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特攻武器

1日歩き通し、森から出た3人は運良く行商人の馬車に乗せてもらい、フーウィル地方の貿易都市フリジナリカに辿り着いた。

ティナは体力も精神も限界がきて眠っていた。

エルリクはメナイスで起きた襲撃事件を大まかにギルドに報告した。近々調査隊が派遣されることになるだろう。

数日が経ち、エルリクの傷が良くなりティナの精神状態も一応は安定した。


「ごめんね、ティナ」

宿の部屋で食事をとりながら、インがぽつりと呟いた。

「なんでインが謝るのさ」

「いや、私がもっと早く気づいてれば……」

「インのせいじゃないですよ。あの地下室、かなり深いところにあったから、音も匂いも届かなくて当然です。むしろインがいなかったら俺たち全滅だったよ」

ティナは弱々しく笑って見せた。

 

憔悴はしているものの塞ぎ込んではいない。

てっきり過去の自分のように思い詰めるのではないかと心配していたエルリクだったが、よくよく考えればティナは百歳を超えているのだ。

妖人の基準ではまだ子供だが、十歳のエルリクよりもずっと強い心を持っている。

「やせ我慢してない?」

「してないよ。まあ魔物にせよ人間にせよ犯人は絶対許さないですけどね!」

ティナはむしゃくしゃをぶつけるように、黒パンにかぶりついた。

「犯人か。ギルドの調査が入って何かしら情報を得ることができるかも知れないが……タイミングがタイミングだ。僕たちが神殿に忍び込んだことや書庫に入ったこと関係している可能性が高い。ティナ、巻き込んで済まない」

「えっ!? エルリクって謝れたの……!?」

ティナは目を丸くする。

「いや、分かる。私もこの間謝られて内心ビビってた」

インは同意してスープを啜った。

目の前で好き勝手言われているエルリクだが、特に気にしていない様子でパンを食べ進める。


「一番考えられるのは、あの書庫に暴かれたくない情報があるものの仕業だな。方法は不明だが僕たちが書庫に侵入することを察知して、僕らともども本を処分しようとした可能性だ」

「その情報を知られて困るのって……もしかしてエルリクたちが言ってるジーナフォリオの仕業?」

ティナは首を傾けて考えた。

書庫への侵入をすぐに知れる身内の――メナイスの住人が犯人である線もありえなくはないが、侵入者はともかく他の住人を殺して回る意味はない。


「いやぁ、塔に放火するような知性をジーナフォリオが持ち合わせるとは思えないけどね」

インは化け物の姿を思い浮かべる。

火を噴けるなら別だが、この間戦ったときはそんな行動はしていなかった。

「ジーナフォリオ本体じゃなく、例えばジーナフォリオの狂信者の仕業なども考えられる」

「そんなのいるの!?」

「逸脱個体の魔物には大体狂信者がいる。死神と崇めたりな……」

「そのマインド、どこかの誰かを思い出すような……」

インはじーっと目の前の男を見つめた。

憎しみを拗らせて信仰に片足突っ込んでいた男は、心当たりがあるのかバツが悪そうに眉間にシワを寄せ、溜息を吐き出した。


「まあそれは良いだろう。とにかくその場合目論見通り妨害は成功だな。ジーナフォリオに特攻のある呪文かなにかを手に入れたかった、もう灰になってしまった」

ティナが失ったものが大きすぎて霞んでしまったが、インとエルリクもあと少しで掴めそうだった糸口を失った。

かくなる上は何年もかかるが、妖人の国まで行って同等の文献を探すしかないだろう。

それを思うと、いくら執念深いエルリクでさえも気が遠くなりそうだった。


「エルリク、イン。この空気で言い出しにくかったんだけど、ちょっと見せたい物があるんです」

黙り込んでしまったエルリクとインを気まずそうに見た後で、ティナはおずおずと手を上げた。

「えっ、なになに?」

「ちょっと待っててください」

ティナは自分の使っているベッドまでいき、畳んである法衣の中から何かを出して持ってきた。

「これです」

「これって、白紙の本じゃん」

机の上に置かれた本は紛れもなく、あの書庫でティナが気に入っていた豪華な装丁の本だった。

表題は”魂の変容”とだけある。

「実は値打ちものだと思って、逃げる前に服の下に忍ばせてたんです」

「マジかお前……それならもっと役に立つ本もあっただろうに……」

さすがのエルリクも直接的な悪態をつくほど呆れている。


「ま、まさかこんなことになるとは思わず……まあ、それは一旦置いといて見てくださいよ!」

二人から向けられる白い視線を振り切るようにティナは勢いよく本を開いた。

「あれっ……文字が書いてある!? この前見たときは確かに全部白紙だったのに……」

動体視力の良いインは、あの時にパラパラとめくられたページの全てが見えていたが、確かに白紙だったはずだ。今はうっすらと文字が浮かんでいる。

「これは一体どういう仕組みだ……?」

「ほら、聞いたことありませんか? 柑橘の汁で文字を書くと一見透明だけど、火で炙ると文字が黒く炭化して見えるようになるって言う……」

「ああ、僕も子供のころにそれで暗号ごっこをして遊んだ覚えがある」

しかしどう考えても、何百年も文字が残るほどの耐久性があるとは思えない。

「それの手の込んだやつ……っていうか、これも一種の魔法ですね。父さ――司教に聞いたことがあるんです。火に投げ込むと読める本があるって。燃え尽きるまでの間だけ読めるらしいんです」

「そんなに読める時間が短い本って、本末転倒なんじゃ……?」

その仕掛けの意味が分からず、インは首を傾げた。

「あまり大勢に知られたくない情報なんだろうな。……判読は難しいか」

目を凝らしても文字は薄くとぎれとぎれで読める気がしない。


「二人がいないときにこっそり出して、火で炙りまくったんだけど、これが限界でした。本全体を火に投げ込むしかないみたいですね」

ティナの思い切りの良すぎる行動に、二人は呆れながらも感心した。

「希少な情報を失うかも知れない恐ろしさはあるが――やるしかないようだな」

「やっちゃいますか! 滅びた故郷の大事な形見を火にぶち込むなんて、最高に興奮しますね……!」

「もしかしてティナも、エルリク以上に破滅願望があるの?」

どうして自分が出会う人物はみんな癖が強いのだろうと、インはいるかも分からない神様を恨むのだった。



収穫は想定以上だった。

見知らぬ呪文の数々がその本には記されていた。エルリクとティナのは浮かび上がっては灰になる文字を必死に書き写し、そして解読した。

「不死者を殺す呪文……は流石になかったですね」

「ああ、でもこれ以上ない有用な呪文を手に入れた」

「なにそれ?」

一人だけ呪文の効果を把握していないインは怪訝そうに魔術書の写しを睨んだ。


「これは物質が魂に干渉する効果を付与する魔術なんです」

「えーと、つまり?」

そんなふうに言われたとてピンとこない。

「通常ジーナフォリオは物理ダメージを受け付けない。だが、この呪文を武器にかけることで、ジーナフォリオを直接攻撃できるようになるってことだ」

エルリクが噛み砕いて呪文の効果を説明すると、インの瞳がみるみるうちに輝き出した。

「そ、それって、ほぼ特攻呪文じゃない!?」

「そうなんですよ」

「まあ、これでようやく有効打を手に入れた程度だけどな。それ以上に厄介な呪いも素の強さも兼ね備えているジーナフォリオと戦うには十全に準備が必要だ」

得意げなティナに釘を刺すようにエルリクは冷静に言った。

「一筋縄ではいかないよね……っていうか私、武器ないじゃん!」

インは思い出して悲鳴を上げた。

お気に入りの相棒はジーナフォリオと初対面の時に森の中に置いてきてしまった。

広い森の中に今更探しにいって見つかるわけがない。


「そもそも付与魔術には魔晶石という貴重な素材を使って、武器に術式を刻んでおかなくてはならないんです」

「私その素材知ってる……うちの国の特産だけど、めちゃくちゃ希少で、一年に数個発掘できるかどうかっていうレベルだよ!? みんなで掘りにいっても見つけるまでにどれくらいかかるか……」

インはがっくりと肩を落とした。

有効手段がそれしかないとはいえ、数年もかけて発掘していたらその間にもジーナフォリオによる被害者はどんどん増えていくだろう。

それにジーナフォリオは移動する。今なら近くにいるだろうから探すことは不可能ではないが、数年越しに探してまた見つけ出せる確証もない。

「まさか、こんな大問題が立ちはだかるなんて……」

「何が問題なんだ?」

絶望するインに、エルリクは不思議そうに問いかける。

「いやいや! 問題しかないでしょ! そんなに時間かけてられないんだから――」

「時間がかかることを解決するのは簡単だぞ」

エルリクは最後の一口を食べ終えると立ち上がった。

「どうするんですか?」

「養父に手紙を出す。イン。魔晶石一つ、どれくらいで買えるんだ?」


インが思っていたよりも貴族の財力というのは恐ろしいものだった。

彼女が一生働いて手が届くか分からない額を、ぽんと借りたエルリクは魔晶石をいとも容易く競り落とし、尚且つ三人の装備まで整えてしまうのだった。

 


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