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正体

怪異は悍ましい悲鳴を上げる。

 

目を狙ったが僅かにズレて、眉間から上顎に深い切り傷がついた。

ジーナフォリオの悲鳴は甲高くまるで子供か女性のようで、ティナは顔を顰める。

「きしょすぎ……! アルマ、クレアーレ!」

ティナは足元の土に先ほどの付与魔術をかけ、続けて土魔法を唱えた。

土魔法はティナの得意属性であり魔力を温存できる上、コントロールも正確にできるからだ。

ティナは土で4つの礫を作り、ジーナフォリオに射出した。

その速さは長弓の矢にも匹敵する。

 

ガキンッ、と硬質な音を立ててそのうちの二つが命中すると、肩と脇腹を構成する一部の骸が砕け散った。

ジーナフォリオが再び悲鳴を上げ身体を捻り、残りの二つの軌道を外れる。

泉に落ちた土塊は大きな水飛沫をあげた。

「そこだ……!」

水飛沫の死角からエルリクが間合いを詰め、ジーナフォリオの後ろ足の腱を切りつけた。


 ガゥウッ!!


今度はまるで獣のような咆哮を上げ、体勢を大きく崩す。

「ラァッ!」

その大きな隙をインが見逃すはずもなく、生物であれば急所である首を深く切り付ける。

ぎゃりぎゃり、という固い岩でも削るような音と火花が散る。

「んンッ!」

重い手応えに歯を食いしばりながら、剣を振り抜ける。


 アアアアア……!!


先ほどより幾分弱々しい悲鳴をあげながら、ジーナフォリオはどう、と倒れた。

規格外の大きさもあって首を落とすには至らなかったものの、半分くらい刃が入った手応えがあった。

「よっしゃ!! クソ骨がくたばれぇ!」

ティナが遠くから口汚くヤジを飛ばした。

インもほっと緊張を緩める。


付与呪文がここまで効果覿面だとは思わなかった。

不死者故に殺せないらしいがこのまま死んでしまいそうな様子に高揚した。

もう一度切りつければ首も落としてしまえるかもしれない。

インは剣を構えてジリジリとジーナフォリオの頭部に近づく。

「エルリクの家族や、たくさんの人を殺してきた報いを受けろ……!」

 

剣を振り上げるーー


「イン、退がれ」

その刹那、エルリクがインの前に立ちはだかり、上空から急降下してきた呪詛の腕を切り落とした。

インは目を見開いた。

切り落とされた触腕はぐねぐねと地面でのたうち回っている。

ジーナフォリオは怯んだのか、他の触腕も引っ込めてみじろぎした。


前は見えていたはずの触腕に少しも気が付けなかった。

エルリクがいなければ、あれに囚われていただろう。

「……あ、ありがとう」

「速度を落とせば隠匿できるようだな。……視えていれば関係ないが」

エルリクは目を細め、まだ獲物を捉えようとする触腕を睨みつけた。


「二人とも離れて! クレアーレ」

ティナが叫び、もう一度土塊の弾丸を発射する。

二人が横に飛び去った瞬間に、ジーナフォリオに着弾した。

耳が痛むほどの金属音が鳴り響く。

叫び声を上げて、泉に飛び込むジーナフォリオだが、水しぶきが上がるだけでその姿は消えなかった。

「やはりお前が入れるのは鏡面だけ……ティナの土魔法で水面が荒れれば姿は映らない」

エルリクは想定通りの状況に口角を上げて、再びジーナフォリオに接近した。

 

退路を失った怪異は、その場で足踏みすると尾を振り上げエルリクを薙ぎ払おうとする。

しかしそれも動作から見切ったエルリクは尾に飛び乗るとそのまま駆けあがり、背に登った。

何度も打ち込まれたアルマで強化された礫と、傷によって霊体化すら阻まれた怪異に残された手段は、もはや身を捩り暴れることだけだ。

しかし、躯でできたジーナフォリオの身体にはたくさんの凹凸があり、足場にも掴む場所にも困らない。

ジーナフォリオの抵抗をいなし、エルリクは怪異の中心部まで進む。


「終わりにしよう、ジーナフォリオ」

そして骨の鎧が剥がれてむき出しになった内部、鈍い輝きを放つ一握りほどの大きさの赤い石のような物体めがけて短剣を突き刺した。

がず、と硬い手ごたえに刃が阻まれる。

触腕が数十本と伸び、エルリクを引きはがそうと彼の手足に絡みつく。

「ぐっ……!」

肉が引き裂かれ、焼けるような痛みがエルリクの脳を焼き、視界をにじませる。

 

それでも、エルリクはつま先を躯の間に突き立てて耐え、両腕に力を籠める。

ジーナフォリオの抵抗が一番激しいここが、やつの弱点だと確信があった。

「くっ……砕けろぉおおお!!」

叫びながら、渾身の力で短剣を核に押し込んだ。

硬い表面が砕け、短剣がズッ、と深く潜り込んでいく。

中身は重く柔らかい手ごたえだ。

それを貫いた瞬間、そこから鮮血がふき出した。

 

大きさに見合わない大量の血液が勢いよく周囲に降り注ぎ、赤く染めていく。

ジーナフォリオは悲鳴も上げず、全ての躯が力を失い、崩れ落ちた。

「……っ!」

 エルリクは降り注ぐ死体を蹴って後退し、顔にかかった返り血を拭う。


「エルリク……!」

二人が駆け寄り、彼の肩を支えた。

返り血以外にもジーナフォリオに全身引き裂かれ、あちこちから出血している。

「待って、今治す!」

ティナが回復魔法をかける中、ジーナフォリオはぼろぼろと崩壊していく。

獲物に襲い掛かろうという意思が残っているのかこちらを見つめているが、身体を維持する躯も崩れ落ち、一塊の躯の山になった。


「た……倒したの……!?」

インの目には倒れ伏しながら、ジーナフォリオが消滅したように見えていた。

実際鮮血を周囲に残し、ジーナフォリオの霊体は急速に分解され、希薄になっていくのがエルリクとティナにも分かった。

「見た限りではそうだな。ようやく終わった……」

 

ぐったりと脱力し、消えゆくジーナフォリオを仰ぎ見るエルリク。

回復魔法のせいか疲労の色が濃い顔をしていたが、どこか憑き物が落ちたようなすっきりとした表情をしていた。

そんな彼を見ていると、今にも死んでしまうのではないかとインの胸にふっと不安がよぎる。


「あ、あーあ! 怪異だからちょっと予想はしてたけど、なんにも残さず消えちゃうなんてね! これじゃ倒した証明できないし、報酬もでないじゃん!」

インはおどけて文句を言った。

「本当ですよー。ここまで来るのにお金も使い果たしたし帰る場所もないし、どうしようかなぁ」

ジーナフォリオを倒すという目的を失って路頭に迷うのはエルリクだけではないようだ。

「それじゃ、ティナも冒険者になって正式にパーティーに加入しなよ! ねぇ、エルリクもいいよね?」

「僕はかまわないけど、3人パーティーだと少人数募集のクエストを受けられなくなる可能性があるが、それはいいのか?」

「いっ、いいよ……! 私たち中級クエスト相当の実力あるもんね! 規模の大きいクエストでがっつり稼げばヨシ!」

「にわかに心配になってきました。インみたいなのが冒険者では早死にするんじゃ?」

「そんなことないし!」

「ははは」

完全に怪異の躯が消え、和やかに会話が盛り上がった。

エルリクもじゃれ合う二人を眺めて笑みをこぼした。


それぞれ武器を仕舞い、装備をざっと整える。

「さて、パテラに戻りたいが、そこそこ距離もあるな」

「こっから歩き詰めはきついですって!」

「今日は一旦野宿でよくない? 泉も近いし!」

スタミナのない二人は、下山に猛反対した。

「杭から遠いここは魔物の住処だと思うが、歩くより戦闘の方がマシなのか?」

「全然マシですね」

「っていうか、このあたり、ジーナフォリオが暴れたからか全然魔物の気配しないよ。大丈夫大丈夫~」

ティナとインは結託して、野宿の方向へと誘導する。

エルリクは寝込みを魔物に襲われたらひとたまりもないと警戒しての下山希望だったが、感覚の鋭いインがいるならその心配もないかと思い直した。

それに二人がこんなに休みたがっているのに、下山を強行するのも良くないと、肩の荷が下りたエルリクは二人の意見を寛大に受け入れることにした。


「分かった。今日は野宿にしよう」

「やった~!」

「火、おこそ!」

早速荷物を解いて、野宿の準備を始めるティナとイン。

実年齢はティナが断トツで高いものの、精神年齢はティナとインで似通っているのかもしれない。

「ほら、エルリクも手伝ってください! なんか燃やせるもの拾ってきて!」

「……人間づかいが荒いな」

エルリクは苦笑して、乾いた木の枝が見つからなさそうな周辺環境に肩を落とした。

湖に雑木林。ちらほらと雪が積もっている。お世辞にも乾燥した地形ではない。


湖のほとりに目をやると、ジーナフォリオは跡形もなく消え失せていた。

「なぁ、ティナ。不死者は殺せないんじゃなかったのか?」

純粋な疑問を口にするエルリク。

「うん、そのはずです。うーん……」

ティナは鮮血が沁み込んだ地面に目をやり考え込んだ。

「なになに、何の話?」

寝袋を広げていたインが、手を止めて二人の会話に加わる。

「ジーナフォリオをどうして殺せたかと言う話だ」

「あっ、それ! 私も気になってたよ。っていうか、最後に壊したのアレなに?」

「さぁ? 大事そうにしていたから弱点だろうと思っただけだ」

普段はあれこれ理屈や知識をこね回している男だが、直感に従うと大胆になるようだ。


「あの血みたいなのは消えないんだね」

「ああ、内部に巧妙に隠されていたが、あれだけは物質だったみたいだな。……霊体、物質……」

エルリクの言葉にティナがはっと顔を上げた。

視線が合ったエルリクとティナは同時に口を開く。

「依り代……!」

「えっ……え?」

見事に重なった声に、インだけが困惑していた。

「確かに強かったけど、世界に21体しかないやつの一つかって言うとそこまでって

感じでしたもんねぇ」

「むしろ不死者じゃなくて良かった。本当に殺せるとは思ってなかったが」

「さっきからどういうこと!? ジーナフォリオは不死者じゃないの!?」

完全に話に置いていかれてしまったインは二人を見比べながら食って掛かった。

「エルリクが叩き切ったものは現実に存在する物質でした。その証拠に霊体であるジーナフォリオが消えた後でも、血痕が残ってますね。アレを中心に動いていたということは、アレがジーナフォリオの依り代であった可能性が高い」

「あ……! 番犬」

インはティナの故郷であったことを思い出した。


「実体化できるほどの怪異であれば、依り代を霊体の中に内包することが可能なようだ。そうすることで自由に移動することもできる」

遠くへ移動することはできなかった番犬と違い、大陸を横断するような大移動をしていたジーナフォリオ。しかしその本質は同じものだったようだ。

「依り代から召喚されたものならば必ず、依り代を制作したものがいるはずだ」

「ジーナフォリオを喚び出した人がいるってこと……?」

あんなにも強大で悍ましいジーナフォリオをさらに使役している存在のことを考えるとめまいがした。

まともな人間がそんなことをするはずがない。

「依り代に何かがあれば召喚した術師が感知できるはずなんですよね。向こうにはジーナフォリオが消滅したことが筒抜けのはずです」

「どんな目的であれを喚び出したのかは分からないが――野宿している場合じゃないようだな。急いで下山の準備をするぞ!」

「ええ~!」

インは不満を漏らしたが、緊迫したエルリクとティナの様子に、渋々広げた寝袋に手を伸ばし――、


「んー、惜しい。召喚したんじゃないんだよなぁ~、これが」


ふと、頭上からインのものではない女性の声が降ってきた。


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