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不死者

「呪いが、かかってた?」

インは耳を疑った。そんな荒唐無稽な話を信じてもらえるなんて思っていなかったし、呪いなんて言葉が自分たち以外の人から常識のように出てくる単語だとも思っていなかった。

「はい、インの言う通りかなりえげつない呪いだったので、大急ぎで解呪しました」

「そ、そんなことできるの……!? あっ」

予想外のことにインは思わずスプーンを皿の中に落としてしまった。

「うふふ、すごいでしょー?」

にまにまと得意気に笑うティナ。

唖然とするインに対し、ティナは饒舌に続ける。

「ほんと、いつ使うか分からない勉強させられてムカついてたけど、ちゃんと役に立てられて、嬉しかったんですよ!」

「呪いって、本当にあるんだ……」

「あるも何も、かかってたじゃないですか。俺に拾われなきゃ、二人とも今頃死んでましたって」

ティナは可愛い顔とは裏腹に大口を開けて、麦粥をどんどん飲み込むようにして食べてゆく。

「そのぅ……私たちあんまり詳しくないんだ。呪いをかけてきたやつのこととか、エルリクは怪異って言うけど、私には魔物とどう違うのかもよく分からないし……もしかして妖人の方では常識だったりするの?」

インは恐る恐る訊ねた。

ギルドのあの扱いからしても、獣人だけでなく人間も怪異のことを知らない可能性が高い。

「妖人全体はどうだか分からないけど、うちでは”ある”って言い伝えられてます。魔物とはべつの、強大で恐ろしい存在……怪異じゃなくて、不死者って呼ばれてますが」

「ふししゃ……?」

これまた聞いたこともない響きだ。エルリクが大喜びしそうな話題だが、生憎彼はカーテンの向こうで眠っているらしい。

「まあ伝説みたいなものだし、俺自身眉唾だと思ってたんですけど――あっ、これ外の大人たちに言わないで下さいね! 信心深さが足りないって怒られるんで」

そう言いつつもティナは全く悪びれていない。

神殿跡地と言うくらいなのだから、住人たちは神話を大事にしているのかもしれない。

「う、うん。良かったらその不死者っていうの、教えてくれない?」

「いいですよ。どこにでもありそうな創世神話ですけど、時間なら無限にあるので。終わったらインとエルリクの話しも聞かせてくださいね」

気さくなティナの笑顔にインは心からほっとする。

生来のヒーラーとはこういう人を言うのかもしれない。

「うん、ありがとう!」

「あ、スプーン、柄まで浸かっちゃってますね。洗ってきましょうか?」

「わっ、ホントだ……、ごめん自分でできるよ……!」

 


 ――昔、勇者が生まれるよりはるか昔。昔、魔王が生まれるよりはるか昔。昔、人類が、動物が、魔物が生まれるよりはるか昔のことです。

 世界にはまだ生き物がいませんでした。

 世界はまだ神が作ったばかりで、大きな島と海ばかりがありました。

 神はそこへ次々と生き物を作りました。

 生きている山や湖を作りました。

 もっと動いているものを見たいと、竜や神獣を作りました。

 言葉を交わしたいと魔術師たちを作りました。

 神が自ら生み出したそれらには命に終わりがなく、永遠に生き続けられるものたちでした。彼らはのちに不死者と呼ばれるようになります。

 神が作った不死者は全部で22体。

 不死者はそれぞれ永遠の時を生きました。

 その中で友のように心を通わせる時代もあれば、憎しみ合い争う時代もありました。

 長い長い時間の中でそれを何度も繰り返し、全てのことに飽きた不死者たちはある時、世界の外へ散り散りになっていきました。

 この世界に残った不死者はほんの数体。それもほとんどが、眠り無限の命を過ごすことにしたのです。

 神は今度は死ぬ生き物をつくりました。

 永遠の命がない代わりに次の世代を産み落とし、世代を繋ぐ生き物を作りました。

 神の管理を離れ何世代も続いていく生き物を見て満足した神は眠りにつきました。

 


「って感じで、そのあとまた人類がどう繁栄したかーとか、どうして魔物が人類を襲うようになったのかーとか、めちゃ長く続いていくんですけど、全部割愛します。んで、不死者って言うのが、不思議な力を持ってるんです」

ティナは麦粥のおかわりを皿に盛りつけながら、雑にそう締めくくった。

「その不思議な力って言うのが呪いってこと?」

「ですです。現代の魔法って言うのが……説明が難しいけど魂魄のうちの魄を使う技術のことを言います。簡単に言うと、身体を成長させたり運動するエネルギーみたいなものですね。魔法を使い過ぎると疲れて動けなくなるのも魄を消費するからなんです」

さっきまで神話の物語を語っていたと思ったら、具体的な魔法の仕組みの話になり、インは面食らった。

魔法の成り立ちについては、なんとなく学校で学んだ気もするが、魔法が使えないインはほとんど聞き流していた。

「はく? え、えっと……?」

「では、呪い……正しくは魔術って何かって言うと魂魄のうちの魂を使う技術のことです」

インが置いてけぼりになっていることも気にせずティナは話を進める。

「魂って人が死ぬと身体から離れるっていうあの魂のこと?」

そっちの単語には聞き覚えがある。

死んだら体から魂が抜けて死者の国に行く、という考え方は細部は異なるもののほぼ全世界共通である。

「そうです! ふわふわ~ってしてるイメージの」

ティナはふわふわ~、と言いながら、蝶が飛ぶようなジェスチャーをするが、インにはいまいち伝わらなかった。

「なんとなく分かるような……、魔法の理屈で言うと魂をエネルギーとして使うって、ちょっと良くなさそうな……」

「んー、魔術の方はですね、より正確に言うと魂に変化を与える感じですね。魂を傷つければ呪いになって生命を脅かしますし、逆にその傷を治せば解呪できるんです」

「ティナはそうやって私たちの呪いを解いてくれたってこと?」

「はい、俺もちょっとだけ心得があるので! ま、話はそれましたが不死者の使う魔術と、人類や魔物が使える魔法はまるで別のものって事ですね」

インは負傷とハーブの匂いで鈍っている脳みそを全力で回転させた。

根本的なことは何も分からないが、要するに――

「私とエルリクにかかっていたのが、魔法じゃなくて魔術だったから、ジーナフォリオは不死者の可能性があるってことなのかな」

なんとかこれまでの話をかみ砕いて、インは結論を導き出した。

ティナはまた大きな一口を飲み込み頷いた。

「その通り!」


「ジーナフォリオが不死者であるなら、どうやっても殺せないということか?」


ふと男の声がして二人が振り返ると、壁に寄りかかるようにして、息を切らしたエルリクが立っていた。

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