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ハートの杖

「はぁ!?」

あまりにめちゃくちゃな主張にインは思わずたじろいだ。

「飽き飽きしてたんだよね。同胞らとはできることはしつくしたし、殺しても死なないし。そんな時、神はキミたち死ぬ生き物を作ってくれた。その後すぐに眠りについたけど、伝わったよ。この命に限りのある生き物はアタシへのプレゼントだってね! 簡単に死んで、簡単に増える――こんなに遊ぶのに適した存在は狙わなきゃ造れないもん」

都合の良い持論を展開する赤魔術師。

ティナは創作や捏造が多分に含まれていると思っていた歴史書がある程度真実を語っていたことを知り舌を巻いた。

「アタシの物なんだから、実験しようと愛でようと殺そうとアタシの自由でしょ?」

とはいえ歴史書には赤魔術師が語る歪んだ主観は一切混じっていなかった。


「お前みたいなのが討伐されず封印もされずのさばっているということは、勇者の伝説はおとぎ話みたいだな」

エルリクは冷笑する。

「勇者? ……あー! あれね!」

赤魔術師は一瞬考え込み、それから目を輝かせた。

「あれは楽しかったなぁ……! 青魔術師が人類の守護者気取っちゃって、人類の中で戦えるやつに加護かけまくって抵抗するから、アタシも魔物に加護つけて戦争になったんだよねぇ。ずーっとやってたかったけど、さすがに人類も魔物も数が減り過ぎちゃったから、おしまいにしたんだ。あれまたやりたいなぁ」

赤魔術師は胸に手を当て、しみじみと思い出しながら楽しい思い出を語った。

その様子を見るに虚言ではないと三人は理解した。

人類と魔物の全面戦争すら、目の前の華奢な少女が引き起こしたという事実に怖気立つ。


「青魔術師――それも不死者の一人か?」

エルリクは思い出語りをぶった切り、気になった所だけを追求する。

「そそ! あいつ、人類は神が自分たちに託したものだって保護者気どりでさぁ。アタシから人間隠したり、世界のことを教えたり、訓練したりめっちゃ世話焼いてんだよね。うざかったけど……今思い返すと張り合いがあって楽しかったなぁ……」

思い出に浸り、赤魔術師はほろりと涙を流した。

まるで故人を惜しむような言い草だ。

「その青魔術師もお前が殺したのか?」

「まさか! てか死なないし! うざかったからめためたボコってふて寝中。あと千年は起きなそう」

さっきの涙は演技だったのか、今度はけらけらと愉快そうに笑う赤魔術師。


「青くんがいなくなって、いよいよやることがなくなっちゃってさ。そんな時に思いついたんだよね。本物の幽霊を作って人間を怖がらせる遊び。こういうのは黒の得意分野なんだけど、我流でもできそうだったからさ。結果はご存じの通り大成功! いやー、アタシってほんと天才だわ」

化け物はぺらぺらと饒舌に語り尽くす。 

「まだ造って10年……もっと頑張って欲しかったのに案外さっくり倒されちゃったなぁ。青くんが残した魔術知識が残ってたの盲点だったよ。キミらを監視してなかったら気が付けなかったな。近くの町から人形向かわせてむちゃ慌てて焼いたけど、間に合わなかったね。キミたちに知られちゃった」

「お前がオレの村を……!!」

ティナは腹の底から湧き上がる怒りを堪えるようにぐっと拳を握った。

想像はしていたが、いざ本人の口から事実を聞くと冷静沈着ではいられない。


「うん。まさかボコったあとでこんな嫌がらせしてくるとは思わなかったよ。キミたちを処分したら、世界中の人形を渡り歩いて、他に青くんが残した本がないか探さなきゃ。面倒くさいなぁ」

面倒くさいと言いつつも、赤魔術師はわくわくと声を弾ませている。まるで宝探しをする子供のようだ。

「そしたらもう幽霊は最強、完璧! 次はもっと改良して、全世界を幽霊の恐怖に陥れたいなぁ。複数作っちゃうのもいいね。伝染する幽霊とか……あ、それはゾンビかな」

未来の展望をあれこれ妄想して、不死者は悦に入る。

時間つぶしを考えている時間が、一番楽しいようだ。


エルリクはそんな魔術師とは対照的に、静かに思考を巡らせていた。 

途方もない上位存在だと伝え聞く不死者をどうすれば殺せるのか。

どこかにその糸口はないかと観察する。

身体的特徴、赤魔術師の発言の全て、ここまでに分かっている能力――それらを合わせて”考察”する。


「数十年ぶりの会話だったから、思ったより話し込んじゃった。もう質問タイムは終わりでいいかな? そろそろ飽きてきたしね」

赤魔術師は愛らしい笑みを浮かべたまま右手をエルリクたちに向かって伸ばした。

白い手。その手の甲が独りでに、ぴ、と裂ける。

鮮血が噴きあがり、それは打撃武器の形へと変貌する。

剣を叩き折る本来は無骨な打撃武器。長柄のメイスだ。


無骨と言い切れないのは、そのメイスがあまりにもファンシーなデザインをしているからである。

大きさと重量感を無視すれば、魔法の杖のような雰囲気を漂わせている。

つるりとした光沢のある柄の先には、赤いハート型の刃が並んでいる。刃の中心には輝く宝石がついていて、装飾品のようですらある。

そんな可愛らしくも凶悪な刃の根元には、ふんわりと翼のようなリボンが結わえられ、赤魔術師が一振りすると可憐に揺れた。

武器を吐き出し終えた手の傷は何事もなかったように塞がる。

 

ティナはその一連の魔法に対し魔力を一切感じなかったことに苦笑する。

世界の法則の外にいる存在――これが不死者か。

一族の仇だ。戦うことに躊躇はない。だが、あまりにも勝てるビジョンが浮かばないことに、思わず笑ってしまうのだ。


「イン、ティナ」

エルリクは赤魔術師を見据えたまま、後方の仲間たちの名を呼んだ。

「なに。今更逃げろとか言いだしても聞かないよ?」

「ていうか逃げられないですしね!」

各々の武器を構える。

ジーナフォリオとの戦いで致命的なダメージはなかったものの消耗は激しい。

それでも目の前の化け物にみすみす殺されてやる理由もない。

「ああ。連戦だ。最大限注意しろ」

 

魔術師の名を冠しているが、生成した武器は近距離用のメイスだ。

何をしてくるのか未知数である。

「うん!」

インは頷き、エルリクの前に出た。

ティナは後方の少し土の盛り上がっている場所に下がり、戦況を確認、サポートの準備をする。

ジーナフォリオ戦で有効だった陣形だ。


「こないの? じゃあこっちから行っちゃおー!」

エルリクたちが戦闘態勢をとったのを見た赤魔術師はメイスを一振りすると駆け寄ってくる。重そうな武器をまるでオモチャのように軽々と扱う様はそれだけで恐ろしい。

「おりゃ!」

一瞬で間合いを詰められ、間近に迫った赤い虹彩にぞわっと鳥肌が立つ。

思考するよりも早く手が動いて、インは剣を振り上げる。


――ギィン!


火花が散る程の衝撃。

インの腕にズン、と凄まじい重さが伸し掛かった。

「ぐっ……!!」

「おお、さっすが獣人ちゃん。力持ちだねー」

赤魔術師は愉快そうに微笑んだ。

「ふぅっ……ううう!」

このまま負荷をかけ続けられたら、剣が折れる。

金属の僅かな軋みを筋肉で感じ取ったインは、力を一方に集中させ、メイスを弾き返した。

「おおー、すっごぉ。幽霊メタってるだけじゃなくてちゃんと強いんだ」

赤魔術師はおどけた調子でうすら笑った。

その隙をインは的確に捉えて、返す手で赤魔術師を切りつける。

 

剣の切っ先が赤魔術師の頬を捉えて切り裂く――その手ごたえを感じたと思った刹那、その感触が文字通り霧散した。

赤魔術師の肉体が、服が、武器が、赤く細かな粒子になって空気中に広がったのだ。

「――え?」

血の霧は意思を持った生き物のように流動して、数メートル離れた場所に集まると、再び赤魔術師の姿になった。


「な……!?」

「ふふふ、びっくりしたでしょ? アタシの得意技、すごくない?」

あっけにとられるインの前で、形成されたばかりのまぶたを片方だけ閉じてウィンクをする赤魔術師。

「なるほどな、吸血鬼の異名の所以はこれか」

「吸血鬼は霧になれるって……とんでもない後付け設定だと思ってましたよ」

その様子を離れた場所から観測していたティナも悪態をついた。

 

怪異についての情報収集をする中で、エルリクは未分類の魔物についても調べていた。その中で特に目を引いたのが吸血鬼。

高い知能と戦闘力と不死性を持つという。

さらに聖職者が吸血鬼を仕留めようと追い詰めた瞬間に、霧となって逃げのびたという伝承が残っていた。

赤魔術師が吸血鬼ならそれは合致している。


「厄介だな、伊達に不死じゃないってことか」

エルリクはスクロールを取り出す。

一見どうしようもないモンスターである吸血鬼だが、いくつかの弱点も共に紹介されていた。

「これは効くか? <アウレオラ>」

呪文を唱えると、光の矢がスクロールから無数に飛び出して赤魔術師に降り注いだ。

「わぁ! よっ、てやっ」

間抜けな掛け声を出しながら、赤魔術師は光の矢をすれすれで交わす。

赤い髪の先にかすり、じゅわっ、と焼け焦げる。

「クレアーレ!」

 

その間隙を縫って、ティナが呪文を唱えると、地面から土が固まってできた槍が伸び、赤魔術師の足を突き破った。

「おぉ……びっくりしたぁ、そんな高等魔法をスクロールにできるなんて、便利な時代になったもんだ」

赤魔術師は感嘆の溜息をついた。

痛みを感じていないのか表情一つ変えずに、地面に縫い留められた足を無理やり引きはがす。

ぶちぶちぶち、と悍ましい音を立てながら足が自由になる。

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