消えた死体
フーウィル地方に入り少し行くと村が見えてきた。
魔物に遭遇しないよう休みなく歩いていた二人は、これ幸いと村に立ち寄ることにした。
森の中を切り開いて作られた小さな村のようで、ターシトンのような広大な農地もない。
「何だろう、このトロッコ」
村はずれには、森に続くレールと年季の入ったトロッコがあった。
「森の中から何かを運び出したり、運び込んでいるんだな。こういう加護の薄い地域では、珍しい自然資源が多くあるからな。採取で生計を立てている村も多い」
「へー」
エルリクの言葉を裏付けているように、村は閑散としている。
家の中には人の気配がするので、無人と言うわけではないようだが。
「とりあえず宿さがそ。この時間だし泊まるよね」
雨は止んでいたが、厚い雲も相まってすでに薄暗い。
「ああ。フーウィル地方のギルドを有する町はもう2,3日かかる。この村で休もう」
村の中心部に向かう途中に、馬房を見つけた。
馬が静かに飼葉を食んでいる。
「馬がいる! かわい~」
「地面のこの痕……馬車の車輪だな。空の馬房も多い。おそらく行商人や旅人の馬車を停めておく所だろう」
「ってことは?」
「そいつらを泊めるための宿も近くにある」
見ると数十メートル進んだところに、大きめの建物があった。
「あれっぽい!」
インが喜び勇んで近づくと、入り口で掃除をしている少女が顔を上げた。
「あれ? もしかしてお客さん……?」
「はい!」
「あっ、はわっ、すいません! 馬車の音が聞こえなかったので……!!」
少女は慌てふためいている。
「僕ら、歩きで来たからね」
「ほぁっ、ぼ、ぼうけんしゃさんですね! すいません、こちらへ!!」
どもり、謝りながら、少女は宿の扉を開いた。
ド田舎の村だと思いあまり期待はしていなかったが、宿のロビーは小奇麗に整えられていた。季節的に使用していないと思われる暖炉には花瓶も置かれている。
「おとうちゃーん、お客さん!」
ぱたぱたと小走りで少女は父親を呼びに行った。
「ふふ、可愛い子だなー。7才くらい?」
「10くらいだろ」
「あ、そっか人間は成長が遅いんだった」
話していると、きぃとドアの音を立てて、あご髭を薄く整えた男が現れた。
「お待たせしました――お、冒険者さんとは珍しい」
父親の方は一目で二人が冒険者だということを見抜いたようだ。
「そうなの?」
「ええ。隣村のハージュの方が冒険者向けの店が多くてですね、そちらを良く利用されています。うちは商人の方の利用が多いですよ」
「商人向けの宿……ってことは、お代もそこそこだったり?」
インは焦り、頭の中で残金を数える。まだ2、3泊できるほどのお金はあるが、それは冒険者用の最低限の宿である想定だ。
商人や、旅行者がとまるような宿はきっとそれよりも上等で宿代もかさむに違いない。
エルリクの所持金がいかほどか分からないが、最悪野宿になるかもしれない。
「一部屋大銅貨3枚です」
「おおぅ……」
やはり割高だった。足りはするが路銀はなくなる。
どうしようか迷ったインは、ちらりとエルリクの方を見る。
エルリクは涼しい顔をして鞄を背から下ろす。
払うのか? と様子を見守っていると、今度は宿屋の男が口を開いた。
「――なんですが、中級冒険者さんの腕を見込んで、一つお願いしたいことがあるんです。もしやってくれるなら、一泊タダにしますんで」
「えっ」
思いがけない言葉に、インは驚いた。
直接依頼。ギルドを介さない仕事は特に禁止されていない。依頼をこなしても星をもらえないというデメリットもあるが、ギルドの仲介料がない分、懐に入るお金が増えるというメリットもある。
上級を目指さない冒険者はむしろ直接依頼を積極的に受けているという話もある。
「まず先に、お願いの内容を聞かせてもらっても?」
「ああ、すいません。お願いしたいことというのは……死体を探して欲しいんです」
「死体!?」
意外な依頼内容に、インは再び大きな声を出してしまう。
「もう少し詳しく」
「はい、実は昨晩火葬する予定だった村の者の遺体が消えてしまったんです。墓地の焼却炉前の安置室に寝かせていたんですが」
悲し気に語る宿屋の男。
「火葬……?」
「遺体を高温の火で焼いて骨にする埋葬方式だ。リハラ地方では一般的らしいが、このあたりだと珍しいな」
聞きなれない言葉に聞き返すと、エルリクが答えた。
「ええ。我々の村では昔から埋めると魔物になるという言い伝えがあり、古くから火葬を行っています。ただの迷信だと今では信じる者などいませんが、慣習として続いているんです。火で焼いて骨にして、太ももの骨を砕く。そうすればたとえ魔物になったとしても歩くことはできないからと」
「な、なんかすごい……」
埋葬を見たのは祖父の時の一度きりだ。その時は棺桶に寝かせ花を持たせ、地中奥深くに棺桶を埋めた。それ以外の埋葬の仕方なんて知らなかったインはカルチャーショックをうけていた。
「それでなぜ死体が消えた?」
「ええ、普段は亡くなった翌日に火葬を行っています。ですが昨日は大雨が降り火葬が延期になったんです。それで安置室に置いていたら今朝なくなっていて。墓穴堀りや家族が探したんですが、いまだに見つからず……」
宿屋の男は気の毒そうな顔で事情を説明する。
エルリクは黙って説明を聞き、そして頷いた。
「分かった。僕たちでも探してみよう。見つかるかは保証できないが」
「本当ですか!? ありがとうございます! あっ! すいません、先に部屋にご案内すべきでしたね。ケルシィ、この方たちを客室にご案内しなさい」
「は、はいっ!」
掃除をしていた少女は、道具を隅に片付けていそいそとこちらへやってきた。
宿屋の少女ケルシィに出してもらったお茶で休憩し、二人は墓地へ向かった。
二日続いた雨で地面はぬかるんでいる。
「死体を埋めると魔物になるなんて、ありえるの?」
「ありえない」
怪異を信じているとは思えないほどばっさりとエルリクは断じた。
「人類は魔物にならない。生きている時はもちろん、死んだとてそれは覆らない」
「だよね!? 人間が魔物になったら魔物が増え過ぎちゃうよ」
「魔法の中には物体を意のままに動かす魔法があるという。それによって死体を操り歩かせることができたとして、それは魔物になったとは別の概念だ」
魔法において死体は物体として扱える。
物体を操る魔法は駆け出しの魔法使いでも使えるそうだ。
「それはそうだね。じゃあ今回もどこかに魔法使いが潜んでて死体を動かしたとか?」
「ありえなくはないが、もっと単純な話だと思う」
「うん?」
「一番可能性が高いのは、肉を食らう魔物に持っていかれた線だ。この村は加護が薄いし、墓場は森に隣接している。マサドーくらいの魔物なら入ってこれるだろう。村に昔からある迷信も、そうやって魔物に死体を盗まれ生まれた教訓だと考えられるな」
「つまらないけど、それっぽい……。もしかしたらこの依頼、魔物退治になる?」
「なるだろうな。宿屋もそう睨んでいるだろう」
「えっ、でも宿屋さんは魔物がどうとか一言も言ってなかったよ!?」
宿屋の主人はあくまでも調査の依頼をしたはずだとインは思い返し、疑問を口にした。
「魔物退治となればもっと報奨金を支払うことになるだろう。依頼は死体を探すこと、報酬は宿に一泊。調査の結果魔物退治になってしまったがそれは想定外だったため、軽めのお礼でお茶を濁す。こういう流れになるだろうな」
「なんかズルい……」
ターシトンの一件でも思ったが、純粋なインからするとそういう騙すようなやり方が汚く見えてしまう。
「そういうものだろう」
エルリクは冷めたリアクションで墓地に踏み込んだ。
「まあ魔物かどうかは、現場を見て考えればいい」
「むー」
インは釈然としない気持ちのまま、エルリクを追って現場である安置室へ向かった。




