調べ物
心なしか室温も下がり、肌寒く感じる。
地下階はタイルづくりの床の廊下が伸び、そこから各部屋に繋がるドアが面しているという構造のようだ。
「ここが食糧庫で、このドアはなんだったかなぁ……久しぶりに来たからうろ覚えだなぁ」
「お前の記憶が頼りなんだ、頑張って思い出してくれ」
エルリクは溜息をついて、頼りない背中に続く。
地下はとても静かだ。土に吸われているのだろうか、インが耳を澄ましても地上の鳥獣の声が一切届かない。
「ねぇ、ティナ。この地下って出入口他にあるの?」
「はい。三か所ほど」
「それならいいけど……あ、いや、外の音が聞こえてこないから、逃げるのが遅れそうだなって」
「それなら大丈夫ですよ。階段を下りる音はそこそこ響きますから。それが聞こえてから逃げても全然間に合います」
「こっちの足音も聞かれるだろうがな」
「姿さえ見つからなければセーフなんで!」
繊細そうな容姿に反して大雑把なティナの性格にも徐々に慣れてきた二人は、いざというときに逃げ出す覚悟を固めた。
「ああ、あった、ここです」
ティナが足を止める。
古い木の扉だが、不釣り合いな青色の石が中央にはめ込まれていた。
「この石は?」
「さあ? 特に何の力もないですね。飾りじゃないですか?」
ティナはエルリクの疑問をばっさりと斬って、ゆっくりと扉を開く。
事務室よりも二回りほど小さい室内にはぎっしりと本棚が詰め込まれていた。
先ほどの古い紙の匂いとはまた別の香りにインは顔を顰めた。
「ちょっと臭……」
「あはは、ここにあるほんの大部分が羊皮紙でできているので、紙より臭いますよね」
「なるほど……」
言われてみると、獣臭に似ている。
「ここから目当ての本を見つけるのは骨が折れそうだな」
「そうですね、全部で五千冊くらいかな。まあ、三人で探せば朝日が昇る前には終わりますよ!」
ティナは楽観的に笑った。
「さて、ティナ。ここの本について知っていることや、並び方などを教えて欲しいんだが……」
「それがですね、お察しの通りほとんど覚えてません。昔忍び込んだことがありますが、忍び込むことが目的で本には興味がなかったので。司祭に連れられて見学したときも、中身はほぼ読まなかったしなぁ」
「概ね予想通りか……」
エルリクは五千冊の本の背表紙を眺めて呟く。
「ただ司祭が、この部屋には魔法よりはるか昔に使われていた魔術について学べる本がある、と言ってました。みんなにする説教やら神話もここに原典があるとかないとか」
有用な知識がここに眠っていることは確実だろう。
だが、それを見つけ出すのは相当骨が折れそうだ。
「私は魔法とか詳しくないし、読んでも分からないと思うんだけど何かできることあるかな?」
険しい顔をしているエルリクにインが訊ねる。
「インは表紙に”不死者”、”魔術”、”魂”などのワードが記されている本を抜いて持ってきてくれ。表紙に何も書いてない本は、別に分けて置いてもらえると助かる。僕とティナはインが選別してくれた本の中を確認する」
「了解!」
「分かりました」
三人はそれぞれ持ち場に付いた。
インは手前の一番手前本棚から、早速2冊の本を抜き出して運んでくる。
エルリクとティナはそれぞれ受け取って、本を広げた。
丁寧に保護されているからか古い本だと思えないほど状態がいい。ひび割れや撓みもほとんどなく、さらさらとした手触りは古紙よりも心地いいと感じるほどだ。
本の劣化により判読が出来ないという最悪の結果は免れて、エルリクは一安心した。
順調に読み進めていくと、追加で本がどんどん運ばれてくる。
イン自身は大した役に立てないと思っていたようだがとんでもない。
大きく重い本を移動させるだけでもかなりの労力なのだ。インがいることで、作業はスムーズに進むことだろう。
「うう……読みにくいぃ……」
ティナは泣き言を言いながら、本を読み進める。
読めないことはないのだが、読みなれない旧字で書かれている点や現代ではほとんど使われていない言い回しが頻出し、古い文献を漁りなれているエルリクでも一冊読むごとに疲労が蓄積していくのを感じていた。
「俺がもし司教になったら、こいつら全部現代語訳にしてやる~……」
「大事な呪文まで現代語訳にするなよ?」
「はい、お待たせ~」
会話のために少し手を止めると、すぐに机の上の本が増えてしまう。
「イン」
エルリクは肩を回してストレッチをしながら書架に戻ろうとするインを呼び止める。
「はいはい?」
「あとどれくらいだ?」
「うーん、残り2割かな? 大量のタイトルが分からない本がまだあるけど」
「分かった、ありがとう」
とりあえず2割と聞いてエルリクは安堵した。
このペースでいけば夜明け前には総ざらいできるだろう。
「エルリクたちはどう? なんかいい情報見つかった?」
「……僕の方はさほど収穫がないな。不死者の分類が分かった程度だ」
「分類?」
エルリクは休憩がてら手に入れた知識を整理しようと、インに話すことにした。
「ああ、一口に不死者と言っても様々いるらしい。竜や神獣はイメージしやすいが、湖や山などの不死者もいる」
「湖や山が……!? 確かに死ななそうではあるけど」
エルリクは話の合間に水筒の水を飲む。集中していて気が付かなかったが、かなり喉が渇いていたようで、乾いた口内を潤す水が心地いい。
「北の海に浮かんでいる火山島あるだろう。あれも不死者だと記載されているな」
「まじか……それで、ジーナフォリオみたいな不死者は乗っていた?」
あれだけ厄介な存在なのだから、何か記述があってもおかしくはなさそうだ。
「いや、ジーナフォリオに該当しそうな不死者はいなかった。考えられるのは……魔術師の一つがジーナフォリオに変化した可能性だ」
「魔術師って?」
「不死者の中でも人間の姿をしている種のことを魔術師とここでは呼んでいる」
「順番的には魔術師に似せて人間がつくられたと言う方が正しいんですよ!」
横からティナが口を出す。
「そっか、伝説によると不死者のあとに、人間やその他の生き物が作られたんだっけ」
「魔術師以外の不死者は人間が生み出される前にはほとんど休眠に入ったが、魔術師のいくつかは活動していた。魔術師は人間に接触した唯一の不死者ということだ」
会話ができる不死者と聞いても、ジーナフォリオしかしらないインには想像がつかない。
渋い顔のインにティナは本の一節を見せた。
「ここの本もほとんどが魔術師にもたらされた知識なんです」
「へぇー魔術師っていいやつなんだ。でもそんな魔術師が、ジーナフォリオになるのかなぁ」
あまり小難しいことは分からないインだが、ティナに見せてもらった本の中に書かれている魔術師はどこか理知的で、人間に対して友好的に感じる。
それに対しであったジーナフォリオは見つけた生き物を片っ端から殺して回る存在で、おおよそ知性を感じなかった。
「ジーナフォリオの呪いの手が魔術由来の力だということや、死なない性質、それと歪んではいるが、人間の形が見えることが根拠だな。不死者が創造されてから現在まで、想像もできないほど長い時間が経っている。何らかの変化が起こっていると考えた方が自然だ」
改めてそんな存在が敵だと思うとげんなりしてしまう。
強大な力を持ったまま狂っている上位存在とどう渡り合えばいいのか。