旅の始まり
「こちらがティナさんの冒険者証です」
「うわぁ、ありがとうございます! おお、かっけー」
ティナは目を輝かせて冒険者証を受け取った。
その様子に、インはニヤつきながらにじり寄った。
「ひひひ……新人さん、冒険者稼業のことならこの偉大な先輩に、なんでも聞いていいんだよ?」
「インだってずぶずぶずぶの初心者じゃないですか。ほうら、同じ初級の色ぉ」
「星の数が違いますぅー。こっちはあと一個で中級ですぅー」
「それならすでに中級のエルリクに聞きますから」
二人がきゃいきゃいとじゃれているのを見て、受付嬢は苦笑いした。
「あ、あはは……。それで、ティナさんはこちらのお二人とパーティー登録をされるんですよね?」
「はいっ」
「では少々お待ちください」
受付嬢は登録用紙を取りに奥へ引っ込んでいった。
「お前が冒険者になるとは意外だったな」
二人の後ろで手続きを見守っていたエルリクはぼそりと呟いた。
ティナは彼を見上げる。
「だって俺、故郷もうないし。ガチ根無し草なんで、旅するっきゃないでしょ!」
「ティナほどの魔法使いなら、ほかに就ける職業も多かっただろ。治癒魔法は特に貴重だし、それだけで安泰だ」
「なんですかー、もしかして追い出されそう?」
「やだやだ後輩欲しい~! 治癒魔法が一番輝くのは魔物との戦闘だよ!」
インはティナを羽交い絞めにするように後ろからホールドした。
仲がいいのか悪いのか良く分からないとエルリクはため息をついた。
「いや、お前がいいならいいんだ。わざわざ危険に身をさらしてそこまで美味しくない稼ぎで生活するのかと思っただけだ」
「ちょっとだけだけど、二人と旅して割と性に合いそうだったんで! それに俺って箱入り跡取りだったもんで、もっといろんなところ見て回りたいんすよね」
ティナはにかっと笑った。
その笑顔には一点の曇りもなく、本当に未来への展望で輝いている。
「と、ティナも言ってることだし、改めて三人パーティー結成だね! エルリクはしょっぱい報酬だーとかいうけど、あいつ元貴族のお坊ちゃんだから! 実際そこそこ稼げるし、上級冒険者になって強い魔物を討伐でもすればもう億万長者だから!」
インに金銭感覚のずれを指摘され、エルリクは眉根を寄せた。
「お前はお前で、武器やらなにやらで散財しまくるだろ。いくら稼いでもあぶく銭じゃ億万長者は夢のまた夢だな」
「ぐっ……!」
痛いところを指摘されてインは胸を押さえた。
つい昨日は破壊された各種装備を整えようと武器屋に行き、高い剣に見とれてツケで購入しようとし、エルリクに止められていた。
おかげで今は全員冒険者としてひよっこにしか見えない、安価な装備を身に着けている。
「いやだってぇ、装備はちゃんと整えないといざという時困るから! 必要経費だし……」
インはもっと吠えたかったが、受付嬢が戻ってきたので口をつぐんだ。
登録も無事に終わり、三人はクエストボードを見つめた。
「それでボス、今後の方針は?」
「……」
「エルリク、貴方のことですよ」
「あ、僕がリーダーか」
冒険者歴は長くとも本格的なパーティーを組むのは慣れていないエルリクは、呼び止められてやっと依頼を読むのを一旦止めた。
「私はとにかく早く中級になりたいから、近場のクエストをいっぱい受けたいなぁ」
「えー、俺は遠くに行きたいんですけど」
インとティナの意見はまたもや割れる。
二人はどっちの意見が採用されるか、ボスに視線を集めた。
「そうだな……僕は情報収集がしたい」
「じょ、情報……?」
どっちにもかすらない言葉が出てきて、インは聞き返す。
なんだかであった頃のエルリクのテンションを思い出した。
「ああ。赤魔術師が言っていた青魔術師について噂や伝承を集めたいんだ。聞く限りじゃ、各地の人間に自分の知識や力を残していたらしい。今後赤魔術師の分身や眷属、いずれ本人と相対したときに、青魔術師の力は必ず必要になる。封印されているなら解いて人類の味方になってもらいたいとも思う。ん……待てよ、青魔術師は勇者を育成していたみたいな話もしていたな? 勇者の伝承からもう一度考察し直すのも必要か。もしや、勇者の杭もなにか青魔術師の封印とかかわりがあるのかも――」
「う、うわぁ……」
ぺらぺらと早口でまくし立てるエルリクに、ティナは引き気味である。
インはエルリクが調査に没頭するのは、ジーナフォリオに対する執着のせいだと思っていた。
しかしジーナフォリオとの決着がついても変わらないところを見ると、考察中毒なのはもとからの性格だったようだ。
となると、また村を一個一個回って、朝から晩まで聞き込みなんてことが日常茶飯事になるだろう。
インは呆れつつも、彼のそんなところに助けられてきたことを思い出す。
「もー、しょうがないなぁ! どこにでもついてくよ。でも手柄は私のだからね? 不死者殺しのインニェイェルドって二つ名で呼ばれるための布石だから」
「なにそれかっこよ……! 俺にもいい感じの二つ名考えてください!」
「それは自分で考えろ。ん……これなんかどうだ?」
エルリクは一枚の依頼書を指さした。




