赤魔術師
「……!」
三人は弾かれたように声のする方を仰ぎ見た。
山岳の切り立った崖の上に、誰かが立っている。
「よいしょっ」
それを認識するやいなや、その人影は崖から飛び降りた。
数十メートルはある、高所からの落下。
普通の人間ならばその衝撃で、身体全身が砕け散るだろう。
しかし、彼女は軽やかにつま先から接地し、踊るように降り立った。
見たこともないような珍妙なドレスは、スカートの丈が膝上ほどまでしかなく、豪奢なパニエで傘のように広がっている。
そこから伸びているのはタイツを着用していない生足で、高いヒールのショートブーツを履いている。
赤い光沢のある生地のドレスは黒いフリルとリボンで派手に装飾されていた。
腰まである結われていない長い深紅の髪が風に揺れる。
それのどこをとっても異様な少女がことさら奇妙に見えるのは――これまた真っ赤な虹彩の中に浮かぶ瞳孔が、歪に蕩け、薄紅に輝いているからだ。
可愛らしい見た目の少女には違いないが、一目で異質な存在だと理解する。
そして本能が、その赤を恐れる。
「だ、だれ……?」
インは震える声でやっと問いを絞り出した。
「むふ~、いい反応♪」
満足げに目じりを下げて笑う少女。
エルリクが覚束ない足取りで、一歩踏み出した。
目を見開き、彼女を見つめる。
何もかもが違っていた――、しかし、知っていた。
「……エリシア?」
からからに乾いた喉から一つの名前がこぼれ落ちる。
それはエルリクが幼かったころ、屋敷に使えていたメイドの少女の名だった。
もちろん、彼の知るエリシアはこんな格好をしていない。短い黒髪をカチューシャで止め、一般的なモノトーンのメイド服を着ていた。
大人しい少女だが、仲の良いエルリクには冗談を言ったり、揶揄ったりする一面もあった。
そんなエリシアと……顔の造形や、背格好だけが瓜二つだった。
そんなはずはない、とエルリクは自分に言い聞かせる。
彼女は10年前に死んでいるはずなのだから。
もし彼女が爆ぜて死んだのが、エルリクの思い違いだったとして、10年前の彼女と同じ顔では道理が合わない。もし生きているのなら、二十代後半の女性になっているはずだ。
目の前にいる少女はインより少し年上……どんなに上に見積もっても、エルリクよりは若く見えた。
「エリシア? もしかして、アタシの顔知ってる?」
「お前は10年前に死んだはずじゃ……」
怪異を追うために古今東西の幽霊話を聞き漁ってきたエルリクだが、実際に自分の知る――親密にしていた故人が目の前に現れることの衝撃を初めて体験していた。
嬉しさより、悲しさより、恐怖があった。
それは彼女がまるで別人のような笑みを浮かべているからに違いない。
「10年前……っていうと……あー、あの屋敷メイドかなぁ! そんな名前だったっけー」
けらけらと赤い少女は笑う。
「あの屋敷と領民はみーんな、あの子が始末したと思ってたけど、キミ……死に損なっちゃったんだ」
「お前は何なんだ? エリシアじゃないのか?」
エルリクの瞳が揺れる。
「うん、私はエイラじゃないよ。エリシアがアタシだったの」
赤い少女は自身の薄い胸に手を当てて目を閉じ、うんうんと1人で納得したように頷いた。
「エルリク、さっきからなんの話しをしてるんです? こいつと知り合いなんですか?」
あっけにとられていたティナがようやく正気を取り戻し、エルリクに耳打ちをした。
その答えが気になったインも耳をそばだてる。
「僕の住んでいた屋敷のメイドに顔がよく似ているだけだ」
「えっ、こんな人が貴族の屋敷に……!? はっ、もしかして道化師的な――」
「いや、似てるのは顔だけでそれ以外はまるで別物だ。10年も経って歳を取ったようにも見えない」
インの驚きを冷静に否定して、エルリクは実の姉のように思っていたメイドと瓜二つな少女を睨んだ。
「こっわぁ♪ でも。いいよ? ご希望通り説明してあげる。暇つぶしにね」
ふざけながら赤い少女は、踊るようにくるくると回った。
「エイラはアタシの作った生体人形の一つ。容姿もアタシに似せて人間らしく作ってみたんだ。可愛かったでしょ?」
自分の容姿に自信があるのか、少女は高慢に笑った。
実際に少女は異様な服装や目の奇妙さを言及しないのなら、見惚れてしまうほど美しい。
エリシアも同じ屋敷勤めの男や、屋敷に招かれた客人の男に度々求婚されるほど、美人で有名だった。
「人形はアタシが世界中自由自在に移動できるように、世界各地に置いてあるの。でも普段のお手入れが面倒だから、偽の記憶と、魂を一つ入れて自動で動くようにしてるんだ。自分が人間だと思い込んだ人形は、人間がそうするように食事して睡眠をとって自分でメンテナンスしてくれる。それに人として社会に溶け込んでもらってた方が、いろいろと便利なんだよ」
得意気に少女は説明した。
「魂を人形に入れて自我を持たせる? そんな高等な魔術が存在するなんて……!」
ティナは信じられないものを見るように少女を見つめる。
そんなティナのリアクションは少女の自尊心をくすぐった。
「ふふふっ、驚いた? これくらい簡単なの。だってアタシは魔術師なんだから」
少女は興が乗ってきたのか満ち足りた顔で笑うと、芝居がかった動きでスカートを広げるようにつまみ、お辞儀をする。
「挨拶が遅くなっちゃったね。アタシは神が造った特別製の七番目、赤魔術師」
歌うように名乗り、赤魔術師は顔を上げると、溶けた瞳孔で取るに足りない人間たちを見つめた。
「他には血の魔術師、死者の王、吸血鬼……とまあ、いろいろな呼び方で呼ばれてる。私は寛大だから、キミたちにも好きなように呼ばせてるんだ」
「ま……じゅつし……不死者……!」
インはそれだけ理解し、戦闘態勢で警戒する。
複数の名で名乗った少女――赤魔術師は顔を上げ三者それぞれの反応を味わう。
「うん……いいねいいね。しばらく表立って暴れてこなかったけど、アタシの強大さ偉大さ可愛さは現代にも伝わっているんだねぇ」
どこかズレた発言をする赤魔術師は上機嫌に頷いた。
「エリシアは――エリシアはどうなったんだ?」
「ん? 壊れたよ。アタシが造った試作品に壊されちった」
赤魔術師にとっては物同然なのだろう。あまりにも感情のない言い方に、エルリクは奥歯をぎりっと噛み締めた。
「壊れただと……! 違う、殺されたんだ!」
「あー、うんうん。思い出してきたよ。エリシアをあそこに配置したのは、試作品の材料集めに適していたから」
感情を抑えられず激高するエルリクに対し赤魔術師はひょうひょうとかわした。
「試作品の材料……?」
いやな響きにティナの額につぅっと冷たい汗が伝う。
「そう、キミらがジーナフォリオと呼ぶあの怪物のことね。体のない人形が作れないかな~って試行錯誤してできたの。魂だけで作る分たくさんの……とってもたくさんの魂を集める必要があったんだ。それが材料♪」
饒舌に赤魔術師は材料について語った。
「あの地方は周辺と高頻度で戦争をしていたからね。死んだばかりの新鮮な魂がいくらでも手に入ったよ。時々エリシアに入って魂回収してたっけ。結構大変だったんだよねぇ」
赤魔術師は懐かしそうにそう語った。
エルリクの脳裏には、時々ふといなくなるエリシアが過った。何をしていたのか問うと散歩だとぼんやりと答えていたが、あの時の彼女は赤魔術師によって操作されていたのだ。
「後は集めた魂をこねこねして、イイ感じの形に成形してできたのが、アレってこと!」
無邪気に赤魔術師が解説を続ける。
魂を扱うだけでも特殊な技能が必要なのに、それをまるで粘土で想像上の動物でも作るように魂同士をこねて新しい存在を生み出している。
その途方もないような技術を――おそらくこの魔術師は、感覚的に、それを理解し実行する。
「普通魂だけじゃ存在が希薄過ぎて自然消滅したり、形を保てないんだけど、あの子は複数の魂を組み合わせて造ったからめっちゃ強くなってね。それでこれ実体ない方が強いかも! って思って試しにコア以外取っ払っちゃったの。そんで、試運転に屋敷の放り込んでテストしたら……これが大成功! 誰もあの子を止められなかった。みーんな殺せた。あなた以外はね」
指をさされたエルリクは幾分冷静になり、静かに敵を見据えた。
目の前にいるエリシアによく似た少女は彼女とまったくの別物であり、エイラや両親や領民たちを殺した怪物であると理解する。
不死者だと思っていたジーナフォリオの正体は、本物の不死者によって造られた怪異だった。
「ど、どうして……そんなことをするの?」
インは震える声をなんとか律して、赤魔術師を睨みつけた。
「んー? そんなことって?」
赤魔術師は子供のつたない言い回しの本意を訊ねるような優しい声音でそう聞き返した。
「あんなものを作って……無差別に虐殺させて――人に恨みでもあるの?」
「恨み? ないない。それどころか、アタシはみーんな好きだよ」
インの問いを一笑に付す。
「アタシが生き物を殺すのは……この世界の生き物はぜんぶ、アタシの物だからだよ!」
揺るぎのない自信満々の表情で、声で、言葉で赤魔術師は断言した。




