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陽動作戦

「おわー、調べてますね」

「なるほど、無機物にもちゃんと反応するようだな。次は……」


エルリクはもう一つ石を拾って、今度は塔から離れた場所に投げ入れる。

「お、石で気を逸らして後ろを抜ける作戦ですか? 上手く行くかなぁ……」

ティナが見守る先で番犬は耳をぴくりと動かして、石が落ちた場所をみやった。

しかし持ち場を離れることはなかった。

鼻を鳴らして、三人のいる方へ振り向いたのだ。

青い大きな目が、こちらをじっと見つめている。


「あれ、バレてない?」

「ああ。捕捉されたな」

「えっ、なに、ヤバい状況?」

こそこそと声をひそめて、インが何が起きているの訊ねた。

「これからヤバくする」

「ええ……あんまりギリギリな作戦は嫌なんだけど……」

相変わらずのエルリクにインは引き気味だ。

「できれば穏便にお願いしますよ?」

ティナもインの様子に戦々恐々としながらエルリクに頼んだ。


「あの番犬は、おそらく塔に入ろうとしたら威嚇する。それを無視したら攻撃に転じる。さっきのように投擲や長距離魔法での攻撃は、塔を破損するなどが反撃のトリガーになると思う。ジーナフォリオのように物理攻撃が無効なら、番犬自体に当てることは特に意味がない」

「先手必勝は無理そうだね」

こちらの存在がバレている時点で奇襲作戦はできないと、インは肩を落とした。


「作戦はシンプルだ。石で気を引く。僕とティナが石役だ」

「ええ!? あんまり俺すばしっこくないんですけど!」

突然の名指しに狼狽するティナ。

「大丈夫なの?」

「二人でバラバラにかく乱すれば何とかなるだろう」

「そんなぁ」

「私は何をするのかな?」

自分だけ待機というわけにはいかないだろう。


「僕とティナで時間を稼いでいる間に扉を調べて欲しい。おそらく触れたら何を差し置いてもそちらに向かうから、触れずに見て、どんな扉か口頭で教えてくれ」

「扉を調べるの?」

「ただの召喚術というだけでもこれまで成立させた魔法使いは史実に数人だけだ。遠隔で術者の眠っている間にも効果が持続する召喚術――かなり無理がある。少なく見積もっても術式を安定させる補助アイテムを使っている」

「補助アイテム?」

「ああ。例えば東方の大陸では長距離移動するための汽車という乗り物があった。これは中で火を燃やし動力にしているのだが、燃焼の魔法を使っている。走行中ずっとだ。そんなに長い間魔法を維持するのは不可能だと思っていたが、炉に燃焼の魔法陣を刻むことで、数刻に一度魔力を注ぐだけで維持できるという仕組みらしい」

「へー! そんなことできるんだ」

世の中にはいろいろなことを考える人頭のいい人がいるなぁと、単純なインは感心した。


「それと同じように、術式を記録した物理的なものが近くにあるとオレは予想している」

「なるほど。俺から見ても司祭がそんなに化け物級の魔法使いには見えないし、その説は正しいと思います! っていうか、魔法陣の活用は結構されてますし。塔の昇降機とかの動力もそれです」

ティナもエルリクの意見に同意する。どこか司祭を侮るニュアンスがあったのが気になるが、いったんインは気にしないことにした。


「イン、扉はもともとかなりシンプルなデザインです。文字とか装飾とか無かったので、その手の物があれば大当たりなので、よろしくお願いします!」

「う、うん。けど魔法陣とか、怪しいものが見つかったらどうするの?」

「それはもちろん、破壊だ」

「えー、本気?」

穏便のおの字もない指示に、インは眉をひそめた。


「ただし破壊は最小限でいい。魔法陣はどこか一か所消えれば効力を失う。僕も古いスクロールを雑に持ち歩き、何本も駄目にした」

ドアごと破壊が必要だ、と言われずインはほっと胸を撫でおろした。一部ならそこまで大きな音もたてずに処理できるだろう。


「よし、行くぞ!」

「あうう……怖ぁ」

見える組が先陣を切る。

番犬は何もせずに、二手に分かれて近づいてくる侵入者を見つめていたが、有効範囲に入った瞬間に表情を変えた。


――グルルルル……


鼻にシワを寄せて牙を剥く。

その唸り声は空気を震わせることなく、侵入者の頭に直接響いていた。

「周りに聞こえないのは好都合だ」

「最初からこの仕様なのか、司祭が安眠を邪魔されないように設定したのか分かんないのが嫌なところだなぁ……」

ティナは溜息をつきつつ、番犬の気を引くために手を大きく振った。

それを合図にインが極力気配を消しながら、身をかがめて扉へと歩いていく。


「こっちだ、犬」

エルリクはもしものために持ってきていた短剣を抜いて番犬に向けた。

「えへへ、神殿ぶっ壊しちゃうよーん」

ティナも携帯用ワンドを取り出して塔に向ける。


――ガウッ!


番犬に敵だと認識される作戦は上手く行った。

これでインが動いたとしても、攻撃対象はエルリクとティナが優先されるだろう。

番犬は恐ろしい顔をして、ティナの方へ威嚇した。

「うわっ、なんで俺の方なんですぅ!?」

「塔を守るように命令されているんだから、ただ敵対してる僕より優先度が高いんだろう」

「きたっ……!! ひぇえ!!」

 

番犬は侵入者に威嚇が効かないとみると、一直線にティナに向かってきた。

「ティナ、後ろに引くな、塔に向かって避けろ」

「うう……無茶苦茶だぁ! ゴートラ!」

半泣きになりながらティナは呪文をかけた。

筋力を一時的増強させる魔法だ。

ティナは強化した足で駆け、振り下ろされた前腕をかいくぐる。

「いや、怖い怖い怖い……!!」 

エルリクとインとは違い戦闘経験などかけらもないティナは、自分の後頭部を掠めた番犬の圧を感じて震え上がった。

しかし同時に、この動きは怪我が治っていないエルリクには無理だと察する。


「どこを見てる? こっちだと言ってるだろう?」

エルリクが石を番犬に向かって投擲した。

石は番犬に当たることなくすり抜けて落ちたが、番犬は敵意を向けられたことを察知して、後方にいるエルリクに向かって吠えた。

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