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追跡

町に足を踏み入れた二人を迎え入れたのは、異常な光景だった。

活気のある冒険者の町のはずが、静寂に包まれている。

まだ新しい馬の蹄の跡は、いずれも町の外へ向かっている。

そしてあちらこちらで倒れ、絶命している冒険者の亡骸。

腕や足が欠損しているもの。腹に巨大な穴が開いているもの。首がないもの。

どれも目をそむけたくなるほど、損傷が激しい。

さらには、あの擦り潰されたかのような血だまりが至る所に広がっていた。

あまりにも凄惨な町の様子に、インは再び喉に吐き気がせりあがってきたが、もう苦い胃液が口に広がるだけで、それ以上何も出てこない。


「やったぞ……! 僕たちが一番乗りみたいだな!」

エルリクは相変わらず浮かれた様子で町の中をずんずんと歩いていく。

彼に苦手意識がありつつもここ数日で少し仲良くなれたと思っていたのに、エルリクの豹変ぶりにインはまた彼のことが分からなくなっていた。

「ねぇ、これってもしかして……エルリクが探してるっていう……」

「ああ。確実に怪異ジーナフォリオの仕業だ」

エルリクは自信満々にそう断言した。

「これまで被害を聞きつけてすぐに向かっても、既にギルドの調査員によって荒らされた後だった。まだ誰にも触られていない現場を調査できるなんて、運が回ってきたな」

人の死の匂いが充満する町の中で、エルリクはまるでサーカスを観覧する子供のように楽し気だ。

そのアンバランスさにぞっとする。

「この血の色……まだ一日と経っていないな。半日くらいか?」

「そうだね。全然乾いてないしもしかしたら、数時間前って可能性もある……」

てらてらと光る油と血の混合物を目の前に、インは言葉を絞り出す。

「そう考えると惜しいことをした。泊まらずに出発していれば、遭遇できたかもしれないのに」

「いやいや、こんなんに鉢合せしてたら絶対死んでたでしょ……!」

インは真っ青な顔で、上級冒険者の死体を見下ろした。

白金のプレートは血で濡れて、立派な鎧も見るも無残にひしゃげている。

上級冒険者ですら歯が立たない相手だ。初級の自分と中級のエルリクでどうやって戦うつもりなのだろうか。エルリクにはなにか秘策があるのだろうか。


「ていうか、まだ近くにいたり、戻って来たりしないよね?」

相手は正体不明の化け物だろう。想像してインは震える。

全力で逃げれば逃げ切れるだろうか?

「さぁ? この様子じゃ生存者もいないだろうし、戻ってくる可能性は低いんじゃないか? ……まあ、怪異の特性なんて僕にも分からないんだけどね」

もしもその時がきたら、化け物に興奮しているこの異常者は見捨てて逃げよう。

インは笑みの形から戻らなくなったエルリクの口元から視線を外しながらそう心に誓った。 

「とにかく急いで調査だ。逃げた者が近場のギルドに駆け込んでいるころだろう。ここが荒らされるのも時間の問題だ」

「うう……何を調べるの?」

「怪異の痕跡だ。お前にも手伝ってもらうよ」

「い、いやだぁ……」

魔物を殺すのに躊躇がないインであっても、人の死体――それも原型がないほどにバラバラになった死体などまじまじと見たくはない。

尻込みをするインだったが拒否権はないようで、エルリクはインの顔を見ずもせず町の中を進んでいった。

「ま、待ってよ……置いてかないで!」

心細くなったインはその身勝手な背中を追いかけざるを得ないのだった。



「ここから調べるか。戦闘による損傷が激しいから、怪異のヒントもたくさんありそうだ」

エルリクは一つの死体の前で足を止めた。

おそらく上級冒険者だろう豪華な装備を着込んだ死体だ。

ミスリル製の長剣が砕かれて、地面に突き刺さっている。

地面にも、周辺の壁にも深い刀痕が刻まれている。

そして、五指の爪痕も獲物を捕らえようとするかのように縦横無尽に走っている。


「この家の外壁、焼成煉瓦だよね……。柔らかい素材じゃないのに、こんなにくっきり爪痕が分かるくらい削り取られてる……」

「上を見ろ」

「……?」

エルリクに促されるままに見上げると、二階部分の窓の近くにも爪痕がついていた。

「あんなところまで……!」

「体高は人間の2倍以上はあるだろうな。腕が異様に長い場合を除けば」

「それはそれで怖いけど」

人間の二倍以上の化け物と、腕の長い化け物、どっちもどっちで恐ろしい。

「この爪痕、あんまり獣っぽくないよね。獣タイプの魔物じゃないってことなのかな」

「もっと端的に言ってしまえば、人の手の構造と極めて近い」

「……!!」

容赦のない言いようにインは口をつぐんだ。

感じてはいたが、それを言ったらより恐ろしくなるような気がして、言葉にはしないでいたのに。

「怪異は人型か? ……ふふ、やはり魔物の枠組みから逸脱している」

エルリクは嬉しそうに口角を吊り上げる。

一般的な魔物には人に近似しているものはいない。

二足歩行の魔物はいることにはいるが、どちらかといえばサルに近い外見的特徴を持つ。

上級冒険者だけが挑める、加護外に広がる未開のエリアには人型の魔物が出現するという話しもあるが、真偽は分かっていない。


「エルリクの推理だけど、おかしくない?」

「どこがだ?」

「人間の2倍大きいなら、手だって人間の倍大きいってことじゃん? でもどう見ても普通の人間サイズだよ?」

インは爪痕に自分の手を重ねる。

多少は爪痕の方が大きいが、それでも微々たる違いで2倍の差はあるようには思えない。

「それに地面にも、巨大生物っぽい足跡はないみたいだし……」

インの言葉にエルリクは足元を確認した。

冒険者のものだろう足跡のほかにも大量の足跡がある。

しかし、巨大な化け物の足跡と思えるような痕跡は見当たらない。

「……はだし?」

エルリクは服が泥や血で汚れるのも構わず、その場にしゃがんだ。

そして一つの足跡を注視する。

冒険者の足跡とは違う、5本の指がはっきりと分かる裸足の足跡がそこにあった。

「本当だ、裸足みたいだね。村人のかな? ここで怪異に襲われて逃げ回ったとか……」

「……追ってみよう」

エルリクは裸足の足跡を辿って歩き出した。


その裸足の足跡は一人の人間の物ではないようだ。

大小さまざまな足。

それが何個も……人間の歩幅とは思えないほど密集している。

密集した裸足の足跡は冒険者の死体を離れ、町の中心へと向かって行く。

その道中にも、いくつもの別の冒険者の死体が転がっていた。

こちらは戦った形跡はほとんどなく、一方的に殺されたのが分かるほど、怪異の足跡は真っすぐに続いている。

そして町のメインストリートを進み、唐突に。


「消えた?」

エルリクは足跡の消失ポイントで呟いた。

食堂の前で、ぷつりと進むのを辞めてしまっている。

引き返したと考えられなくもないが、足の向き的に引き返したとするなら後ろ歩きをしなくてはならない。

その様子を思い浮かべるととにかく不気味だ。

「怪異らしく、壁抜けでもしたか?」

エルリクはそこにあった食堂の窓から、中の様子を見る。

だが、食堂の中は怪異が暴れたような形跡はなく、皿もテーブルの上に乗ったままだ。

「……待って、匂いがする」

インは一瞬香った匂いに意識を集中させる。

「匂い?」

「うん、前に嗅がされた怪異の匂い。血の匂いが強すぎて鼻がバカになってたけど、今ちょっと分かった」

「本当か!?」

歓喜の声を上げるエルリクに、インはこくりと頷いた。

「足跡は消えたけど、匂いは消えてない。こっち……!」

 今度はインが先導して歩き出した。



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