悪だくみ
「メルカルト」
ティナはエルリクの腹部の傷に手のひらを翳して治癒魔法を唱えた。
魔法によるオレンジ色の光が患部を照らす。
じりじりと熱いような痒いような感覚にエルリクは顔を顰めた。
「はい、お疲れさまです」
「ありがとう。治癒魔法は初めて受けたが、こんなに治りが早くなるとは……」
「便利ですよね!」
魔法を使える人間は少ないが、治癒魔法を習得しているものはさらに少ない。
治癒魔法は完全に才能の世界だと言われていて、いくら練習しても身につかない冒険者が大半だ。
「実はもっと一瞬で傷塞ぐこともできるんですよ」
「えっ、そうなの!?」
インは初めて明かされた事実に驚いた。
ここに来て5日目である。
確かに治癒魔法で治りが早まっているが、かけるのは1日1回で劇的に傷が塞がっている様子でもない。
もしすぐに治せるならそれに越したことはない。
「昔、大けがした人の傷をえいやって一回で治したら死んじゃったんですよね。あとから知ったんですけど、治癒魔法はかけられる人の体力も使うみたいで、死にかけの人に使うと逆に死んじゃうっぽいです」
「まじか……」
軽い様子で壮絶な事件を語るティナ。
この間のエルリクの話といい、みんな平然な顔で生きているが過去にはいろいろあるようだ。
「エルリクもかなり弱ってたんで、ご飯と睡眠で体力をつけつつ徐々に治すのがいいかなーって」
「そ、そうだね」
インはぞっとしながら頷く。
エルリクは話しを聞きながら、自分で創部を清潔な布で巻き、服を着直した。
「ティナ、質問なんだが治癒魔法とはもしかして普通の魔法ではなく、魔術の技法を浸かっているんじゃないか?」
「え……なんで分かったんですか?」
「魔法を使える人間が治癒魔法だけは個人差があるということに前から引っかかっていたんだ。僕の経験上、熟練者になるほど治癒魔法を使えていない。初心者が何かの拍子で成功するパターンが多いそうだ。だから……治癒魔法は魔法と名が付けられているが、魔法の理屈で発動していないのではないかと考えた」
「おお……! エルリクは勘が鋭いですね。その通りで、実は治癒魔法は魂に作用させる魔術の一種なんですよ。一般には魔術って継承されていないので、出来ちゃった人は知識とか理屈とか抜きに、感覚でできちゃった超天才です!」
ティナは無邪気に答えた。
「ここでは魔術が継承されてるのか?」
「はい。司祭と、司祭候補だけに」
ここに来てから、ティナ以外の住人を見ていないがどうやら司祭という役職があるらしい。
「司祭って偉い人?」
インは純粋な疑問をぶつけた。
「ですです。ここで一番偉いんですよー」
「ティナはその司祭候補?」
「すごいでしょ!]
まるで小さな子供のように胸を張るティナ。
「まあ消去法なんですけどね。同世代の子供はみんな死にましたし」
と思ったら今度は目を伏せて盛大に溜息を吐き出した。治癒魔法のミスで人を死なせた話をしたときの、数倍テンションが下がっている。
「どうして……、なにかの流行り病でもあったの?」
言っては悪いが、こんな人里離れた場所で病気が流行ったらひとたまりもないだろう。
インは色々と想像し青ざめる。
「いや、妖人の幼年期はかなり弱いんだ。少し転んだだけでも傷が膿んでそこから衰弱したり、ちょっとした風邪で死ぬ。千人子供が生まれたとして生き残るのは1人と聞いたことがあるな」
横からエルリクが口を挟んだ。
「まあそれはさすがに誇張されてますけど、100人に1人くらいかな」
「それでも大分少ないね。……っていうか、ティナは大丈夫なの!?」
負傷者二人を快く受け入れてくれたティナだが、自分たちのせいで病気にかかったりしないかとインは心配になった。
「大丈夫です、100歳を越えれば安心って言われてますから」
「良かった……」
インはほっと胸を撫でおろした。
「で、えっと、何の話をしてましたっけ……?」
どんよりとした表情のままティナが訊ねる。
「魔術と不死者についてもっと詳しく知りたい」
エルリクは端的に答えた。
「何のためにです?」
「ジーナフォリオを倒すためだ」
エルリクの相変わらずな様子にティナは呆れて溜息をつく。
「エルリクも凝りませんねー。不死者は倒せませんよ。死なないから不死者なんです」
無駄無駄、と手のひらを振る。
しかしエルリクの瞳は揺らがない。
「殺せないならそれでもいい。人類のいない遠くへ放逐するなり、封印するなり方法は何でもいい」
それに対しエルリクは淡々と、大真面目に続けた。
「ティナ。エルリクの決意は固いよ。私もエルリクと一緒に戦うつもり」
インは援護した。
戦うだけ無謀だというティナの考えはよく分かる。だがここでジーナフォリオ討伐を辞めることは、自分の性格的にも公開することになるとインは分かっていた。
「インまでそんなことを……災害のようなものだと諦めたほうがいいですよ?」
ティナは腕を組み、首を傾げた。
みすみす命を捨てるようなものだ。ティナの反応は正常だ。
「被害をもたらした後消える災害には復讐できないが、あいつは今も存在している。存在している限り、復讐の機会はある」
ティナの正論に対して、エルリクの返答はエゴの塊だ。
災害のような相手に対して、腹いせで戦いを挑むつもりなのだと、ティナも理解する。
「くっ……はは、きゃははは!」
ティナはまるで小さな女の子のような甲高い声で笑った。
エルリクはそれを静かに見つめている。
「ティ、ティナ……?」
これはどういう反応なのだろう、とインは不安になりそっと声を掛けた。
「ひぃ……やっぱり助けて良かったぁ~! こんなこと、ここの大人たちは逆立ちしたって言いませんからね……!!」
笑い過ぎて出た涙を拭ってティナは顔を上げた。
「折角助けた人が死ぬのは悲しいけど……どっちにしろキミら寿命ですぐ死んじゃいますからね。だったら好きなことした方がいっか」
気遣いができる子だと思っていたが、ティナはティナで物言いに容赦がない。
失礼を承知でいっているのか、天然なのかは判断しがたいが。
「俺が知ってるのはこの前話した創世神話と、ちょっとした初歩の魔術だけです。エルリクが知りたいことは多分知らないです。だから……調べましょう!」
「調べる? どうやって?」
エルリクはさらに一歩踏み込んだ。
ジーナフォリオに迫るため、これまでもエルリクは多くの調べ物をした。王都シウテルーナの大図書館に足しげく通った。各地でジーナフォリオに関連すると思われる話しを聞き漁った。それでも、不死者や魔術に関する情報は微塵も出てこなかったのだ。
つまりそれらは、秘匿されている。
ティナは悪だくみをする子供のように、エルリクに顔を寄せ小さな声で囁く。
「司祭の書庫に忍び込みます」
「ちょ、ちょっと待って! それってやっていいの?」
雰囲気からして褒められた行為ではなさそうだ。
司祭がここの最高権力者なのだから、あまり怒らせるようなことをしたくない。
直接面倒を見てくれているのはティナとはいえ、大人たちにも間接的にお世話になっている。
「バレなきゃ罪じゃないんで!」
「ちなみにバレると……?」
「うーん、一族なら追放、部外者なら最悪死刑ですかねぇ」
「ひっ、死刑……!!」
物騒な結末にインは悲鳴を上げたが、エルリクは落ち着き払っている。
「ティナ。お前はどんな罰を受ける?」
エルリクの問いに、ティナはにぃっと口角を吊り上げた。
「俺は無罪放免に決まってるじゃないですか! だって、貴重な跡取りですからね!」




