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新しい装備

 冒険者用の宿で休み、翌朝。

「よーし、今日も元気にクエストを受注するぞ!」

「待て」

 早速ギルドに向かおうとしたインはエルリクに阻まれた。

「早く行かないと、良い依頼がとられちゃうよ」

「装備を整えるのが先だろう。剣以外、ろくな装備がない状態で、よくクエストを受けようと思ったな。田舎の狩人の方がよほどましな格好をしている」

「……う」

 インの現在の装備は鋼製の剣と革鎧である。その下のインナーや靴などは普段着だ。

「報酬は全て装備に使え」

「エルリクが倒した分の報酬もあるけど……」

「お前にやる。僕は戦闘要員じゃないし」

「えっ……!?」

 どうやら、戦闘をインに一任する魂胆のようだ。

 調査だけとはなんだったのか……と思いつつ、装備を整えたいという欲求に心が揺れる。

「強敵が出たら一緒に戦ってくれるんだよね?」

「ああ」

「なら……いっか!」

 装備の誘惑に負け、インは武器屋へと向かうのだった。



「いらっしゃい」

 真鍮製のドアハンドルの押して店内に入ると、いかつい武器屋の店主がぶっきらぼうにあいさつした。

「おお……!」

 インは感嘆の声を上げながら、店内を見上げた。武器や防具はどれも天井近くに取り付けられている壁棚の上にあった。

 梯子でもなければ手に取ることもできない高さである。

 おそらく盗難防止でそうしているのだろうと思いながら、インはかっこいい形の剣を見上げて目を輝かせた。

「かっこいい……」

「そっちじゃない」

 防具そっちのけで武器に心を奪われているインの背を押して、防具のコーナーへつれていくエルリク。

 鎧、ブーツ、手袋、兜……見本を見ただけでは善し悪しが全く分からず困っていると、店の奥で革を縫製していた店主が、椅子から立ち上がりこちらへ向かってきた。

「何をお探しで?」

「防具を探しています!」

「防具と言ってもいろいろあるからねぇ」

「え、えっと……」

 インは店内を見回す。

 価格を抑えてできるだけ多くの装備を揃えるのがいいのか、一つでいいからできるだけ上等なものを買うほうがいいのか、それすら見当がつかない。

「予算は大銅貨20枚でこいつの鎧を探している」

 答えに窮していたインの代わりにエルリクが後ろから助け船を出した。

「鎧ね。お嬢さん、獣人さんか。それなら下手に堅いのより、軽い方がいいかね」

「う、うんっ」

「ちょいと待っててな」

 店主はぶつぶつと何事かを呟きながら、カウンターの奥の扉から、隣の部屋に引っ込んでいった。ドアの隙間からちらりと部屋の中の様子が見えたが、重そうな金属のハンマーや作業台があり工房なのだろうということがうかがい知れた。

「エルリク、慣れてるね」

「僕からすると、お前が買い物もしたことないのかと思ったが」

「むっ……」

 せっかく褒めているのに皮肉のような返事で返されインは唇を尖らせた。

 どうせパーティーになるならもっと気が合う人が良かったと思うが、後の祭りだ。

 そうこうしていると、工房から鎧をつけたトルソーをもって店主が戻ってきた。

「これなんかどうだい。当店自慢の鎖帷子だ」

 店主は二人の前にトルソーを下ろした。

 高密度に編まれた鎖がゆらりと揺れた。

「本来は大銅貨23なんだが、こいつは獣人仕様でな、袖とフードがないんだ。だから大銅貨20でいい」

 そう聞くとお得な気がする。確かに耳の位置的に鎖編みのフードがあると邪魔だ。

 とはいえインの考える鎧のイメージとは大きくかけ離れている。

「鎧っていうとああいうガチガチなのを思い浮かべるけど、こんなスカスカなので大丈夫なの?」

 インは壁に飾られたフルプレートの鎧を指差す。

「ああいうのは斬撃以外にも毒や打撃を防ぐのに有効だ。それゆえに愛用者も多いんだが、獣人の肌はその辺の毒にはやられないくらい頑丈だし、打撃にもめっぽう強い。獣人のお客には広範囲の斬撃さえ防げればいいからできるだけ軽いものが欲しいとよく言われるんだ」

 不愛想に見えた店主だが、やはり商品のことになると饒舌になるようだ。

「ふむふむ……」

 フルプレートの鎧に憧れがあったインだが、言われてみると自分には過剰な装備にも思えてきた。

「まああえて重装備にして盾役に徹するのもいいが……」

「どっちかっていうと攻撃メインだから、動きやすい方がいい! 試着できる?」

「ああ、もちろんさ」

 店主はにかっと笑い、トルソーから鎖帷子を取り外した。




「雨ぇえ……」

 インは耳を伏せ、雨が耳に入らないようにしながらとぼとぼと歩いていた。

 ロダ街道も昨日から続く雨にしとどに濡れ、オレンジ色の煉瓦が暗い赤色になっている。

「サーコート買っとけばよかったなぁ……」

 武器屋でおすすめされた鎖帷子の上に着る布のコートを思い浮かべる。

 植物繊維で織られた布で作られているものもあった。通気性と防水に優れ軽いと言う説明に気持ちが揺れたが、予算オーバーになるので断念したのだ。

「雨は苦手か?」

 絶え間なく溜息を吐くインを、エルリクは視線だけで見下ろした。

 エルリクも特に雨避けの類はなく、髪から雨水が滴っている。

 半面背に背負っている大きな荷物の方には、しっかりとカバーをかけ濡れないようにしているようだ。

「得意な人なんていないと思うけど」

「そうだな、視界が悪くなるし、足元も滑りやすくなる。こうも降り続けば身体が冷えすぎて風邪をひく」

「ほんと、最悪……」

 インは天候に悪態をついた。

 雨音で周囲の音は聞き取りづらいし、弱い匂いは消えてしまう。

 優れた感覚をもつ者ほど、雨によるデメリットは大きい。

「そろそろだな」

「雨止みそう?」

「いや、違う。そろそろ、加護の範囲外に出る」

「……!!」

 エルリクの一言に、インは神経を尖らせた。

 アイゼラデン地方と書かれた標識が道の脇に設置されている。

 それは地方と境い目に来たということを示していた。

 この大陸では地方に杭の名前がつけられている。

 アイゼラデンの杭の効果が及ぶ範囲をアイゼラデン地方と呼ぶ。

 二人はいまアイゼラデン地方から隣のフーウィル地方に向かっている。ロダ街道はできるだけ加護の届く場所を繋ぐように伸びているが、それでもどの杭の加護も受けていない土地を通らなくてはならない。

「……ここからは魔物が出るかもしれないってことだよね」

「そうだな。まあ加護から近い場所ではあるから、化け物クラスはでないだろうが気をつけろ」

「うん」

 インは伏せていた耳をぴんと立てた。

 雨音が近くでも遠くでも鳴り、音の情報全体にノイズがかかっているような気分だ。

 匂いの方はほぼ雨に流され、分からない。

 煉瓦が吸いきれなかった雨水が道に溜まっている。

 パシャパシャと水たまりを踏みしめながら進む。

「なんか道が汚くなってきたね」

「加護の外は整備がし辛いんだろう」

 王都周辺の道と比べると違いは明らかだ。

 古く欠けた煉瓦も、取り替えられずそのままになっており、道が凸凹している。

 土や砂埃を被り、煉瓦の隙間に草が生えている。

「国境を超えるのは馬車に乗った行商人か、冒険者ぐらいなものだから常に綺麗にしておく必要もない」

「それはそうなんだけど、……ん?」

 道から数十メートル外れたところになにかが見え、インはまぶたに付いた雨粒を拭いそちらを注視した。

 ぼろぼろになったリュックだ。鋭い何かで引き裂かれたようになっている。

 持ち主は見当たらない。古いものなのか、半ば土に埋もれていた。

「どうした?」

「はっ……!」

 エルリクの声に重なるようにして、数百メートル先から足音がした。

 四足歩行の足音。それも複数聞こえ、それはこちらへ走って向かっている。

「……何かいる」

 インは剣の柄に手をやりながら言った。

「なんだか分かるか?」

「獣タイプの魔物か、肉食の獣かな」


 ――ガウッ! 


 雨音を引き裂くようにして、獣の咆哮が響いた。

 5体の魔物がもう十数メートル先に迫っている。

「逃げられるか?」

 淡々と訊ねるエルリクに、インはさらに音に集中した。

 近づいてくる、その速度を足音から推測する。

「無理だね、エルリクよりあっちの方が足が速い」

「なら仕方ない」

 魔物がようやく視認できる距離に来た。

 その魔物をインは知っている。小さい狼に角を生やしたような見た目のマサドーだ。

 インの出身地にもたびたび現れる魔物で、10体未満の小規模な群れで行動し狩りをする。

 噛みつき獲物の動きを封じる個体と、突進して角で肉をえぐってくる個体の波状攻撃で獲物を引き裂き、群で分配して捕食する凶暴な魔物だが――、

「5体なら楽勝っ!」

 インは剣を抜き、牙をむき出しにして飛び掛かってきたマサドーを避け、その後ろから突進してきた個体の脇をすり抜けるようにして切りつけた。

「ギャウンッ!」

 悲鳴を上げながら倒れる魔物。

 角のある頭は固いが、胴体の肉は柔らかい。横から攻撃するのが正解だ。

「5体しかいないんじゃ、役割が崩れるのも一瞬!」

「ウゥウ……ガウッ!」

「ギャンッ!」

 さっきの時間差攻撃ではなく、今度は3体が一気にインに噛みつこうと跳び上がった。

「ほら、もうリーダーもバレた」

 インは上半身をかがめて、跳んでいる魔物の下を走って潜り抜ける。

 そして、さっき吠えていたが攻撃をしていない奥の個体に剣を振り下ろした。

 マサドーは後ろへ飛び下がろうとしたが、インの剣はそれより早く喉を切り裂いた。 

「うん、この楔帷子いいね。普通に動ける」

 腕の稼働も邪魔しない袖なしにして良かったと、インは新しい装備の具合を確かめながら振り返る。

「きゃん!」 

 残りの3体はリーダーを失いうろうろとしていたが、インが一歩近づくとクモの子を散らすように逃げて行った。

「まだ数の優位あるのに、賢い魔物だな」

 逃げて行ったマサドーたちを見送ってエルリクは呟く。

「てか、剣くらい抜いてよ」

 仲間が戦闘しているというのに、エルリクが構えもせず棒立ちだったことに気付いたインは眉根を寄せた。

「楽勝って言っていたから任せたんだが。現に撃退するのに1分もかかっていない。スティンガーの時はポンコツぶりに心配したが、やっぱりちゃんと戦えば強いんだな」

「エルリクは一言多いんだよなぁ。素直に褒められないの?」

 雨で刀身についた血が流されていく。

 インは綺麗になった剣を鞘に戻した。

「他にはいなそうか?」

「今のところ。マサドーは同族の血の匂いを警戒して近づかなくなるから」

「なるほどな。……」

 エルリクはじっとマサドーの死体を見下ろす。

「何、ちゃんと絶命してるよ?」

「……純粋な興味なんだが」

 エルリクは死体からインに視線を移した。

「獣人は獣タイプの魔物を殺すのに抵抗感はないのか? 個人差はあれど獣の形質が強い獣人もいるだろう。親近感とか持たないのか?」

「本当にデリカシーないな……」

 さすがの質問にドン引きした。

「獣を殺さないようにしようみたいな思想とか、そういう活動してる人らはいるけど、気にしてる方が少ないよ。先祖返り出来るほんの一部の獣人以外は、獣っぽい耳があるだけの人間って感じだし」

「先祖返り?」

「うん。先祖返りの才能がある人は獣の姿に変身できるんだよ」

「へぇ、昔本で読んだ狼男みたいだな。あの伝承にも元ネタがあったのか。実際に見てみたい」

 エルリクの暗い目が僅かに光を灯した。怪異に取り付かれているこの男のことだ、伝説や伝承のようなそのほかの話も好きなんだろう。

「まあそういうことだから、私は獣とか獣系魔物を殺すことに抵抗感はないかな。人間だってサルっぽい魔物とか殺すじゃん。耳の形似てるでしょ?」

「それもそうか」

 適当に会話を終わらせ、二人はまたロダ街道を歩き始めた。

 インの装備についた血の匂いのお陰か、再びマサドーに襲われることはなかった。


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