自軍の兵が数人のみで全員が挙動不審に目線を交わし合っていた。


「あっはっはは、お前ら逃げてもよかったんだよ? なんのしがらみがない男しかおらんのか、ここには」

「あ、あの……」

「どうした、行くなら今のうちだぞ。給金は出すし」

「「いや、俺たちはずっと仕えます!」」

「あ、そう」


 ロジェリアは再び、客人のいない場を見渡す。今日はちょっとしたお茶会を開いただけだが、それでも招待の優先度を考えてアリアナを呼んだのが間違いだったのか。

 ーー遅かれ早かれこうなる気はしてた。


「めんどくさくなってきた、結婚しようかな」

「えっ?」


 唐突に飛んだ言葉に軍兵は一同、気でも触れたのかと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 剣を握り、剣を恋人だと豪語する彼女を、抑えつけたかった後ろ盾からのしつこい縁談をのらりくらりと蹴っているくらいなのだ。


「なんの枷もない奴がいいのだが。お前たちの中で私に忠誠心を誓える者はいるか?」

「あ、あの!」


 若干震える声が真っ先に出た兵は緊張気味にロジェリアを真っ直ぐに捉える。


「お、俺は末端にも満たない子爵家の長男ですが、返済不要の奨学金を得て国立大までいきました! 跡継ぎは弟が継ぐので問題ないです、体力だけは無駄にあるので一生仕えます!」


 軍には似つかわしくないキャラメル色の甘い髪、暗い赤みの瞳が純粋に輝いてる。身体は筋肉が程よくつき、緊張からか血管が少し浮き上がっている。そういえば本人が「筋肉がつきにくい……」とよく、同期に愚痴をこぼしてるのを見かける。

 

「アルジェランだっけ。私の夫とならんか?」

「はい! ……え、お、夫? 夫!?」

「そうだ、お前だと面白そうだ。これは命令な?」


 仲間から哀れみと同情の眼差しを向けられたのはいうまでもない。

 その後、自軍は取り上げられなかったものの、居城を除いて全て王家に没収された。身分や世間体に煩い叔母の雷が落ちたが、ロジェリアが「結婚するからさー、ちょうど自由でいっかなーって」と楽観する様子に膝から崩れ落ちたという。


ーー五年後、時が経ち。


「あの日は驚きましたよ」

「ふふふ、そうか。おかげで可愛い子らにも恵まれた。私は満足だ!」

「ジェスパー、ジェット、大人しく遊んでくださーい」

「「あーいっ!」」


 夫婦となった二人のキャラメル色の甘い髪、黒曜石の瞳と半分こしたような、瓜二つの一卵性双生児の子どもを眺める。

 齢三つを無事に迎え、常に一緒にいるがジェットが若干自由すぎる気もするのをアルジェランは気にしていた。三つともなれば個性も目立ち、瓜二つでも見分けがつくようになってくる。


「最近、お城がきな臭くてな。叔母が帰る日があまりないようだ、ひと嵐くるかもしれん」

「あー……多分、陛下のことですよね」


 軍隊から常に関わってきた癖で敬語がなかなか抜けきらない。アルジェランがたまに気にしてるのを、ロジェリアは好ましく内心愛でるのだった。


 懸念の王は厳格で時には極端に近い処罰も与える事で、軋轢を生むことを是としていた。議論が活発になり、そこから芽を摘み取って懐に入れ、自らの庭に植えて利益や成果を生む。言うなれば、アイデアを盗むのも良し、各々の財力が権力を示す手段となっていた。


 極めつけには四公爵家のうち、王に最も近いスペクトローザ家は王国の利益を優先に、対するジャスパー家は主に領主を優遇すべきだと対立している。

 スペクトローザ家には王妹の血を継ぐアメリアを含む子がおり、ジャスパー家もこれまた別の王妹の血を継いだ子もいる。放置してた原因で力の拮抗に折り合いがつかず、非常に面倒な事になっていた。


「様子見だがな。場合によっては……」


 隣にいたのに聞こえないほどの呟きに、アルジェランは不思議そうな顔をして覗き込む。


「どうかしましたか、ロジェリア」

「なんでもないよ。愛してるよ、お前ら」

「ななななな、何を言い出すんですかっ!」

「ふふふ。お前の口から聞きたいものだなぁ? 私を愛してるのはわかるとして」

「勘弁してください、口下手なんですよぉ〜」


 叔母とは厳密に手紙のやり取りをしている。それこそ、アルジェランも中身は知らず、軍兵の手を行き渡り報せがもたされる。回数を重ねる度に、手紙の封蝋が霞むようになってくる度に、すっかり遠くなった王城を思い浮かべながらロジェリアは握る手を強く掴むしかできなかった。

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