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証言

今朝は少し不思議な話題で村人たちが盛り上がっていました。

それは昨日の夕方から夜にかけて、背中を何かに触られたという話しです。

言っているのが一人なら、きっとよくある怪談話として笑われて終わりだったでしょう。

しかし、背中を触られたのは一人ではありませんでした。

その時に集まっていた村人20人のうち、半数近くがそれを体験したというのです。

勘違いや夢では済まない証言の数は村長の耳にも入りました。

何も盗まれたり殺されていないとはいえ、夜盗や新手の魔物の線もあると今晩は交代で寝ずの番をすることになりました。


私はその発表を聞いて、怪談噺のことも知ったのです。

そしてみんな各々の仕事に散っていきました。

昼下がりのことです。

突然悲鳴が上がりました。

それから次々と、背中を触られたと言っていた人がみんな弾けて死んでしまった。

あまりの出来事にみんなパニックになりました。

逃げる村人を何かが捕まえるのが見えました。

唐突に村の中に、いたんです。

巨大で恐ろしい魔物が。

良くは見えませんでしたが、無数の足と無数の腕をもった魔物に見えました。

私も無我夢中で逃げました。

アレにつかまったら助からないと直感的に悟りました。

背を向けて走るうち、私も背中を触られました。

私ももう……長く、長くないかもしれません。


すいません、大丈夫です……。

私は家に閉じこもり、隅で震えていました。

家の外からは、冒険者の方たちの怒号や悲鳴、建物が崩れるような大きな音が聞こえてきました。

私は何もできずにじっとして、それらがすべて過ぎ去るのを待っていましたが、家が何か大きな衝撃を受けて、屋根が落ちてきたんです。

重さと痛みで気を失ってしまって……そして貴方たちが助けてくれました。


「だから、すいません……その魔物がどっちに行ったとか、見てないんです。お役に立てなくてごめんなさい……」

少女は何度も消えそうな声で謝り続ける。

「ううん、いいの。ありがとう。……エルリク、これでいいでしょ?」

インは少女にお礼を言った後、エルリクに向き直って冷たく言い放った。

「ああ。充分だ」

新しい情報と言ったら背中を触られたものが不審死をしたことぐらいだ。

それ以外は見たままの状況である。

大した情報を得たわけでもないのに、エルリクが満足げにしているのがかえって不気味だった。

なにか思い当たるものがあるのだろうか。

インが怪訝に思っていると、村の外から馬車の音が聞こえてきた。

それから、降りてきた人の会話もインの耳には届く。


「エルリク、ギルドの調査員が到着したみたい」

「そうか。じゃあ僕たちは行こうか」

「ちょっと待って、この子を一人にしておけないよ」

立ち去ろうとするエルリクを引き留める。

「ギルドの調査員が来たんだろう? この場所は目立つし確実に救助される。僕は調査員と鉢合せしたくない。取り調べでかなりの時間を要するからな」

「で、でも……」

「そんなに不安なら、これをやろう」

エルリクはしょうがないと嘆息し、荷物から小ぶりの笛を取り出すと、少女の手の平に置いた。

「これは……?」

「緊急用のホイッスルだ。調査員がキミに気が付かなかったら思い切り吹くと良い。凄まじい音量でなるからな」

「あ……ありがとう、ございます」

少女が笛を握りしめたのを見て、エルリクは踵を返した。

「もう待たない。行くぞイン」

「う、うん! じゃあ、私たち行くね」

「はい……助けて下さってありがとうございました」

別れの挨拶を済ませ、瓦礫の山を離れる。


ギルド調査員と鉢合せしないように、インが先導して歩いた。

そっと裏手から脱出する。

調査員にも魔物にも出くわさずにすんで、インはほっと胸を撫で下ろした。

「それにしても怪異のやつ、どこからきてどこに行ったんだろ。鏡の世界なんてものがあるのかな?」

「いや、それなら鏡面をいくつも経由しながら移動はしないはずだ」

「でもそれじゃ、いまでもあの町の中にいるってことになるよね」

「どうしてそう思う」

「だって自然界には鏡とかないし、他に映るものなんてないでしょ」

「いや、それが存在している」

エルリクはすっと、前方を指さした。

そこには、川が流れていた。

町の中に通っていたあの川である。

もともとこちらが本流で、村の中には水を引いて人工的な川を作っていたようだ。

「川にできた反射の中に入って移動してきた。そして大方の村人と冒険者を食い尽くし、また狩りに向かった」

「水……! だから匂いが消えたのか!」

インも思い至り合点がいった。

匂いは雨や水で簡単に押し流されてしまう。

よくよく周囲を嗅いでみると、ほんのりだがジーナフォリオ特有の匂いがただよっている。


「ここでもお前頼りなんだが……上流側と下流側……どっちのほうがより匂いが濃いか分かるか?」

「うん。ちょっと集中してみる!」

インは目を閉じて、嗅覚に集中する。

風の向き、残り香の強弱、水の流れーー全ての環境を考慮した上でより、ターゲットがいる可能性が高いのは……


「こっち!」

目を開いてインは下流に向かって足を踏み出した。

恐怖がないわけではない。

あんなことができる化け物とまともに戦える気がしない。

それでもあの生き残った少女のためにもできることはしたい。

相反する二つの感情の、後者がほんの少し勝っていて、インの背中を押す。

その時、少し離れたところから、ぱん、という破裂音と人の悲鳴が聞こえてきた。

「……!」

インはびくりとして、ハージュを振り返った。

自分も長くないかもしれないと震えていた少女の顔が思い浮び、インは固く拳を握りしめた。

「どうかしたか?」

「ううん、何でもない。早く行こう」

やるせなさを押しつぶして、インはハージュを背に走り出した。


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